20.新緑の隠れ家
七大絶景。
世界一周を成し遂げた旅人エレン・ウォーカーが定めた最上の景色。
そのうちの一つは、思ったより近くにあった。
同じルーグレア国内で、グリアから出て東の森。
馬車を三日走らせて、私たちは森へたどり着いた。
ユーレアスが馬車を停め、地図を開いて言う。
「地図に新緑の森と書かれているね」
「明るい緑だ」
「うん。この森は一年を通して葉が枯れないそうだよ。常に若葉が生え続けて、瑞々しい緑の景色を保っているんだって」
彼の説明に耳を傾けながら、上から下へと視線を向ける。
鮮やかな緑の葉っぱが、地面にも散らばっていた。
落ち葉にも茶色の枯れ葉が含まれていない。
そういう特別な種類の木なのだと、ユーレアスが追加で説明してくれた。
「ここからは馬車で行けない」
「じゃあ徒歩だね」
「そうだね。馬車はここに置いておこう」
森の獣道は険しくて、馬車が通れそうな隙間もない。
まだ買ったばかりの新しい馬車だ。
ここで壊れてしまっては勿体ないので、可哀想だけどお留守番をしてもらう。
魔物除けの簡易結界を張っておけば、壊される心配もないだろう。
ユーレアスが手を広げて青い炎を生み出す。
炎は形を変化させ、青いウルフとなった。
「彼らに見張らせておく」
ユーレアスは、倒した魔物の魂を使役することが出来るらしい。
魂を彼の魔力と冥界の炎で肉付けすれば、生前以上の力を発揮する使い魔となる。
これで魔物だけでなく、野盗の類が来ても安心だ。
「さぁ行こうか。森は危険もいっぱいだから、逸れないように注意してね」
「大丈夫だよ。私だってもう大人なんだから」
「はっはっは、そう言っているうちは、まだまだ子供だと僕は思うけどね」
ユーレアスは意地悪なことを言う。
やっぱり彼は、私のことを子供だと思っているみたいだ。
以前に何気なく、彼に好みの女性のタイプを聞いたことがある。
その時の回答は――
「う~ん、やっぱり綺麗な人かな?」
という感じの一言だった。
私なりに解釈すると、綺麗な女性らしい人を指しているのだと思う。
それに対して私の容姿は……
「はぁ~」
思わずため息が出てしまう。
男装のことを差し引いても、綺麗な女性には遠い気がする。
もっと私に大人の色気があれば、と思いながら自分の胸に手を当てて、また大きなため息を漏らす。
「どうしたんだい? どこか痛めたとか?」
「ううん、何でもない」
ちょっぴり憂鬱な気分になりながら、私たちは緑が綺麗な森を進んでいく。
本当に鮮やかな緑で、ずっと見ていると逆に目が疲れてくる。
日の光が緑を反射して、キラキラと輝いているように見えるのも印象的だ。
「あっ」
「ん? ノア?」
「花が咲いてるよ」
緑の中に、ピンク色の綺麗な花が咲いていた。
森なんだから花くらいあっても普通だけど、周りは緑一色で目立っている。
何だか仲間外れを見つけたみたいな気分だ。
「綺麗な花」
「おっと、触らないほうが良いよ」
「どうして?」
「だってそれ毒花だからね。触れると肌が三倍くらいに腫れるよ」
「えっ!」
咄嗟に近づけていた手を引く。
形はどこにでも咲いていそうな花だったから、普通の綺麗な花だと思っていた。
ユーレアスに言われなかったら、今頃右手が大変なことに……
「綺麗な花にこそ毒はある。っていうのが常識だよ? 人も含めてね」
意味深は発言の後、ユーレアスは遠い目をする。
「ユーレアス?」
「いや何。色々とあるんだよ。こうも長生きしているとね」
何だか聞きたくなる発言だった。
でもたぶん、意味を尋ねても教えてくれないだろうとも思う。
少なくともわかることは、何か痛い目を見たことがあるんだろうなぁ……ということだ。
さらに森の奥へと進んでいく。
森の中に道はなく、地図は当てにならない。
景色もほとんど変化しないから、何も考えずに歩いていると迷子になりそうだ。
「う~ん……ちゃんと辿りつけるだろうか」
「何だか心配になって来たね」
エレンの冒険記には、比較的安全で見つけやすい場所とされていた。
そうは言っても普通の人が見つけられないポイント。
この森だって、深くまで潜ると出られなくなるから、知っている人こそ深入りしないという話を街で聞いた。
私たちが目指している場所は、深入りしないとたどり着けない。
加えて半分は運かもしれないと、エレンも語っている。
「運か~ 僕には期待しないでくれよ」
「そんなこと言ったら私だって運はないほうだよ」
「おっと、これは雲行きが怪しく――」
たぶん、偶然だったと思う。
互いの運のなさを笑い合っていた直後のことだ。
目の前の視界が広がる。
緑の木々で彩ったドーム状の空間に、ぽつりと佇む古びた小屋。
「ここって」
「うん! 間違いなく!」
エレンの示した七つの絶景。
そのうちの一つへ繋がる入り口。
新緑の森の隠れ家だ。
「こんな場所があったとは」
ユーレアスが上を見上げる。
ツタのように伸びた枝が覆っていて、空も見えない。
他の木々も背が高いし、仮に上空から探しても、ここは見つからなかっただろう。
「まさに隠れ家。その名にふさわしい場所だ」
「うん」
いつか誰かが住んでいた場所なのだろうか。
これっぽっちも想像できない所が、絶景への期待を膨らませる。
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。