19.旅の目的
本の冒頭ページには世界地図が載っている。
大きく長い大陸が中央に一つと、一回り以上小さな大陸が右上と左下に一つずつ。
エレン・ウォーカーの生まれは、左下にある大陸の端。
東の果てにある村で生まれた彼女は、十五歳の誕生日に一冊の本をもらう。
その本に書かれた冒険譚をきっかけに、彼女は旅人になることを決意した。
東の果てからスタートして、生涯の七十年かけて西の果てにたどり着く。
とても長い旅の中で、様々な人に出会い、ものに触れたことが本には書かれていた。
その中でもひときわ目立つ見出しで書かれていたのが――
七大絶景。
様々な場所を巡った彼女が定めた世界で最も美しい場所。
一生のうちに一か所でも見られたら、それだけで満足できるほどの感動が押し寄せるという。
世界をくまなく探検した彼女だからこそ、選ぶことのできた絶景。
私とユーレアスはその物語を見ながら、どんな場所なのかと考察していた。
「ユーレアスは知らないの? 一つくらい」
「残念ながらね。僕が回っていたのは、基本的に人がいる場所だけだ。秘境とか未開の地なんかはノータッチだよ」
彼曰く、綺麗な景色は好きだけど、一人で見ても虚しくなるから遠慮していたそうだ。
そうでなくても彼は気まぐれで、一日で次の街へ行くこともあれば、居心地の良さに何十年と居座ることもあったらしい。
七百年生きていても、世界の半分すら巡っていないとは逆に驚きだ。
「僕は不死身だからね。時間を気にして旅を急ぐ必要もない。のんびり自由気ままに歩くのが性に合ってるんだよ」
ユーレアスはそう語って、本に書かれた文章に目を向ける。
彼と私たちでは、流れている時間が違う。
不老不死を羨ましいと思うことは、正直に言えばある。
だけど、それを口にすることはない。
きっと私が想像できないだけで、不死身なりの苦労がたくさんあると思うから。
「ねぇユーレアス。私、七つの絶景を全部見て回りたいな」
「奇遇だね。僕もそう思っていたところだよ」
そう言って彼は微笑む。
同じ気持ちだったことが嬉しくて、私も自然と頬が緩む。
「いいね。今なら僕も一人じゃないし、感動を分かち合える人もいる」
「うん。私も七大絶景を題材に本を書きたいな」
「それは素晴らしい。なんせ一つでも見られたら感動の嵐が吹くという話だ。それを全部見てしまったら、一体どんな気分になるんだろうね」
たぶん、それを知っているのはエレン一人だろう。
この世界で暮らす人々の誰も、彼女が成し遂げた偉業を知らない。
だからその感動も、彼女にしかわからない。
私たちはそれを知りたい。
体験して、本に書き留めたいと思った。
「ユーレアス、地図出してもらえる?」
「おうとも。少々お待ちを」
ごそごそとバックに手を突っ込む。
取り出したのは世界地図、の中でも細かく道や名称が記された一級品だ。
「大体の場所を書き込んでおこう。さすがに本を持ち出すわけにもいかないから」
「後で順番を決めてしまおうか」
「うん」
地図に七か所をマーキングしていく。
小さな大陸に一つずつと、残りの五ヵ所は中央大陸にある。
どこも場所はバラバラで、当たり前だけど直通のルートはなさそうだ。
中には命の危険が伴いそうな場所もある。
たった一人で巡ったエレナという旅人の凄さを、私たちは改めて感じていた。
「よし、これで全部だね」
「そしてちょうど時間のようだ」
ユーレアスが手に時計を持っている。
知らぬ間に制限時間が迫ってきているようだ。
夢中になって読んでいたから、制限時間のことはすっかり忘れていた。
「どうする? 延長の申請をするかい?」
「ううん、もう大丈夫」
本当はもっとゆっくり読んでいたいけど、今はそれ以上の衝動に駆られている。
一秒でも早く七つの絶景を見てみたい。
こんなにワクワクするのは、あの物語を初めて読んだとき以来だ。
「ならそうだね。適当な喫茶店でも入って、どの場所から行くか決めようじゃないか」
「うん」
私は頷き答えた。
帰り際に、チラッと本棚を見る。
簡単にしか確認していないけど、やっぱりあの本は置いていないみたいだ。
図書館を出て、ふいに思う。
「エレン……作者がもらった本って何だったのかな?」
「さぁね。きっと楽しい本だったと思うよ」
それは間違いないと思う。
彼女が旅に出るきっかけとなった本だ。
人生を変えた本が、面白くないなんてありえない。
「エレンにとってその本は、私にとってのこの本と同じだと思うな」
取り出した一冊の本。
ブレイブ物語と書かれた表紙は、汚れと焦げで汚くなっている。
あの日、ユーレアスが拾って私に返してくれた本だ。
この本こそ、私が旅をしたいと思ったきっかけ。
今でもお守りとして持ち歩いている。
「いろんな本を読んだけど、やっぱりこの本が一番好き」
「はははっ、それは光栄だね」
人生を変えた一冊。
これから私が書く本が、誰かにとっての一冊になる日が来るのだろうか。
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