16.ありがとう
「ユーレアス……本気なの?」
「うん、僕はいつだって本気だよ」
女王とユーレアスが視線を合わせる。
「七百年生きた魂だ。冥界の肥やしにするなり、ガルラに変換するのも良いんじゃないかな?」
「わかっているわよね? それは死を意味するのよ」
「当然さ。魂とは命そのもの。それを失えば死ぬのは道理だよ」
二人は淡々と会話を進める。
ウルは会話に混ざっていないけど、ユーレアスに同調している様子。
私だけが、状況についてこれていない。
子供だから仕方がないと、今なら許されるだろうか。
「対価としては十分だと思うけど?」
「……貴方がそこまでする価値があるというの?」
「もちろんだとも」
「そう。貴方が本気なのは理解したわ」
女王は呆れたようにため息を漏らす。
そうして私に視線を向け、睨むではなく観察している。
私はじっと目を合わせたまま固まって動けない。
「まぁ、確かに綺麗な色ね」
「そうだろう?」
「……はぁ、貴方の頼みで冥界の規定を破るのは、これで何度目かしらね」
「はっはっはっ、いつもすまないと思っているよ」
私の理解が追いつかないまま、二人の間で話が成立していく。
女王はやれやれとジェスチャーして、ユーレアスに言う。
「特別に許可しましょう。対価だけど、貴方の魂なんていらないわ」
「だと思ったよ。代わりに何をすればいい?」
「おつかいを頼むわ。ちょっと面倒なのだけど」
ちょいちょいと女王はユーレアスに手招きをする。
彼は小さく笑い、女王の元へ近づく。
耳元で何かを囁かれているが、私には聞こえない。
「ほう、それはまた一大事だね」
「やってもらえるかしら?」
「他ならぬイルからの頼みだ。僕が断るはずもないだろう」
「ふふっ、貴方のそういう所は好きよ」
女王が私たちに背を向ける。
手をかざすと、神殿が地響きをたてて動き出した。
「許可はするけど長居は駄目よ? 引き込まれてしまうわ」
「うん、わかっているよ。ありがとう」
「お礼はいらないわ。ちゃんとおつかいを果たしてもらえればね」
そう言って、女王は私をチラッとだけ見た後、視界から外れるように横へ歩いていく。
会話にも現象にも置いてきぼりの私は、移り行く場面をじっと見守っていた。
ユーレアスが私の背中をトンと押す。
「行くよ」
私はこくりと頷き、先を歩く彼について行く。
ウルは女王の元へ歩み寄り、ちょこんと座っていた。
女王は「ひさしぶり」だと言いながら、ウルの頭をわしゃわしゃと撫でている。
それを気にせず、ユーレアスは神殿の先へと進む。
神殿の奥には一本だけ道があった。
左右は崖で、見下ろしても深すぎて底が見えない。
落ちたら……と思うと恐ろしい。
私はユーレアスに手を引かれ、まっすぐな道を歩いて行った。
「死した魂は冥界に来ると、最初は彼女の前に送られる。そこで悪しき魂と善良な魂に選別されるんだ」
「じゃあお父様とお母様は?」
「もちろん善良な魂だよ。だからこの先にいる。善良だと判断された魂は、神殿の奥にあるたまり場へ集められるんだ。そこで記憶を消されて、新たな肉体を得るまで待つ」
「記憶を!?」
「心配ないよ。消されるのは基本的に転生直前だから」
そうこうしている間に、大広間のような場所にたどり着く。
四方を見渡すと、青白い炎の玉が浮いている。
途中まで気付かなかったけど、それが何十、何百とある。
「あれは全部死者の魂だよ」
ユーレアス曰く、普通は見えないけど、冥界だから私でも見えるらしい。
その中の二つがふわっと動き出し、私たちの前で止まる。
「さぁ、語らうと良い。ここからは親子の時間だ」
魂の炎は揺らぎ、人の形へと変わっていく。
輪郭が出来て、顔がわかる前に、懐かしさを感じて目が潤む。
「お父様……お母様!」
「ユイノアちゃん!」
お母様と私は強く抱きしめ合った。
魂だけの存在でも、冥界なら触れ合うことが出来る。
そんな不思議さも感じる余裕はなく、ただ再会を喜ぶ。
「ごめんね、ユイノアちゃん。貴女を一人にしてしまって」
「違うの! 私が悪いの。私がお母様を助けられなかったから」
「そんなことを言わないで」
お母様の涙が私の頬をツタっていく。
ふと、お父様に目を向ける。
お父様は申し訳なさそうにほほ笑んでいた。
「お父様も……私を逃がしてくれて。でも、でも私は嫌だったの。一緒に逃げてほしかった」
「すまない。悲しい想いをさせてしまったね」
お父様はそう言って私の頭を撫でる。
優しくて安心するお父様の手。
「それでも私は、ユイノアに生きてほしかったんだ。どうか生きて、幸せになってほしかった。余計なしがらみなどない場所で、自由に……」
「私もよ。貴女には幸せになってほしいの。ただ、それだけが私たちの望みなのよ」
二人の言葉が、想いが伝わってくるようだ。
肌でふれあい熱を感じながら。
「ありがとう、ユーレアス殿」
「僕への礼は不要だよ。それとすまない。あまり時間がないようだ」
「そうか」
長居は駄目だと女王も言っていた。
私はもっと一緒に居たくて、お母様の身体にしがみ付く。
たくさん話したいことがある。
まだ……まだ全然足りない。
「ユイノアはよく本を読んでいたな。冒険の本が好きだっただろう?」
「そうね。大きくなったら冒険してみたいって」
そんな私の手を、二人は優しく握り、一歩後ろへ下がる。
「貴女はもう自由よ。だから、好きなことをして」
「ああ。聖女も国も関係なく、自分がやりたいことをして生きると良い。そうしてくれると、私たちも嬉しい」
「お父様……お母様……」
お別れの時間が近づいてきている。
二人の言葉を聞いて、私はそれを察していた。
涙が溢れ出ている。
離れたくないと本心では言っている。
だけど、二人は私の手を放して優しい笑顔を見せる。
「ユイノア……」
「ユイノアちゃん、私たちは貴女を」
そして、口を揃えて――
「「愛している」」
それが最後の言葉だった。
二人の想いが全部詰まった言葉は、私の胸に火をともす。
火は伝わって、燻っていた夢を温める。
いつか、世界中を旅したい。
本で語られているような冒険を、私もしてみたい。
二人とのお別れは、私にそんな夢を思い出させてくれた。
地上へ戻って、空を見上げる。
青く澄み渡った空は遠くて、何となく手が届きそうに感じる。
夢みたいな出来事があって、夢じゃないと知っているから、私の涙は止まっていた。
「ユーレアス様」
「何だい?」
「ありがとうございます。それと……これからもよろしくお願いします」
「おうとも! こちらこそだ」
ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。
少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。
☆☆☆☆☆⇒★★★★★
よろしくお願いします。




