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15.冥界の女王

 冥界は肌寒い。

 震える程の寒さではないけれど、背筋が凍るような寒気を感じる時がある。

 周囲には私たち以外誰もいない。

 誰もいないはずなのに、時折視線を感じてしまうのは、ここが死者の国だからなのか。

 本音を言えば、少しだけ怖かった。

 恐怖から、私は無意識にユーレアスの手を強く握る。


「怖いのかい?」

「あ、はい……ごめんなさい」

「ううん、それが普通の反応だよ」


 そう言って、ユーレアスは遠くを見つめる。

 ほんのり青い光が集まっている場所が、私たちの進む先にはあるようだ。

 ユーレアスは真剣な表情で言う。


「冥界はとても恐ろしい場所だからね。ぜーったいに僕の傍から離れちゃだめだよ?」

「はい」


 口調は穏やかでも、適度な緊張感が漂う。

 ユーレアスがそこまで言うのだから、冥界は本当に恐ろしい場所なのだろう。

 とは言え、今のところは何も起こっていない。

 安全かつ順調に前へ進んでいる。


 ウルが耳をピクリを動かす。

 ユーレアスも何かに気付いて、先に立ち止まった。


「主、やはり来たようだ」

「うん、まぁ仕方がないよね」


 地面から藍色の霧があふれ出す。

 霧は冷気を放ち、真っ白な穴が開く。

 穴からむくっと現れたのは、白いヴェールを纏った骸骨たちだった。

 ユーレアスが私に説明する。


「あれはガルラ。冥界の女王イルカルラに使える精霊の一種だ」


 ガルラ、冥界の女王イルカルラ。

 聞きなれない名前に疑問を抱く余裕もなく、私はひたすらに怯えていた。

 ユーレアスが続けて言う。 


「彼らは不当な来訪者を許さない。例え契約者である僕が一緒にいようとも、君という生者を見過ごさない」

「私を……?」


 ガルラたちが迫りくる。

 バチバチと電流のような光を放ちながら、私たちへ向かってくる。


「下がっていて。ガルラたちは僕らを敵と認識している」

「主よ、我は戦えぬ」

「わかっているさ。ウルは彼女を守ってあげて」

「了解した」


 ウルが私の前に立ち、ユーレアスが大鎌を取り出す。

 迫るガルラを、彼は大鎌で両断していく。


「ごめんね。君たちの怒りはわかるけど、僕だって後に引けないんだよ」


 大鎌で切断されたガルラは消滅していく。

 霧散した光が地面へと入り込んでいく様子が見てとれる。


「彼らはすぐに復活する。急いで先に進もう。ウル、僕らを背中に乗せてくれるかな?」

「心得た」


 ユーレアスがウルの背中に飛び乗る。

 手を差し伸べられ、私も彼の背中にしがみつく。

 そのままウルが走り出す。

 直後にガルラが復活して、私たちを追い始めたけど、ウルの速さが勝っていた。


「このまま彼女の元へ」


 ユーレアスがそう言うと、ウルが加速する。

 道と道を跳び越えて、最短距離で目的地へ向かう。

 立ちふさがるガルラたちを華麗に躱し、時にはユーレアスが大鎌を振るう。

 彼の背中にしがみ付きながら見ていた私は、純粋な疑問を口にする。


「ユーレアス様は、どうしてここまでしてくれるんですか?」

「そんなの決まってるさ。君の魂を守るためだよ」


 ユーレアスは真剣な眼差して前を見つめる。


「僕には人の魂が見える。今までいろんな魂を見てきたけど、君の魂は一番綺麗なんだよ? そんな君が泣いていた。あの日も、昨日の夜もそうだ」


 昨日の夜にみた夢は、とても悲しい内容だった。

 あの時の私は、眠りながら涙を流していて、ユーレアスはそれを見ていた。

 ぎゅっと手を握ってくれたのも、私が泣いていたからだった。


「そもそも僕は、悲しい別れが大嫌いだからさ。出来ることなら、ちゃんとしたお別れをしてほしいんだよ」


 ウルが立ち止まる。

 円盤状の地に、灰色の神殿が建っていた。

 そこに彼女はいる。

 整列したガルラたちの先の、銀色に輝く玉座で笑う。

 

「だからさ。この先へ進ませてほしいんだよ」

「――ふふっ、ワタシが良いって言うと思っているの?」

「だよね」


 銀色の髪と黄金の瞳を持つ美女。

 漂う雰囲気が、冥界の空気とマッチしている。

 説明がなくとも、一目見れば理解できた。

 彼女こそ、この冥界を統べる女王……


「こんにちは、イルカルラ」

「そうね。久しぶりに会うのだから、あいさつが先よね」


 女王はニコリと微笑んだ。

 楽しそうな笑顔ではなく、怒りを含んでいる。

 私はぞっとして、目を背けたくなった。


「説明させてもらっていいかな?」

「必要ないわ。要件は大方理解しているもの。その子の両親の魂と対話したいのでしょう?」

「うん。通してほしいな」

「もちろん断る。死者と生者の魂が交流を持つことは、冥界の規定に反するわ。ユーレアス、貴方が例外なだけよ」


 私を睨むように女王は見つめる。


「生者を許可なく冥界に招き入れるなんて……相変わらずね」

「ははははっ、僕は変わらず僕だよ」

「褒めてないわ」

「知ってるさ。でも、今回は引き下がるつもりはないよ」


 ユーレアスがそう言うと、女王は眉間にしわを寄せる。

 二人の関係はよくわからないけど、女王が偉いことくらいわかる。

 そんな相手に臆することなく、ユーレアスは意見する。


「二人との対話が彼女には必要なんだ」

「それはそっちの都合でしょ。ワタシは女王として、そんな我儘を許せないわ」

「どうしても駄目かい?」

「ええ。諦めないというのなら、ここでワタシと戦うかしら?」


 女王が軽く指を動かした。

 たったそれだけで、地面が軋み身がすくむ。

 今までに感じたことのない恐怖が、私の全身を震えがらせた。


「っ……」

「大丈夫だよ」


 ユーレアスは私に微笑みかけ、そっと頭を撫でてくれた。

 少しだけ安心できて、震えが落ち着く。


「戦うつもりはないよ。元より僕とイルじゃ、戦いにならない」

「そうね。じゃあ諦める?」

「いいや、諦めない。その代わり、僕は対価を提示しよう」

「対価……ね。何を差し出すつもり?」

「僕の魂を」


 彼は平然と口にした。

 それを聞いた私の表情は、奇しくも女王と同じだった。 

ブクマ、評価はモチベーション維持につながります。

少しでも面白いと思ったら、現時点でも良いので評価を頂けると嬉しいです。


☆☆☆☆☆⇒★★★★★


よろしくお願いします。

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