12.濁った魂は見飽きたよ
「私が死んだ後、娘と夫を守ってあげてください」
彼女のお願いに、僕は「もちろん」と答えた。
あの日から二か月ほどが経過した。
急いで戻った所で、彼女と再会することは叶わないだろう。
それでも僕は、出来るだけ早く戻ろうと奮闘した。
幼き聖女ユイノア。
彼女の美しい魂が、悲しみで濁ってしまわないように。
一秒でも早く駆け付けて、僕に出来ることをしてあげたかった。
だけど、僕は知っている。
そういう時こそ、世界はあまりにも残酷なのだということを。
「……そうか」
僕が到着した時には、すでに街は火の海と化していた。
人間と亜人種たちが争っているのが見える。
二か月前とは真逆の光景に、思わず僕も唖然とさせられた。
こうも違うのか。
たった二か月足らずでこれほど……
「二人は無事かな?」
確かめなくてはならない。
約束はまだ破られたわけではないから。
遠くから見てもわかるほど、王城が燃え上がっている。
道中の会話と状況である程度は理解した。
死んだばかりの魂は、冥界に向う前なら会話も出来る。
殺されてしまった人たちから情報を集めて、僕は王城へと駆け込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
一人の男が首を持っている。
胴体は地下に転がったままで、ドロドロと血が流れる。
この国で最も偉大な男の首だ。
それを彼は、髪を鷲掴んで無造作に扱う。
「愚かな王だ。最初から我々の言う通りにしていれば良かったものを」
言葉からも、行動からも、王に対する敬意は一切感じられない。
かつては共に国を動かした者同士。
そんなことはなかったと言わんばかりの振る舞いを見せる。
男は仲間を引き連れ、王城の一番高い部屋に向った。
そこは普段、王が国民に向けて演説をする場所。
拡声できる装置が用意されていて、使えば王国の領土全域に声が響く仕組み。
キィーンという機械音が王国中に聞こえる。
拡声装置が起動したときの音で、気づいた国民たちが耳を傾ける。
「皆の者聞くが良い! 魔王に与する傀儡の王は打ち取った!」
男は首を空に掲げる。
誰に見えるわけでもないが、見せしめのつもりだろう。
王国中から「おぉ」という声が上がる。
「今こそ変革の時だ! 古き王政は滅び、我々は新たな――!?」
男は気付く。
手に持っていた首がなくなっていることを。
他の者たちも左右をキョロキョロと探す。
どこにもない。
誰も持っていない。
少なくとも、彼らの仲間では。
「ごめんね。僕がもっと早く来ていれば、助けられたはずなのに」
「な、何だ貴様は!」
国王の首を抱きかかえる僕に、男は声を荒げる。
チラッと顔だけ見たけど、以前に王城を訪れた時に会ったことがある。
向こうは忘れてしまっているのか。
それにしても……
「はぁ、濁った魂だね」
罪を犯した魂の色。
それも中途半端だから、紫色に濁っている。
「どうせなら真っ赤であってほしかったな。それなら心置きなく刈り取れるのに」
「貴様……まさか王の手の者か? お前たち!」
「残念だけど、彼らの魂は刈り取ったよ」
バタバタと倒れ込む他の男たち。
王様の首を奪ったとき、ついでに彼らの魂も刈り取っておいた。
残っているのは、主犯格であろう元貴族の男だけだ。
「なっ……馬鹿な」
「馬鹿は君だよ。まったくもう、自尊心? それとも出世欲? むしろ全部かな、そんな下らないものに囚われて、本当に愚かだよ」
「き、貴様に何がわかるというのだ!」
「わかるさ。なんせ僕は、君たちの何倍も長生きしているからね」
これまで見てきたよ。
愚かな者たちが起こした悲劇、その結末は酷かった。
僕は呆れながら、大鎌を振り上げる。
「ま、待ってくれ!」
「男の命乞いなんて聞かないよ。何より見飽きているんだ」
「……へっ?」
「その汚い魂は」
首を撥ね、命を刈り取る。
ソウルイーターは魂を刈り取る鎌だけど、斬る対象を選ぶことも出来る。
魂だけを斬れば痛みはない。
だから、肉体のほうを斬って痛みを与えた。
これは罰だ。
美しい魂を汚し、彼らの理想を踏みにじったことへの。
これで本当にエストワール王国は終わる。
国も動物と同じだ。
頭を失えば身体は動かない。
僕が何をするでもなく、この国は勝手に滅ぶだろう。
「これでいいかな?」
ああ。
後は娘を……ユイノアを頼む。
「任された。二人からのお願いだ。約束の片方は守れなかった分、全力で応えよう」
そうか。
ありがとう、ユーレアス殿。
「礼を言われる立場じゃないよ。どうか安らかに」
そうして、国王の魂は冥界へ下る。
彼からユイノアの行先を聞いて、転移装置を調べる。
どうやら一度しか発動しないようだが、転移場所は見当がついている。
「ウル」
「任されよ」
僕はウルの背中に乗って王城を後にした。
今頃、彼女は不安で仕方がないはずだ。
一人ぼっちの心ぼさを、僕は嫌というほど知っている。
孤独で彼女の魂が揺らがないように、僕が駆けつけてあげなくては。
その一心で駆け抜けた。
滅びゆく国を、かけられた声を無視して。
森の奥。
足跡が一つ。
ウルフの鳴き声が響いて、間一髪を救う。
「良かった。片方だけど、約束を守れそうだ」
再会した彼女は、悲しみで表情を曇らせていた。
そんな顔をしないでほしい。
もっと無邪気に、楽しそうな笑顔を取り戻してほしいと思う。
孤独に押しつぶされそうになっていた彼女に、僕は渾身の一言を告げる。
「まだ――僕がいるよ」
そう言うと、彼女の瞳から涙があふれ出した。
抱き着く彼女を、優しく包み込む。
守ってあげたいと思う。
二人と約束したからだけじゃない。
悲しくて、辛くて、苦しさに苛まれても、彼女の魂は綺麗だった。
こんなにも美しい魂が穢れないように、僕が守ろうと誓った。
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