11.美しき魂との約束
僕には人の魂が見える。
魂には色があって、基本的には蒼く炎のように揺らいでいる。
罪を犯した者は濁り、重い罪なら赤く染まる。
反対に清らかな魂は無色透明だ。
この世に生を受けてから、七百年以上が経っている。
色々な魂を見てきた。
中には罪を重ねすぎて、赤どころか真っ黒に染まった魂もあったよ。
そんな中で、久々だったと思う。
辺境の小さな国の聖女。
名前はユイノアちゃん、まだ十歳の女の子。
こんなにも澄んだ魂を見たのは。
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「あ、えっと……お母さんは、身体が弱くて」
「そうか。じゃあ面会は出来そうにないね」
彼女のお母さんは病で寝込んでいるらしい。
そんな話を聞いた後、気になった僕は一人でこっそり部屋を探した。
別に会うつもりはなかった。
あわよくば、窓からでも覗き込めればと思った程度だ。
だけど……
「こんばんは、王妃様」
「どなたですか?」
僕は彼女の部屋へ入っていた。
声を出されるかと思ったけど、王妃様は冷静で、僕に名前を尋ねてきた。
「夜分遅く、加えて美女の寝室を汚すなど不届き極まりないが、どうか許して頂きたい。僕はユーレアスという旅人だ」
「ユーレアス……そう、貴方がユイノアちゃんの言っていた人なのね」
「おや? 彼女から聞いていたのか」
「ええ。とっても楽しそうに話してくれたわ。ついさっきまで一緒にいたのよ?」
なるほど。
運よく鉢合わせなかったのか。
我ながら自分の強運が恐ろしい。
それと僕のことが伝わっているなら話が早い。
手早く用件だけ済ませておこう。
「それで今夜は何の御用ですか?」
「おほんっ! 単刀直入に言わせてもらうと、貴女はもうじき死を迎える」
ズバリ言い切った。
君は死ぬと。
「そう……ですか」
「驚きだね。もっと動揺すると思っていたのに」
彼女は冷静だった。
まるで知っていたかのように、落ち着いて僕の言葉に耳を傾けていた。
「事実なのですね」
「うん、間違いないね。魂が揺らいでいる。その揺らぎは、肉体の終わりが近いことの前触れだからね」
何度も見てきた。
寿命で、病で、怪我で死んでいく人の魂を。
それらと同じ揺らぎ方をしている。
僕が彼女と会うことにしたのは、扉越しでもその揺らぎが感じ取れたからだ。
「言わなくていいのかい? ユイノアちゃんや王様に」
僕がそう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「まぁそうだね。言ったところで結末は変わらないし」
「どのくらいもちますか?」
「う~ん、何ともいえないな。数日から一月くらい?」
個人差があるし、ハッキリはわからない。
とは言え、あまり長くないのは事実だ。
それを知って尚、彼女は動じない。
「本当にすごいね。貴方も、ユイノアちゃんも」
「ユイノアちゃん?」
「うん。彼女の魂はとても綺麗だ。あんなに綺麗な魂は久しぶりに見る。それこそ数百年ぶりだね」
よく似ている。
かつて僕たちと一緒に魔王と戦った英雄。
僕らの光……勇者の魂と。
「その理由がわかったよ。貴女の魂も綺麗だから。きっと貴女のお陰だ」
「私の……ふふっ、だったら嬉しいですね」
笑い方も似ている。
やっぱり親子なのだと実感させられる。
「あの、一つだけお願いを聞いていただけませんか?」
「もちろんだとも! 元よりそのつもりで来た所もある。一つと言わず、二つくらいなら聞いてあげられるよ」
「いえ、一つだけ。私が死んだ後、娘と夫を守ってあげてください」
死を迎える人の最後の願い。
それは大抵、自分以外の誰かに向けられる想いだ。
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時は過ぎ、場所も変わる。
暗く淀んだ空気と、ボコボコに穴の開いた大地。
立ち昇る土煙が晴れ、二人の姿が見える。
「はぁ……くそがっ!」
「中々頑張ったようだけど、そろそろ限界かな」
ボロボロの悪魔と相対する僕は、傷一つなく余裕の表情を見せている。
周りには共に戦った人の身体が転がっている。
大丈夫、まだ死んでいるわけじゃない。
ほとんどが気を失っているだけだ。
「なぜ俺が……こうまで……」
「うん。確かに君は強かったよ。そこら辺の悪魔とは違う。それでも魔王には遠く及んでいない」
「何だと? なぜそう言い切れる!」
「もちろん知っているからだよ。本物の魔王の恐ろしさと、それを超える存在をね」
「なっ……」
驚き目を丸くする悪魔。
僕は大鎌を構える。
「この武器はソウルイーターと言ってね? 魂を刈り取ることが出来る。冥王から貰ったとっても大事な鎌なんだよ」
「冥王……だと? 何なんだ……何者だ貴様ぁ!」
僕は大鎌を振り下ろす。
切り裂くのは肉体ではなく、そのうちに宿る魂のみ。
「それを知る必要はないよ」
悪しき魂を刈り取り地獄へ送る。
冥界の王と契約を交わした僕だけが、この世でただ一人その権限を持つ。
「さて、急いで戻ろうか」
思った以上に時間が経ってしまった。
おそらくもう、王妃様は亡くなっている頃だろう。
ちゃんと冥界に魂が行けていれば良いけど……
「出来ることなら、僕がお見送りしてあげたかったな」
そう呟きながら帰路につく。
手柄はいらないし、転がっている人たちに譲ろう。
約束を果たすため、僕は東の辺境へと向かう。
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