10.終わりの始まり
「ねぇお父様!」
「何だ? ユイノア」
「私ね~ 大きくなったらお父様と結婚する!」
「ほぉ、それは嬉しい告白だな。でも残念だが、私の妻はユフレシアだ」
「ふふっ、ごめんね」
お父様とお母様が幸せそうに肩を寄せ合っている。
私はそれが羨ましくて、むくれながら言う。
「じゃあお母様とも結婚する!」
「はっはっは! それは大胆だな」
お父様は豪快に笑っていた。
馬鹿にされているみたいで、私はもっとむくれた。
そんな私の頭を撫でながら、お父様が言う。
「心配ない。お前にもいつか、そういう相手が現れるさ」
「……本当?」
「ああ、間違いない」
「きっと素敵な人よ。ユイノアちゃんは良い子だものね」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
楽しくて安らぐ記憶。
それが夢だとわかっていても、思い出さずにはいられない。
現実に広がる光景から目を背けるには、思い出の幻想に浸るしかないから。
「はぁ……ぅ……」
森の中を歩いていた。
どこへ向かっているわけでもない。
ただ真っすぐ、足を進めるだけ。
魔法陣のお陰で、私だけは城の外へ出られたけど、身一つで放り出されて気力と体力がつきかけていた。
ここへ来たから、どれだけ歩いただろう。
気が付けば朝陽が昇り始めていて、チラッと光が見えている。
「お父様……」
光を見て、思い浮かぶ光景は地獄だ。
燃え盛る王城と街。
最後に見せたお父様の笑顔と、首を斬られた音が残っている。
鮮明に、何度でも繰り返されるように、頭の中で流れ続けていた。
脚が止まってしまう。
疲労と、諦めから力が抜ける。
私は一本の木により掛かって腰を下ろした。
ユイノア、生きてくれ。それが私と、母の願いだ――
お父様はそう言ったけど、私はもうどうでも良かった。
お母様が病死して、お父様もいない。
こんな世界で生きていく意味が、私にはわからない。
むしろ、私も死ねば二人に会えるかもしれない。
冥界という場所は、死んだ者の魂が集まる場所だと、誰かが言っていた。
「あれ……誰だっけ」
どうしてだろう。
ずっと会いたい人だったのに、名前が思い浮かばない。
頭で考えることすら、今の私には出来ていなかった。
もう良い。
何も必要ない。
生きていくのは疲れた。
浮かび上がる言葉は、どれもあきらめばかり。
お父様が言い残した言葉すら、もうわからなくなっていく。
薄れゆく視界の中で、白い毛をした精霊が姿を見せる。
「フィー!」
「……どうしたの?」
フィーは必死に何かを伝えようとしていた。
高らかな鳴き声が、かすれた声のように聞こえている。
「フィ~、フィー!」
「あっち?」
視線を向ける。
その先には、グルグルと唸り声をあげる三匹の魔物がいた。
「何だ……ウルフか」
と口にしているが、冷静に考えてよくない状況だ。
ウルフは小型の魔物だが、群れをなして大きな相手すら倒してしまう。
それ以前に、今の私には戦う力がない。
フィーが伝えていたのは、早く立ち上がって逃げるということだった。
「……もう良いよ」
だけど、この時の私はどうでもよかった。
いっそ殺してくれるなら、とさえ思うほどには、全てを諦めていた。
そんな私をフィーが必死に引っ張ろうとする。
無気力な私は、うつろな目で空を見上げる。
「お父様、お母様……」
ごめんなさい。
今から会いに行きます。
そう心の中で呟いて、そっと目を閉じる。
ウルフが迫ってくる音が聞こえた。
と同時に、痛そうな鳴き声も聞こえる。
瞼を閉じてその瞬間を待っても、一向に訪れない。
私は瞼を開け、気だるげに前を見る。
「ふぅ、何とかこちらは間に合ったようだね」
「えっ……」
聞き覚えのある声。
私の頭の中に、彼との思い出があふれ出す。
何度も読んだ物語、その登場人物。
大きな鎌を持った白い髪の男性が、優しく微笑んでいる。
「良かった。片方だけど、約束を守れそうだ」
「ユーレアス様?」
「うん」
彼は私のほうを見ながら歩み寄ってくる。
後ろには倒されたウルフが転がっていて、フィーも安堵していた。
「どう……して?」
「約束していたんだよ。君のお母さんとね」
「お母様と?」
「そうさ。彼女は言っていたよ。君に……幸せに生きてほしいと」
お母様の顔が脳裏に浮かぶ。
忘れられない思い出を、忘れてしまっていたことを思い出す。
お母様も望んでいる。
私が生きて、幸せになってくれることを。
お父様がそう言ったように、二人は私に生きてほしいと願っている。
だからこそ、私は今もこうして生きているんだ。
それでも、二人はもういない。
ずっと一緒にいたかった。
私が大きくなって、誰かと結婚して、子供が出来るまで。
願わくば、最後の一瞬まで幸せにほほ笑みながら生きていてほしかった。
二人がいない世界で、生きていく理由なんて……
ユーレアスが近づく。
そっと手を差し伸べ、優しく握る。
「まだ――僕がいるよ」
その言葉は、私の心を震わせた。
壊れてしまいそうだった心を、優しく包み込んでくれるように。
「う……うぅ……」
「泣いて良い。その涙は必要だから」
止まっていた涙があふれ出す。
私はユーレアスの胸に飛び込み、ぐちゃぐちゃな泣き顔を見せていた。
ユーレアスはそんな私を抱きしめてくれる。
一人じゃないのだと。
まだ自分がいるのだと、彼らは私に教えてくれた。
これは旅の始まり。
一つの悲しい終わりから、新たな旅路へのプロローグ。
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