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1.辺境の聖女

 豊かな緑に囲まれた国があった。

 そこで暮らす人々は謙虚で、質素な暮らしをしていた。

 王は聡明であり、国民の期待に応えるため日々奮闘していたという。

 とても住みやすくて、特徴的な国だった。

 世界では差別の対象となっている亜人種たち。

 彼らを快く受け入れ、共存している国は数えるほどしかない。 

 さらにもう一つ、大きな特徴があった。


 この国には――【聖女】がいる。


 一般的に聖女とは、神の啓示を受け、神聖な事績を成し遂げた女性のことを指す。

 ここで言う聖女は、一般的なそれとは異なる。

 王家の血を引く女性は代々、光の精霊と契約をする資格を持っている。

 光の精霊は、他の精霊の中でも強力かつ神聖で、畏れ敬わられていた。

 そんな存在と契約できる人間は、神に選ばれた人なのだろう。

 と、大昔の人は考えたらしい。

 以来この国では、光の精霊と契約できる女性を【聖女】と呼んだ。


 そして私はこの国……

 エストワール王国の王女として生を受けた。


 これから語られるお話は、私に起こった悲劇。

 幸せだった日々の終わりと、意図せず放り出された世界を巡る旅路。

 悲しくて、辛くて、一人と出会って。

 いつか報われる物語の――プロローグだ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 王城の一室に、たくさんの本棚が並んでいる部屋がある。

 難しい本から面白い絵本まで揃っていて、私の目当ては楽しい童話だった。

 読んでいるだけで心が躍るような物語。

 五歳になったばかりの私は、毎日のように本を読んでいた。


「やはりここにいたのか、ユイノア」

「お父様!」


 ガチャリと音を立てて扉が開き、姿を見せたのは私の父だった。

 名前はリチャード・エストワール。

 この国で一番偉い王様だ。


「ユイノア、もう時間だ」

「えっ、あ!」


 時計を見ると、正午を回っていた。

 本に夢中で、大切な約束をすっかり忘れてしまっていたようだ。

 私は急いで本を片付けて、お父様の元へ走る。


「何を読んでいたんだい?」

「ブレイブ物語!」

「はははっ、だと思ったよ。ユイノアは本当にあの本が好きだね」

「うん!」


 ブレイブ物語は、勇者と魔王とお話。

 数百年以上昔に起こったとされる実話を、当時の人が絵本にしたものだ。

 かつて魔王は世界を自分のものにしようと企んでいた。

 人々は抵抗したけど、圧倒的な力の前に成す術なく敗れ去り、たくさんの国や街がなくなってしまった。

 人類が滅びる一歩手前。

 絶望の中で、たった一つの希望が生まれた。

 それが勇者だ。

 特別な身体、特別な加護、それから特別な運命をもって生まれた勇者。

 仲間と共に魔王を倒す旅に出て、死闘の末に魔王を撃ち滅ぼした。

 そうして世界には平和が訪れた。


「どこが好きなんだ? やはり勇者か?」

「えっとねぇ~ 勇者様も格好良いけど、私はぜーんぶが好き!」

「全部?」

「うん! 皆でいろんな場所に行ったりして、とっても楽しそうなの!」

「ああ、そういことか。ユイノアは冒険が好きなんだね」


 そう言ってお父様はニコリと笑った。

 私も微笑み返して、元気よく腕を振りながら歩く。


「ねぇお父様! 私もいつか冒険がしたい!」

「……そうだね、うん」


 お父様は笑顔だった。

 でも、さっきまでの笑顔とは少し違う。

 ちょっぴり悲しそうで、申し訳なさそうに見えた。


 私とお父様は王城の一番上にある部屋へ向かった。

 そこは特別な儀式をする場所で、お父様でも普段は立ち入らない。

 仰々しい扉を開ければ、祭壇のような造り物がある。


「ユイノア」

「お母様!」


 すでに一人の女性が祭壇で佇んでいた。

 私の母ユフレシア・エストワール。

 この国の王妃様で、当代の【聖女】でもある。


「待たせてすまない。準備は出来ているか?」

「ええ、もちろんよ」

「そうか。ならばさっそく始めよう」


 お母様が祭壇の中心に立つ。

 私はお母様の前に立って、お父様は少し離れてみている。


「いい? 貴方は今日から【聖女】になるのよ」

「うん!」

「ふふっ、良い返事ね」


 お母様はニコリと笑った。

 これから始まるのは契約の儀式だ。

 光の精霊を、お母様から私へ譲渡する。

 王女が五歳になる頃、先代の聖女は役目を終え、新たな聖女が生まれる。


 儀式が始まる。

 七色の光がキラキラと輝き、眩しい一つの光へと集まる。

 その光が私を包み込んで、胸の内に力が流れ込む。


「フィー!」


 気が付くと、私の肩には白くて可愛らしい精霊がちょこんと座っていた。

 お母様と一緒にいた光の精霊と同じ。


「おめでとう、ユイノア」

「うん!」


 こうして私は、新しい聖女になった。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 母親が聖女に成れたって事は、王家の近縁者なのかね?
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