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 次の日の朝、空真は寒月を連れてグランセ近郊の竜統計調査に出かけた。最近では十分体力が付き、話しながら山登りが出来るようになった。


「俺達ってさー、地方回りで研修、なんて銘打ってるけど、地方の支部からしたら、本局からの抜き打ちチェックしてるみたいな役割もあるんだよな」

「確かに。支部にとって私達は『外部』の人間ですからね」

「そう思えば快く思われないのも分かるよなあ」

「でもそれだけですかね」


 空真は一瞬言葉に詰まった。チラリと寒月を見やる。


「・・・・・・寒月がそう言うと、何か起こるのがお約束なんだよな・・・・・・」


 正確には寒月の察しの良さから事前に忠告されているだけだ。


 いつも通り竜の生息域から少し離れて観察出来る場所にテントを2つ張り、昼は報告書を読んでいた。そして夕暮れより竜の統計調査を始める。日が暮れて焚き火の火がより明るく感じる頃、いつも通り寒月が先に仮眠を始める。


「空真さん、何かあったら起こして下さいね」

「了解。おやすみ」

「おやすみなさい」


 焚き火を絶やさないように空真は1人で薪をくべていく。自分の横に置いてあった薪が無くなったので、後ろに置いてあったであろう薪を振り向かずに取ろうとすると、手が何かに当たった。


「ん?ンンっ───!」


 突如空真は見知らぬ手に口を塞がれ、ナイフを喉元に突きつけられる。


「喚くな、声を出せば即座に殺す」


 そう言われて空真は静かに頷く、そして従うフリをしながら、自分を拘束している男にバレないよう、空真は腕に巻き付けていた細い糸をそっと手繰たぐって引っ張った。


「よし、このまま真っ直ぐ歩け───」


 ヒュンッと音を出しながらナイフが飛んで来た。それは男の腕に刺さって、ザクッと嫌な音を立てる。


「うっ!」


 投げた人物は寒月だ。拘束されていた腕が解けて、空真は自由になる。


「空真さん走って!」

「了解!」


 どこから寒月の声が聞こえてきたのか分からないが、素直に走って逃げる。逃げる時少しだけ見えたのだが、男は1人ではなく複数人居るようだった。


 寒月はどこからともなく闇から現れ、殺気をまといながら男に切りかかる。


 ある程度逃げて、空真は茂みに隠れる。しかし違和感に気付いた。戦っている寒月と男達から、いつまでも悲鳴が聞こえてこない。つまり決着がつかず、永遠に剣撃が続いている。これまでとは違う空気だ。案の定、あの寒月が圧されていた。


 寒月と男の声が聞こえてくる。空真を拘束していたあの男だ。覆面に、腕に寒月のナイフが刺さっているのをものともせず戦っている。


「っ!」


 1対1であるのに徐々に後退する寒月は苦渋を滲ませる。しかし男は寒月に感心したようだった。


「強いな、戦い慣れているのか」

「っ、嫌味か!」


 男が優勢でありながら褒められた寒月はキレる。それを侮辱と受け取ったらしく、とうとう寒月は腰から何か薬品をを取り出そうとした瞬間、見計らったように男は剣を引いた。


「撤退だ」

「!」


 男の声に合わせてその部下と思しき男2人も下がり、そして潮が引くように消えていった。寒月は空真を守ることを優先事項と考え、あえて追うことはしなかった。


「寒月」

「あの男、最初から私達を殺す気は無かったみたいです」

「様子見って感じだったな」


 殺すなら空真にナイフを突きつけた時点で殺していただろう。


「空真さん随分場馴れしてしまいましたね」

「そりゃあ嫌でもね。で、感想は?」

「強いです。そこらのチンピラなんかじゃない。あれは『本物』ですよ」

「本物って?」

「私はあくまで警備隊養成学校を卒業した()()の人間です。でも向こうは本格的に戦い慣れていた。さて空真さん、昼間の話からして相手が誰だかもう察してますよね?」


 今までの経緯からして奴らの正体は簡単に絞られる。


「ああ。多分あれは警備隊の関係者だろ」


 寒月は頷く。


「そうとしか考えられません」

「俺のことはどうしたかったんだろう。寒月の言う通り殺すなら、繋いでいた紐で寒月を呼ぶ前に最初に殺せたはず」


 空真と寒月の互いの腕を紐で繋いでおくというのは、寒月の考えた緊急策だ。細い糸で繋いでおき、何かあったら引っ張って片方に伝える。今回はそれがとても役立った。


「奴らは空真さんから調査局の情報が欲しかった?」

「かもしれない。そして支部ではなく、わざわざ俺達を襲ったということは、狙いは本局の情報」


 寒月はジッと空真を見つめた。


「・・・・・・なんだか、やけに冷静ですね」

「え、そう?」

「今までより頭の回転が速いような、そんな感じです」


 ふふん、と空真は胸を張る。


「とうとう地方回りの成果が出てきたかな」

「冗談はよして下さいよ」

「今の流れで何故冗談だと思った??とにかく、今夜は2人で徹夜して、早朝に撤退しよう」

「はい」


 そのまま夜は一睡もせず、空真と寒月は夜明けと共に山を下る。念の為、あらかじめ定めていたルートではなく、別のルートを使って下山することになったのだがそれが予想外の出来事が巻き起こした。


「これは、竜の死体!?」


 行きとルートを変えたことで、竜の死体を発見したのだ。寒月はサッと検死をする。


「死んで間もないですね。外傷はありません」

「老衰か。・・・・・・仕方ない、警備隊に連絡しよう」


 寒月は眉をひそめながらも頷いた。


 竜は自らの死期を悟ると、1匹離れて巣の外で死ぬ。だから時々竜の死体が山奥で見つかることがある。そうして空真と寒月は死体を他の誰かに漁られないように、急いで下山して支部から警備隊へ連絡へと連絡を入れた。


 竜の死体回収に立ち会いながら、寒月は声を潜めて空真に話しかけた。


「よりにもよって渦中の警備隊と接触しなくてはならないなんて」


 空真は隊員の腕を注視しながら返答した。流石にこの中に昨夜襲って来た人物は居なさそうだ。


「でも、これが職務規定だ」

「今更なんですが、どうして竜の死体は警備隊に任せて、調査局自身で回収しないんですか」

「調査局は人員が足りていないし、それに特殊な仕事が多い。その分単純な回収作業とかの仕事は他の組織に外部委託するんだ」

「その委託先が警備隊ですか」

「調査局が発足する以前、竜の対応をしていたのは元々警備隊だったしね。その名残りなんだろう」


 ふと、警備隊員の1人が挙動不審なことに気付く。死体を触りながら、腰から革袋に入れてあるノコギリを抜こうとする。しかし別の隊員に小さな声で注意され、慌てて工具から手を離した。寒月もそれに気付いたようで、顔が険しかった。口には出さなかったが、彼女の顔にはこう書いていた。


 ───本当に彼らに任せて大丈夫なのか。


 分かっていてもそうするしかなかった。空真は疑心を抑えながら回収を見届け、支部に戻ろうとした時だ。突然背後から切りつけられそうになった。それを寒月が間一髪で気付き、空真を押し退け、剣先から逃れさせる。振り向くと相手は複数の下級警備隊員だった。


 空真は眉尻を吊り上げて怒鳴った。


「どういうつもりだ、我々は調査局員だぞ!よりにもよって竜の死体回収中に警備隊がこんなことをするなんて、厳重抗議させて貰う!」


 警備隊員は嘲るように笑う。


「抗議だと?笑わせる。支部局長から俺達には従えと言われなかったか?」

「何」

「お前達に逆らう権限は無い。我々に従って付いてきてもらおう」


 寒月が空真を庇うように立ち、臨戦態勢に入った時だ。警備隊員達は突如背後から現れた()()()()によって打ちのめされた。


「!」


 短時間だった。本当にあっという間。気配を消していたのか警備隊員達も空真達ですら男達に気付けなかった。そして警備隊員達は意識を失い地面に倒れる。倒れた連中とは破格に異なる、統率された手練の部隊だ。


「連れて行け」

「はっ」


 そう言って指示を出した男は眉に傷があり、上級隊員の制服を着ていた。部下達は警備隊員を目隠しと耳栓をして縛り上げる。空真は呆気に取られる。まるでいつも寒月がしていることに似ていた。


「あなた方は・・・・・・」

「私は警備隊グランセ支部副隊長のあきら・ウォーカーだ。この下級隊員は我々の指揮下にある者達だが、見ての通り規則違反を犯した。厳重に対処するので身柄はこちらで押さえさせてもらう」

「はぁ」


 明は体格が良く、立っているだけで威圧感のある男だった。すると寒月は彼の言葉を聞いてハッとした様子で、腰の剣に手をかける。


「その声は、昨夜の!」

「え!」


 つまり昨夜襲って来たのは彼ということだ。しかし明は誤魔化すことなく、素直に謝罪してきた。


「昨夜は君達の実力を測りたかったんだ。手荒な真似だったのは認めよう、すまない」

「では期待外れだったのでは?」


 明は首を横に振った。


「いや、十分だ。ただツーマンセルだと思い、片方は非戦闘員だとは知らず君に剣を向けてしまった」

「調査局員で戦える人間なんてそう居ないですよ。だから寒月に守られているんです」


 空真は目を逸らした。


「そうだろうな。それに付け込まれて、調査局支部は警備隊に掌握されたんだ」

「掌握!?」

「・・・・・・その様子だと話が長くなりそうだ。我々に付いてきてくれないか。勿論危害は加えないと約束する」


 寒月は空真にどうするのか指示を仰ぐような視線を送る。


「分かりました。行きましょう」


 空真の言葉に寒月は目を瞬かせる。


「いいんですか?」

「重要な情報源だ。それに今は調査局支部も信じられない」

「あなたがそう言うのなら従います。でもくれぐれも気を抜かないで」


 小さく頷いて明を見た。完全に信用したわけではないが、少なくとも助けてくれたのは事実だ。それになんとなくではあるが、敵意などは感じられない。根拠は無いがこの人なら大丈夫な気がした。


 ***


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