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日が暮れて空が赤く染まってきた。寒月はテントの外を覗き、夕陽の眩しさに目を細める。
「夕刻になりましたね、そろそろ竜が帰ってきます。統計調査に入りましょうか。───ここからはあなたの本分です」
空真もテントから出て伸びをした。
「と、言うものの、ただの数を数えるだけなんだけど」
正直竜にそれほど種類は無い。ほとんどがノーマルと呼ばれる普通種で、火竜や水竜のような特殊な状況下では生きられないタイプは本当に限られている。後者は一般に知られていないほどだ。
今から空真がやらなければならないのは、巣には何種の竜が何匹居て、どの程度の大きさのものが何処に住んでいるのか、ということを調査することだ。その先の生態調査に関してはそれこそ研修職の人間の本分となる。空真の仕事は『統計』だ。
「それが統計調査局の仕事でしょう、さぁ頑張って下さい。私も仕事しますから」
「はいはい。じゃあ数えて行きますか」
双眼鏡を手に持って空真は地面に這いつくばる形でポジションを取る。片手には紙とペン。ひとまず大きさと数をメモして後でまとめていく。
丁度、夕陽の中から3メートル台の竜が1匹巣に戻って来た。そしてその後ろに群れが率いられている。
(・・・・・・ん?そういえば俺が観察してる間、寒月は何をしているんだ?)
───と考えたその時、突然背後でキィンッと金属音がぶつかり合う音が聞こえた。
「え!?」
驚いて振り向こうとしたら、ガシッと頭を掴まれて前を向かされた。
「いだっ!」
「あなたは後ろを向かないでしっかり竜を数えて!」
「で、でも!」
(一体何が後ろで起こっているんだ!?)
明らか誰かに襲われている音が聞こえる。足音は複数、武装もしていて怒号も聞こえてくる。しかし直ぐに悲鳴に変わり、誰かが投げ飛ばされている。
寒月に首を無理矢理前を向かされたのでもう振り向きはしないが、これだけは分かる。今聞こえてくる断末魔は確実に、寒月が相手に劣勢を強いている為に聞こえてくるものだ。
「あなたの仕事は竜の統計調査、私はあなたの護衛なんですから!」
空真はハッとした。
(護衛ってこういうことかよ!)
てっきり竜に襲われたり、犯罪捜査中に守られるのだと思っていた。今は思いっきり通常業務中ではないか。
そういえばテントを張る時に彼女はこう言っていた。
『竜は物音に敏感ですから、観測地もなるべく離れた場所に定めます』
もしかするとこうして襲われ、剣戟が響くことも眼中に入れてテントの場所を定めたのか。
(確かにこの距離ならこの物音も聞こえないと思うけど・・・・・・)
「誰が物音イコール戦いの音って思うんだよ」
ちょっと呟いたつもりだったのに寒月はしっかり聞いていて、
「静かに、竜に気付かれますよ!」
「ぐぁっ!!」
「ギャァァ!!」
(いや断末魔の方がうるさくない?)
また話すと怒られるので次は心の中で思った。襲って来ているのは5人くらいだろうか。時々ナイフが顔をかすめて心臓が止まりかけたが、その時も空真は手は止めなかった。何故なら、
「大丈夫、あなたに傷付けさせることは絶対ありません。前だけ向いて私を信用して下さい」
寒月のその言葉を信じたからだ。
喧騒が止む頃には夜になって、竜が全て巣に戻って来た。あとは朝にもう一度出て行く竜を数えるだけ。今度はちゃんと業務を終えたので、振り向いても怒られなかった。