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「う・・・・・・ん、ここは・・・・・・?」


 空真は目を覚ますと、ぽつんと1人で岬に倒れていた。上半身を起こして、前を向くと崖と海があった。後ろには丘が広がっている。そして頭がふわふわして、まだ少し眠気がした。


(これは夕焼け・・・・・・いや朝焼けか?)


 立ち上がってからもぼうっとしていたが、太陽がずっと動いていないことに気付く。昇るでも沈むでもなく、ずっと止まっている。


 空真はキョロキョロと辺りを見渡す。


(寒月は?)


 どれだけ探してもやはり寒月はどこにも居ない。


「何かお探しかしら?」


  突如声をかけられた空真は肩をビクリと震わせ、振り向いて声の主を見やる。そこに居たのは1人の女性だった。歳は20代後半くらいで、長い髪が風になびいていた。


 彼女を見ると何故か桔花を彷彿させた。雰囲気は全く異なるが、目元が少し似ているような気がする。


「すみません、ここはどこですか?一緒に同僚も居たはずなんですが」

「あら、同僚なんて言ったら調査局員だって勘づかれるわよ」


 空真は目を丸くした。


(今の言葉で調査局だと分かるはずがない)


 ならば何故彼女は調査局だと分かるのか。


「どうして俺を知っているんですか?」


(どこかで会ったことがあるのか?)


「いいえ、私とあなたが会うのは初めてだわ」

「!俺の心を・・・・・・」


 彼女は微笑む。


「ここは特別な場所なの。本来なら夢か何かと勘違いして終わってしまうのに、多分あなたは目が覚めてもちゃんと覚えているのでしょうね」


 そう、まるでここは夢の中のようだった。でも夢ではないと、何故か分かった。


「あなた名前は?」

「空真・カーターです」

「カーター・・・・・・」


 彼女は何か心に引っかかったように目を丸くした。


「漢字は何を?」

「青い空の『空』と、真実の『真』です」


 彼女はそれを聞いて嬉しそうに目を細める。


「良い名ね。・・・・・・そう、お父さんが付けてくれたのね」


 空真はまた心を読まれて驚いた。


「ここが特別だから、あなたは心を読むことが出来るんですか?」

「そうよ。あなたはずいぶんと深い所まで迷いこんでしまったようね。只人はこんな深くまで、来るはずはないのに。もしかしたら何かの因果かしらね」


 彼女は少し憂う目をして、空真をじっと見つめた。ふと空真は自分が()()()()()()()()()を思い出した。


「どういう事ですか?それに俺は『神域』に居たはずです」


『神域』とは大昔の初代皇帝の領地で、今では許可無しで立ち入ることが出来ない特殊な場所で、許可無しで踏み入った者は死罪となる。何故か今は調査局の直轄の土地となっており、現局長である白金はわざわざ空真と寒月に許可を出し、この神域を通って次の街へ行けと()()した。


 そして現在空真は何故か寒月とはぐれてしまい、この不思議な場所で立ち往生している。


 彼女は空真の問いには答えず、崖の向こうのなだらかな海を眺めていた。相変わらず太陽は動いていない。それなのに光は揺れ、海は波打ち、風が吹いている。


 不意に頭の中である情景が浮かんだ。それは空真の母親のが料理をしていて、皿に盛り付けている様子。母の料理を空真がテーブルに並べていき、母は偉いねと空真の頭を撫でた。弟が見当たらないので恐らく10歳くらいの時の記憶だった。


「母さん・・・・・・」

「それはあなたの記憶ね」


 彼女は空真に横顔を見せているが、空真の頭の中を見透かしているようだった。


「・・・・・・美しくて優しい方ね」

「ええ」


 母は十人並の容姿だったが、それでも空真は母を美しいと思っていた。母の心が、本当に綺麗だからだ。空真はそれをよく知っている。それに彼女の言葉も単なるお世辞には聞こえなかったので、不快には思わなかった。きっと彼女も母の良心を汲み取ったのだろう。


 別の記憶が蘇った。今より幼い頃の弟、そして父。よく覚えている、家族で海に出かけた時だ。弟は初めての海に喜んでいる。母と弟と空真は水際ではしゃいで、父は浜辺で本を読んでいた。父は海ではしゃぐようなたちではないが、表情は和らいでいた。そうした楽しい記憶が数々駆け巡る。


(そうだ、あの頃は何も考えなくてよくて、本当に幸せ()()())


 そして空真が15歳の時、父の書斎であることを話している記憶が蘇る。何故それが15歳の時だったと分かるのか、その理由は詳細に覚えていた。


 すると空真の心を覗いたのだろう、彼女は海を眺めながら少し苦笑していた。


「ここは本来、自分を見失いそうな人の休息の場。知らぬ間に精神がここへ訪れ、そしてほんの少しだけ安心して帰る。どうやらあなたにもそれが必要だったみたいね」


 彼女は空真に向き直る。


「でも大丈夫よ、あなたの心配しているようなことは何も無いわ」

「その言葉が俺への『休息』ですか?」

「いいえ、事実よ。・・・・・・羨ましいわ。あなたの家族、本当に素敵だもの。だからもうここに来てはいけない」


 最後に空真は彼女に名前を聞いた。すると彼女は、


「知る必要のないことよ。あなたは自分の名前だけ大切にすればいい。そして私のことは永遠に忘れなさい」


 そう言って、世界は濃い霧に包まれる。やがて彼女の声も姿も、何もかも消えて無くなった。






「・・・・・・空真さん、空真さん!」


 呼ばれて空真はハッと目を開ける。そこには自分の顔を覗き込むよく見知った顔があった。


「寒月・・・・・・」


 寒月は明らかにホッとした表情を浮かべる。


 起き上がって空真は愕然とした。そこは何も無い、本当に何も無い丘の上で、空真は眠っていたのだ。


「私達いつからここで眠っていたんですか・・・・・・?」

「・・・・・・さぁ・・・・・・」


 寒月の『私達』という言葉からして、寒月も眠ってしまっていたのだと知る。わざわざこんな所で昼寝をした覚えは無い。


 ふと、さっきの幻を思い出す。ここ神域の丘の向こうには崖も海も無い。時刻も真昼間で、晴天が広がる。霧が立ち込める様子など欠片も無かった。


「寒月、寝てた時何か夢を見たか?」

「いいえ?でも少し肩こりが取れたような気がします」

「肩こり・・・・・・」


 空真は少し笑う。すると寒月は馬鹿にされたのかと思ってムッとする。


「なんですか?」

「いや。多分俺達、長旅続きで疲れていたんだろうな。次の街では少し休もう」

「?そうですね」


 首を捻りながらも、一応頷いてくれる。

 この神域も皇都と同じく、竜が居ない不思議な場所だ。しかし調査局直轄なので、一般人はそれを知り得ず、また特殊な許可無く立ち入りは許されない。だからこの地を桔花と光弥に教えなかった。


「どうして局長はここを通って次の街へ行けと言ったんだろう?」

「近道だからじゃないですか?」

「まあ、そうなんだけど」


 しかしあの白金が、そんな単純な理由で神域の立ち入りを許可するだろうかと思った。


(それにあの女の人は誰なんだ?)


 少し話をしただけだったのに、あの女性は空真の記憶に深く刻まれた。忘れろと言われても忘れられなかった。それは感じたことのない不思議な心地がして、空真はしばらくずっとあの幻の世界を思っていた。



 ***


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