43
局長は皇都に戻ることとなったその日、ある仕事を空真に託して船に乗った。空真と寒月はすぐに支度をして、港から反対方向の市門に向かって、複雑に紆余曲折の道が続く山を登り始める。
「そういえば、最近物騒な奴らに襲われなくなったな」
「あなたを見張っていたのはやはりフロレリアの詐欺集団だったんでしょう。摘発してから夜襲がパタリと無くなった」
「静か過ぎて不自然に感じるよ」
狙っては寒月に捕まり、見張っては寒月に捕まる追っ手の数々。イタチごっこではあったが、放っておいて寝込みを襲割れるわけにもいかなかった。しかし寒月を見ていると、敵に怯むどころかどんどんと好戦的な態度になっていった、というのは空真の考え過ぎだと思いたい。流石に護衛でも怖い。本当に女の子なのかこの子は。
「俺の身元やら捜査情報の漏洩は、結局はあの北斗って少年と懇意にしてた警備隊員だったし」
その警備隊員が北斗に前科者は警備隊に入れないと教えた張本人でもあったが、未来を閉ざされた少年に同情していたのかもしれない。
「まさか警備隊志願者だった少年が詐欺集団に加担していたなんて夢にも思わなかったんでしょう。そういう気の緩みが事件捜査を妨害してしまった」
「俺達も気を付けないとな。ところで道順は大丈夫か?」
「はい。ここからもうすぐです。意外と街から近いみたいですね」
局長から頼まれたのはとある竜の古巣の調査だった。その周辺で数年前、竜の死体が発見された。死因は原因は不明とされていたが、記録ではクロスボウやダガーナイフなどで刺されていたという。致命傷であるのはこれらであると分かってはいたが、そんなことを出来る人間がいるはずがない、というのが当時の見解だった。だから死因は不明と記録されている。
確かにいくら武器を具えたところで到底人間の成しうることではない。竜とは1000年以上人を喰い荒らし、人には殺されない存在であった。異能を持つ竜殺しの一族以外には。
恐らくこれを光弥の仕業と察した局長が、事情をよく知る空真にこの再調査を回したのだ。
ひとまず死体が発見された場所に向かい、現在他に竜が生息していないことを確認する。
ふと空真はある洞窟が気になった。死体が発見された場所からさほど離れていないそこは、何百年も前に竜の住んでいたと言われる古巣である。
空真は寒月と洞窟の前に立った。岩肌が黒く、明かりをつけなければ足元もおぼつかなくなる。2人は慎重に中を進み始める。
「ここからは地下にマグマの流れる危険な地帯です。奥には溶岩が流れ出ている部分もあって、深入りはやめておいた方がよさそうです」
「流石は火竜の元住処だな」
火竜は溶岩の側に好んで生息する。今歩く場所は安全とはいえ、徐々に熱気がこもってきたような気がした。空真はコートの下でシャツが汗ばんでいるのを感じた。
「なあ、炎の目の一族は熱に耐性があって、その副作用で目の色が変わるって言ってたよな」
「そうです」
「もしかしたら桔花はここに居たんじゃないか?」
彼女は極力街に入らない。ならばどこに住んでいたのか。ここは明かりは無いが、大昔の火竜以外の竜が生息していた記録も無い。
「有り得る話ですね。ここには大昔に火竜が住んでいた匂いが残っていて、竜の生息は確認されていませんでした。しかも外で見つかったのは子供の竜の群れだったそうです」
「ゼーレインに来た時に立ち寄った薬屋で、傷薬をよく買う少女の話を聞いたんだ。そしてその頃竜がよく現れたって言ってた」
「光弥さんと出会う前でしょうか」
段々と温度が上がってきた。空真はコートを脱いで、荷物もそこに置いた。
「多分。この前光弥は2年前に出会ったって言ってた。それまでの間、彼女はここで1人何を思ったんだろう」
先を進んでいく空真だが、後ろで寒月が立ち止まる気配がした。
「ここから先は危険です。引き返しましょう」
「いや、もう少しだけ進もう。流石に熱さで死ぬつもりはないけど、少しの間なら大丈夫だ」
「・・・・・・あんまり闇を覗くと引き込まれますよ」
振り返ると寒月はまた、子供が拗ねるような顔をした。その顔には見覚えがあった。暗い海を眺める桔花と話した後。そう、自分には救いを与えてくれないと言っていた時の顔と同じ。
空真は手を差し伸べたが、寒月は手を伸ばしかけて、やめた。だから空真は1人でもう少しだけ進んだ分熱さが増してくる。その理由であるマグマの流れる川が見えた。
「・・・・・・これは!」
空真が驚いたのはマグマの川ではなく、その近くに転がる竜の死骸だった。時間が経っているのが分かる古いもので、中途半端に腐っているが、普通種ではない。それは火竜だった。
空真の声を聞いて駆け付けた寒月も目を丸くした。
「こんな所で死んでいたのか・・・・・・」
「でも、ここには火竜が存在しないはずです」
「だよな。一度戻って記録を全て洗い直そう」
ゼーレインの支部に連絡し、洞窟の中の竜の死体は警備隊が回収した。
「あの火竜はここの管轄の竜じゃない。となると別の地域に行方の消えた火竜の記録があるはずだ」
「私が近くの支部に記録照会しておきます」
「ありがとう。俺は図書資料を調べてみる」
それから空真は調査局支部の図書の資料を調べ漁った。数年前、あの辺りは元々竜が住んでいなかった。なのに突如竜の死体が複数確認されている。恐らく今回見つかった火竜も同じく別地域から来たのだ。
それが判明したのは3日経った後だった。地名を聞いて空真は頬を引きつらせる。
「半径5キロとか言ってられない距離だぞこれ。まあこの辺りの地形的にそんな気もしてたけどな・・・・・・」
火竜の行方不明記録が判明したのは、ここからおよそ30キロも離れた地域。
「東のスメレイか。・・・・・・いやでも備考欄に、失踪数週間前、竜が1人の男に襲われている目撃証言ありってあるな」
「当時はあくまで噂として処理したみたいです。その理屈は分かりますが、こんなおかしな『噂』ならもう少し詳細に調べるべきでしたね」
「もしかしてスメレイの火竜は光弥に襲われて移動しただけか?」
「ならこっちの、子供竜の群れの行方不明記録が役立つかもしれません」
差し出された資料に空真は首を傾げる。
「これは?」
「恐らく洞窟の近くで見つかった竜と、併せて殺されていた子供の竜の群れに一致する記録です。最初は密猟を疑われていたようですが、数が一致したことで『共喰い』として死亡認定されたみたいです」
「まあ、当時ならそれが妥当だろうな。ここから西の都市アーリアルか。それでも距離は20キロもある」
「もしアーリアルからここゼーレインまでの距離で呪いが発動したままなら、フロレリアでは多分大変なことになっていたでしょうね」
確かにフロレリア管内での半径20キロとなると、おびただしい数の竜が集まることとなる。
「しかし今はもうこの距離で竜が集まっては来ない。それにこの死体発見以降、竜はこのゼーレインで集まるどころか生息すらしていない。つまりここで何かあったのか?」
ここで、桔花の呪いに関係する何かが起こった。そう断定出来た。
ふと寒月はあることを思い出した。
「術士に聞いてみてはどうでしょう?彼女が呪いに対してただ手をこまねいていたとは思えません」
『私が不幸の中に留まっても、何も変わらない。・・・・・・少なくとも昔はそれを胸に旅をしていたはずなのに、どうして忘れていたのかしらね』
寒月は確かに桔花からそう聞いていたのだ。
「彼女はきっと苦しみで忘れていただけで、確かに生きる意思があったのでしょうね」
「そうかもしれないな。・・・・・・ここゼーレインと、あと近くの管轄にも足を伸ばして術士を当たってみよう」




