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空真は姿勢を正して平然を装う。しかし自然と心拍数が上がるのを感じる。
(やはりそこか)
たかがイチ局員の偵察に来るはずがないと思っていたが、一番にその話題が出されるとは思わなかった。
空真は言われた通り、ミラルディからフロレリアで起こった事件とその流れを一通りの報告する。白金は一言一句聞き逃さず、話す表情を一瞬も捉え逃さないように空真を観察していた。だからこそ空真も声が震えないようにしたつもりだが、それが一層自分を緊張させたのかもしれない。
特にフロレリアで起こったことを炎の目の一族に触れずに話す時、表情が強ばったのを自覚していた。
話し終えると白金はひとつ頷く。
「確かに今の話は報告書と合致するネ」
「局長、あれから光弥・ウォードから竜を殺した連絡はありましたか?」
「1件あった。ここから東の都市チルトだ。調査局員であるキミの名前を通して支部に連絡があり、そして警備隊が迅速に回収して解決した、と私に報告があったヨ」
「そうですか」
不意に白金の視線は鋭くなる。
「しかし、竜統計調査局はこの問題を看過出来ない。なにせ竜は希少な生き物だ。それは価値が高いというだけでなく、生息数も限られているということにもある。竜殺しの一族であるという特例から今はまだ見過ごしているが、このままだと竜が絶滅してもおかしくない」
「はい」
近年竜の生息数は減少傾向にある。それは人が竜よりも力を持ち、一時期竜を密猟する者が相次いだからだ。それと同時に、竜を弱らせる猛毒の扱いに慣れない不法者が死亡する事件も相次いだが、死んだ数は圧倒的に竜が多い。これを受けて竜は国が管理するようになった。
「特に私が気になっているのは光弥・ウォードの、同行者の方なんだヨ」
空真はドキリと心臓が跳ねた。平静を装いながら、墓穴を掘らないように慎重に尋ねる。
「というと、桔花・マーフィーですか?」
「そうだ。竜殺しに竜が襲いかかるという。それは竜を殺せる存在を竜が嫌悪することで有り得る話かもしれない。でも何故彼は、桔花・マーフィーという『一般人』を連れるのだろうか」
「・・・・・・・・・・・・」
「戦う上で桔花・マーフィーという少女は邪魔にしかならない。もしも2人が恋人なら尚更そうだ、自分と居ると危険な目に逢うのに何故一緒に行動するのだろう?まさか、どんな危機も2人で乗り越えるなどと耳障りのいい綺麗事は言わないだろうネ?」
その試すような言葉に、空真は顎を引き、毅然と答えた。
「それは竜殺しの一族に関係の無い、単なる男女間の問題ではないでしょうか。そのような推測の域を出ない話は俺には出来ません」
「確かにそうだ。しかしキミは一緒に行動したはずだ。なら2人を見てどう思った?感想で構わない」
「・・・・・・確かに桔花・マーフィーは戦闘能力を持たず、光弥・ウォードに守られる立場にありました。しかし光弥・ウォードは、守るからこそ戦えているようにも見えました」
「なるほど。原動力は少女の方にあると」
そこに寒月が小さく手を挙げた。
「局長、私からもよろしいでしょうか」
「許可する」
「正直私にはあの2人の関係性が全く見えませんでした。恋人でも家族でも仲間でもない、なのに一緒に行動する。そして2人は確かに一緒に居なければならない、そんなふうに見えるのです。あれはまるで光と影のような存在でした」
「どちらが光と影、というわけでもなさそうだネ」
「そうです。例えるならどちらも影です。でも関係性を比喩する為に陰陽の話をしました。あの2人は言葉では形容出来ない、異様な関係であることは間違いないと思います」
空真は内心寒月を褒め称えた。グッジョブ寒月。ナイスアシスト。流石は元警備隊首席!
「なるほどネ。まあ竜殺しの一族は滅びたとすら言われていた伝説的存在だ。ある意味私達の思考の範疇には居ない。まだ行動を捕捉出来て、対処出来るだけ良くなったけど───」
白金は空真を見てニヤッと笑う。
「ほらネ、問題がいっぱいだろう?」
「前任者も竜殺しの一族に会ったんですか?」
空真の問いに白金は首を横に振る。
「いいや。でもこの国には様々な問題が潜んでいるんダヨ。地方を見て回ればそれがよく分かる。初代皇帝陛下が複数の国をたった一国にまとめあげ泰平の世を築いた、ように一見そう見える。でもフタをめくれば古き民族の問題や、文化の違い、はたまた皇帝陛下を狙う輩すら存在する」
空真はギョッとした。
「皇帝陛下を!?」
「それはカモしれない、という仮定だ。不敬だと思うだろう?でもキミは国に仕える役人だ。だからこれを話した。誰もが皇帝陛下にかしずき、国の安寧を願っているなんて甘いことを死んでも信じてはならないヨ。勿論役人は国を信じなくてはならない。けれども国に仕えるからこそ周りを疑い、裏と表のどちらも見極めなくてはならないこともある。私の言うことの意味が分かるネ?」
裏と表、という言葉にふと今まで出会った小春や桔花が脳裏をよぎる。自分には理解出来ないような過去、事情、苦悩。それもまたある意味で裏と表であった。
「・・・・・・はい」
空真が返事をすると、白金は愉快そうに笑った。
「フフ、どうやら3ヶ月の間でも色々あったみたいだネ。きっと皇都に居た頃のキミなら『分かりません』と言っていただろうに」
「・・・・・・・・・・・・」
「とにかく、竜殺しの一族については本局でも話し合っている」
「どういうふうに議論は進んでいるのでしょうか」
空真はある結論に達していないかが気になっていた。
「人権は配慮したいところだが、正直これで意見が割れていてネ。竜の生息しない場所に導いてそこで定住して貰おうにも、竜が彼女を捕捉しないという絶対的保証が無いので定住させることが出来ない。そもそも局員以外の人間に竜の生息地についてほんの僅かに話すことすら大罪だ。だから信頼出来るなら、採用試験無しでも多少の無理のある人事でも押し通している」
それは寒月のコンサルタント契約にも言える。確かに寒月には過去の経歴や実力もあるが、歳が若過ぎることや、女であること、更に問題なのは調査局の本試験を通っていない。それでも彼女と契約出来たのは、竜研究者の娘であることと統括部長の縁故採用だからだ。
「そしてもう1つの案は・・・・・・」
「監禁や暗殺、ですか?」
「その通り」
白金は顔色を変えない。空真はその結論に至ることだけは避けて欲しかったと思っていた。
「今のところ竜殺しは1人だけだ。ならいっそどこかに閉じ込めてしまったり、秘密裏に殺した方がこの問題は解決する。でも他にも竜殺しの一族がいた場合には、我々では対処出来ない。そもそも竜統計調査局と言えども、暗殺を許可された特権は無いからね」
空真が気になるのは目の前の人物の判断だった。
「局長はどちらのお考えなんですか」
「決めていないヨ。この件は慎重に吟味しなくてはならない。それに他にもまだこの件には重大な何かがあるように思えてならないんダヨ」
「重大な何か?」
白金は空真の顔をまじまじと見つめる。空真は緊張で冷や汗が一筋頬を流れるのを感じたが、拭うことはしなかった。あくまでも、知らないことを装うことが重要だった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・。ま、今日はここまででいいヨ。きっとキミにも何か考えがあるんだろうし」
「!」
白金があっさりと引き下がり、空真は驚いて声をあげそうになったが、なんとか喉で押し殺した。
「私はあと3日ほどこっちで仕事をするから、何かあったら言いなさい。宿はここの支部部長に伝えておく」
ふと局長は去り際に、空真の顎を指先でついと持ち上げる。
「頑張ってネ、採用試験の時から私はキミに見込みがあると思っていた。だから重々気を付けて調査なさい。キミが居なくなるのはとても惜しい」
「・・・・・・はい」
近いな、と思っていると、白金は空真の耳に息を吹きかけた。
「ひぃっ!」
空真の反応を楽しむようにクスクス笑って去る白金の背中を、空真は怒気を込めて睨みつけた。いつか殺す。上司でも殺す。




