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「とはいえ竜は温厚になったわけではありません。見世物屋の竜は毒で弱らされているんです。だから野生の竜に近付けば間違いなく襲われます。それでも危険を冒してまで野生の竜をこうして調べるのは、竜の生息地を監視しなければならないからです。竜を捕らえるのには調査局の特別な許可が要るし、捕らえ方や扱い方、そして死体の処理までも厳密に定められている。何故だか分かりますか?」
それはさすがに空真も知っていた。
「竜のウロコや内臓は高価で市場や世論を乱すからだろ?」
「そうです。ウロコの光沢は鋼に空が秘められたように美しく、鋭さはあらゆる刃に勝り、内臓は万能薬になる・・・・・・そう言われています。これは迷信なので話はかなり盛られてますけどね」
竜に関する全ての権限は竜統計調査局にのみ与えられている。だからこそ竜の全ての部位には希少性と高い価値がある。それを顕著に表す例が昼間の露天商だ。あれほどまでに高額な物(しかも偽物)を売っているのは、少なくとも売れる見込みがあるということだ。それだけ国民の竜への憧れは根強い。
「でも確か昔は、竜殺しを生業とする一族が居たんだよな」
すると寒月は軽く瞠目した。彼女にしては珍しく、驚いていているのが表情から見て取れた。
「ええ・・・・・・よく勉強されていますね」
その言葉に空真はムッとする。
「一応これでも調査局員なんで」
「すみません、馬鹿にしたんじゃないんです。その一族を知っているのは今では本当に限られていて。なるほど、調査局ではそれも研修内容に含まれているんですね」
「?」
寒月の小さな声に空真は首を傾げる。
「いえなんでもありません。その竜殺しの一族ですが、今では消息不明で、過去の資料もあまり残っていません。まあ今より魔術や呪いのはびこっていた時代ですから、人間が竜を殺す、というのは私達の常識には当てはまらないと言えます」
「ふーん。確かに、今じゃ術士も数えるほどしか居ないしな」
いつからか魔術や呪いというのは本当に一部の人間にしか使えないものとなり、一般人にはあまり関係無いものとなった。
すると寒月は腰を上げた。
「では私は外に居るので、何かあったら呼んで下さいね」
「え」
空真の漏れ出た驚きの声に、寒月は冷たい眼差しを向けてくる。
「まさかこの狭いテントに四六時中あなたと居るわけないでしょう。あなたは男で、私は女ですよ。宿も別々ですからね」
今完全に変態判定されたことに気付いて慌てる。
「それは分かってるよ!そうじゃなくて・・・・・・俺が言いたいのは、その、俺は新人だからもっと竜の生態について教えて欲しいんだ!」
「・・・・・・・・・・・・」
すると何故か黙り込む寒月。
(まただ、これは何の沈黙なんだ?・・・・・・はっ!まさか教えて欲しけりゃ相応の態度を取れってか!くそ、歳下のくせに生意気な)
今頼んだ手前引くことが出来ない。とりあえず頭を下げてみることにした。
「お、教えてくださ───」
しかし途中で寒月はそれを遮って、膝立ちしていた腰を下ろして座り直した。
「すみません、私は勘違いをしていたようです。分かりました。今から座学にしましょう」
テキパキと荷物から資料を取り出す寒月に、空真は首を捻らざるを得なかった。
(勘違いって何の?ほんと、何を考えてるのかよく分からん)
やはりこの子と一緒に仕事をするのは幸先が思いやられる。
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