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焚き火の元へ戻る桔花の背を見ていると、星空の下を歩き、何か言いたげな顔でこちらへ寒月が向かって来ていた。寒月とは支部へ向かい、報告をしたらここで落ち合う予定だった。
「おかえり」
空真は笑むと、寒月はますます不服そうな顔をした。
「酷い人ですね」
「え、何が酷いんだよ」
目をぱちくりさせる空真に、寒月は瞑目した。
「あなたは私や小春さんの神という『救い』を否定したのに、桔花さんには『救い』を与えた。もしもあの話を『かもしれない』なんて言わずに話せば、それは救いではなく『事実』を伝えただけだったのに」
「いや事実として言ったら守秘義務違反だろ。まあこれもギリギリだけど・・・・・・。というか、俺は理念に反して桔花に神を与えたわけではないし、例えそれが救いだとして、それはいけないことなのか?」
「・・・・・・・・・・・・」
黙り込む寒月がどう思っているのかは分からなかった。何故彼女は今そんなことを言うのだろう。
「前に言っただろう、俺は神を信じていないんだ。だから否定した。でもそれは君の救いを奪うわけじゃない。俺は神が救いだとは思ってない。・・・・・・小春さんには神に縋る必要なんてない強さがあった。でも桔花は違う、彼女にはその強さが無い。だからこういう救いを与えた」
「じゃあ、じゃあ私はどうなんです?」
空真は寒月を見て驚いた。いつもの彼女らしからぬ、幼子のような余裕の無さ。
「私の神を否定するということは、私にもその強さがあると思うのですか?」
空真はややあってから静かな声で伝える。
「君に強さがあるのかどうかは、俺にはまだ測りかねている。でも、君に必要なのは救いじゃない気がする」
「・・・・・・どうでしょうね・・・・・・」
この時寒月は決して口にはしなかったが、内心で微かな怒りを覚えていた。
(分かったような口ぶりで、あなたに一体私の何が分かるというんですか)
彼が何故神を信じないのかは分からない。彼にも何か事情があるのだろう。けれども本当は、寒月は強いと思われているから救いを与えられなかったのではないか。
ふと寒月は、自分が弱いと思われてでも空真から救いを与えられたがっていることに驚いた。それはきっと、空真が今まで間違えたり、分からないことが沢山あっても、彼にこそ本当の『強さ』があるからそう思うのだと思った。自分には無い、確かな強さが。
***
桔花は潮風にあたっていたせいで冷えてしまい、光弥が起きてもしばらく寝付けずに焚き火に手をかざしていた。光弥はそのまま桔花に何を言うでもなく、静かに剣を研ぎ始める。そして同じく焚き火にあたる空真と寒月に礼を言ってきた。
「空真、寒月、ありがとう。今夜は静かに過ごせそうだ。この場所を聞いておいてなんだが、どうして俺達に教えてくれるんだ?密猟を疑っているなら少しでも情報は与えない方がいい」
「───俺があなた達を見張っていたのは、果たして竜に正当防衛というものが通じるかどうか。そして内臓を取り出したり密猟が明らかな行為を行わないか。この2点を証明する為だ」
光弥は手を止め、興味深そうに片眉を上げた。意外そうでもあり、どこか空真を試すような目をしている。そして桔花も、包帯を擦りながら耳は澄ましてこちらの話を聞いているようだった。
「それで?」
空真はスっと息を吸う。
「1つ目の正当防衛。もし竜が人間に反応するなら近くの俺達にも襲い掛かってきても不思議じゃない。でも竜の群れは光弥を集中的に襲っていた」
桔花は驚いて、ほんの少し顔を上げた。
「だから俺は、竜殺しである光弥が何らかの理由で竜に狙われ、それに対処した。そして2つ目の密猟。密猟なら殺す役と回収する役が別でも、内臓は速く取り出さなければならない。体内で腐り始めるからだ。でもあなたは死体には手を付けずに立ち去った。俺はその事実を書く」
「それで通せるのか」
空真は苦笑した。
「竜殺しの一族だなんて不確定要素があれば、まあなんとかギリギリいけると思う」
「・・・・・・その話の中に桔花の話が無かったが、どうするんだ」
光弥は自分のことよりも、桔花の処遇を気にしているのだと気付く。
「『炎の目の一族』は調査局では掴んでいない情報だ。研究者から得ていないその情報自体を立証する方が難しい。俺は頭が良くないから、新しい証明はしたくない。というか出来ない。そんなデータや過去の統計も無い。だから光弥のことを中心にまとめる予定だ。まあ同行者が居るとは書くけど」
「ありがとう、空真」
礼を言ったのはやはり光弥だった。心底ホッとしたような笑みを浮かべている。
「別に特別扱いしたわけじゃないよ。誰が相手でも同じ状況ならこうしたと思う。・・・・・・まあ正直、その身なりじゃ密猟しているようにも見えなかったし」
竜を使えばかなり儲けられる。けれども2人からは金目の匂いがしない。質素で必要最低限の暮らしをしてきたことは明らかだ。これも空真がこの報告書を書く決断をした根拠の一つでもある。
そして桔花も空真を向いて深々と頭を下げた。
「ありがとう。私からもお礼を言わせて」
「いいんですよ桔花さん、空真さんは本当に落ちこぼれなだけなんです」
「本当のことだけに否定しづらいんだけど・・・・・・」
寒月と空真のやり取りに桔花は小さく笑う。
「寒月は空真と付き合いは長いの?」
「いえ、出会ってまだ2ヶ月くらいです。空真さんは新入りで最近地方任務を押し付けられたんですよ」
「だから何故君が言う?てか言葉にトゲがあるの気になるんだけど」
「もしかしてあなた達は調査局の本部がある皇都から来たの?」
「そうです」
すると桔花はパッと顔を明るくした。
「よかったら皇都の話を聞かせて。私ずっとどんな街か知りたかったの」
「行ったことないのか?」
桔花はコクリと頷いた。桔花がその理由を言わなかったが、彼女は街に行くと何か起こるかもしれないと思っているのだろう。それに空真も気付いて、それ以上何も聞かずに微かに笑む。
「分かった、俺でよければ色々話すよ」
「本当に?じゃあクロウェスタン城に行ったことある?」
「中に入ったことはないけど、皇都ならどこからでも見られるよ。皇帝陛下の住まいでもあり、国の中枢機関の総本山でもあるからね」
しばらく空真と桔花、そして時々寒月の話は続いた。夜が更けていたので、結局空真と寒月もそこで野宿することとなった。光弥が見張ってくれているとはいえ、竜に襲われるかもしれないと思うと、必ず緊張を一線残して眠ることとなる。だからその日空真はあまり寝付けずに朝を迎えた。これが2人の日常なのだろうと思うと不憫でならなかった。
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