3
───そして現在に至るのだが。寒月は空真と同じ、背中が隠れるほど大きな荷物を軽々と背負って先頭を歩く。地図も行程表もすでに頭の中にあるらしい。
「何してるんです、早く行きますよ。日が暮れるまでに巣を見つけないと」
空真は思わず苦虫を噛み潰す。
「何故か舵を取られてる・・・・・・」
しかも今はまだ山の入口だというのに、すでに体力が消耗し始めている。目的地までの道のりにため息をついた。
(これからこのクソ重い荷物を持ってまだ山登りをしなければならないなんて)
本当つくづく向いていない仕事が回ってきたと、調査局に就職したことを後悔していた。採用されたのは事務職ではなかったのか。こんな肉体労働枠があるなんて聞いてない。
それから1時間もしない内に、やはり空真の体力は限界に近付いてしまう。肩で息をする空真を見かねて寒月は足を止めた。
「大丈夫ですか?少し休みましょう」
そう言って寒月は適当な岩場を見つけ、休憩の準備をしてくれる。準備と言っても荷物から皮革の水筒を取り出して買っておいた軽食を取り出すだけだが、空真にはその体力すらも残っていない。
「どうぞ」
差し出された水筒を受け取り、空真はぬるい水を喉に流し込んだ。
「なんで君は大丈夫なの・・・・・・」
とても16歳女子とは思えない筋力と体力だ。自分の方が2つ上なのに情けなくなる。
「なんの為の案内役だと思っているんですか。竜の生息地調査は父の仕事柄慣れてます」
「そういやお父さんは竜の研究者だっけ?」
「はい。今は引退しましたけど」
「え?」
寒月も水を口に含んでから、チラリと空真を見やった。
「あなたは竜の統計調査は初めてのようですから、山登りも初めてでしょう。何か些細なことでも、身体に異変があったら言って下さい」
彼女はそれ以上自分の父について語らず、板状のチョコレートを咥え、パキッと子気味良い音を立てて折った。
そうして2人が休憩を挟みながら山を登り、日が暮れる1時間前ある場所で渓谷を覗くと、ようやく目的のものを見つけることとなる。
「ありました、あそこが住処ですね」
双眼鏡で向かい側の谷底を見ると、角度によって見えづらいが、岩壁に凹んだ部分がある。そこには爪で強く引っ掻いたような跡や、食べた動物の骨もある。竜の巣だ。
竜が住んでいることは確かだったが、今は空っぽの巣だった。
「随分歩きましたが、この辺りはあの巣は以外無いようですね」
寒月の言葉に空真は頷く。
「ああ。今夜はここに張り込もうか」
「そうですね」
持って来たテントを張る。虫除け塗料の塗った特別性で、広さはあまり無い。空真は外でランプの灯りをつけ、テントの中で地図を広げた。
寒月も中に入って、その地図の印の地点を指差した。そこはさっきの巣の地点だ。
「新しく巣を作ったのはあそこだけみたいですね」
「うん」
今回は新しい竜の群れが住み着いたという情報が入ったので、その地点と群れの数の調査が主な目的だった。
「竜は早朝に狩りに行き、夕方に巣に戻って来ます。今は産卵期ではないので巣は空とみて間違いありません」
「雛とか卵が無いってことだよな?」
「ええ。ですから夕方戻るのを待ちましょう」
今回の調査のスケジューリングはほとんど寒月が行ったものだ。完璧過ぎて空真の立場が無いほどだ。
(さすが、竜の研究者の娘は博識なんだな。俺もあらかた研修は終えてるとはいえ、実践では言っても新人だし)
彼女が調査局と対等に渡り合える知識があるのは分かった。けれどもまだ、彼女が護衛という実感だけは湧かなかった。
「なぁ、竜は人を喰わないんだよな?」
その質問に寒月はややぎこちなく頷く。
「今はそうですね。大昔は人を食い荒らす害獣とされ、人々から恐れられていました。でもある時から徐々に大人しくなり、やがては人の手に収まるようになりました」
「官営の見世物屋で見れるのがそれか」
竜は時代につれ随分と生態が判明したが、今でもその大きさや凶暴さからペットのような扱いになることはない。けれども例外はある。竜が間近で見られる官営の見世物屋だ。あらかじめ毒で弱らされており、檻を破ることはない。安全に間近で希少な竜を観覧出来ると、皇国で人気だ。だから竜は皇国の重要な収入源のひとつとなっている。