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「皮肉にも死んだのはあの父親1人、か」
空真は書類に死傷者の名前を記していた。今回の竜の街への侵入は怪我人複数いたが、死亡者は小春の父親だけ。彼はひどい泥酔状態で、竜の尾に腹部を切りつけられて出血性ショックで亡くなっていた。
「これが業ってやつなのか?」
空真は呟いた。死んで良かったとは口が裂けても言えない、しかしよりによって被害者は虐待していた娘から死を望まれていた。それは彼自身の行いによるもので、恨まれるのは仕方がないことではあるが、まさかその彼がたった1人の死亡者になるとは思わなかった。
「思いはどうであれ、彼女の門出に不安が取り除かれたのは事実です」
「他に肉親が居なくなっても?」
「私は命を選ぶなら、罪の無い彼女を救いたかった」
それは寒月が親友の梨沙を重ねているのだろうと思った。寒月は、小春が梨沙のように死なず、なおかつ父親のしがらみから解放されたことに、少なからずホッとしていた。
空真は自分自身がどう思うにせよそれはきっと、ある意味仕方の無いことなのだと自分を納得させた。
「───で、話は変わるが、結構竜に追われた2人はそのまま逃走したと」
「はい。竜自体は街の外れで瀕死の状態で見つかりました」
ふむ、と空真は考え込んだ。追われていた2人は不思議な雰囲気だった。見た目がどうというわけではない。ただ手を引いて走る男の足が普通の人より速かったことや、焦ってはいるものの慌てふためく様子はなく、どこか竜に慣れているような気がした。あくまで憶測に過ぎないことではあるが。
「でもあんなに元気だった竜が、寒月が追いついた時に頻度だったってことは、その二人が竜を瀕死にさせたってことか?竜が病気だった可能性は?」
「竜の皮膚は明らかに長い刃物のようなもので傷付けられていて、人の所業としか思えません」
「でも相手は竜だぞ?ウロコの硬さもそうだし、あの大きさの竜を瀕死にするなんて、そんなのまるで、竜殺しの一族の話みたいじゃないか」
「竜殺し、今も本当に居るんでしょうか・・・・・・」
今は亡き一族、聞いているだけでも空想のような彼らが今も存在するとしたら。
「まあ、竜殺しの一族に関してはどう議論しても無駄か。そもそも今も実在するとも言いきれない。ひとまず今は、どこに生息してた竜か、竜の後始末、復興の手配、やることはいっぱいある。とにかく今日中にも調査資料をまとめて課長に報告書を送らないと・・・・・・あぁもう、また仕事が増えたァァァ!!」
頭を掻きむしって机に突っ伏した空真に寒月はため息をつく。
「情けない声出さないで下さい。そういえば竜はどうするんですか」
「今はとりあえず檻に入れてるけど、大きさが合ってないし、あの怪我じゃ自然に返せない。・・・・・・官営の見世物屋に引き渡すかな。とりあえずは生きてるし」
すると寒月は首を傾げた。
「竜を眺めて楽しいんですかね?」
「俺は割と子供の頃はワクワクしたけどな。だって間近に竜を見れることなんて、普通の人生なら見世物小屋以外有り得ないし。君はそうじゃなかったのか?」
「私は直接見てた人間なので、檻に入ってる竜に興味は湧きません」
「それは単に贅沢な話なんだよな」
空真は苦笑する。彼女はなんだかんだ恵まれた人生を送っているが自覚が無い節がある。
「じゃあ空真さんは竜を見たくて調査局に入ったんですか?」
「それは否めないけど、単に安定した職に就いてさっさと働きたかったんだよ。竜は後付けだな」
「そうなんですね」
「俺の志望理由知らなかったのか?」
「あの胡散臭い貼り付けたような志望動機なら知ってますよ」
「デスヨネー、もう本当なんなの君」
空真ははたと気が付いた。
(いや、どうして知っているんだ?調査局の人事資料なんてどう足掻いても手に入れられる筋は限られている。まさか彼女のバックには何かとんでもない人物が居るんじゃ───)
冷や汗が背中を伝った。何に対する恐怖だろうか。まるで自分の肝に触れられたような、漠然とした恐怖が襲ってくる。何故彼女はここまで自分について調べている。一体どこまで知っているのか。
(・・・・・・なーんてな!よく考えなくても寒月の叔父は統括部長だったわ!)
空真は詰めていた息を吐き出した。少し変に考え過ぎたらしい。
ふと寒月は資料を読み終えて席を立った。
「では私はこれで」
「え、寒月これからどこに?」
寒月はニッと笑った。
「ここからはあなたが本領発揮しなければならないので、仕事のない私は邪魔にならないように外に出てきますね」
空真は驚いた。一体いつの言葉を根に持っているのか。
「あ、おいズルいぞ!」
「帰りには迎えに来ますから。では!」
「おい、ちょっと、寒月ーー!!」
叫びは虚しく、空真は支部に缶詰めで働かされたのだった。
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