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「まあでもあなたなら逆に私の目付け役になると思ったんでしょうね」
「どこがだよ」
「言ったでしょう、あなたの思考判断は真っ直ぐだって。そこですよ」
一瞬嫌味かどうか悩んだが、寒月は至って真剣らしかった。
「役に立つのかそれ」
「行き過ぎた私のリミッターにはなると思います」
空真はジッと寒月を見つめた。
「・・・・・・君は、賢竜を探す為には世界を回らないといけない。その為に調査局とコンサルタント契約をして、情報を得ようとしたのか」
もしそうなら情報漏洩であり、重大な規約違反だ。しかし寒月は首を横に振る。
「それは違います。だって調査局に情報提供していたのは私の父の方なんですから」
空真は軽く目を見張る。
「確かに有名な研究者とは聞いてたけど、調査局に協力なんて」
寒月の父、昂・エッジワース。空真は新入りなのであまり学者に詳しくないが、調査局に協力するということなそれだけの経験と功績があるということだ。いつ頃辞めたのかは知らないが、もし今でも研究者を続けていたら統括部長の権限無しのコネだったかもしれない(それもどうかと思うが)。
「でも、賢竜がどこ居るなんて全く不明。そんな空想のものを探す私を、あなたは笑いますか?」
寒月の言葉に、空真は首を横に振る。
「別に、君が探すのを隣で笑う必要は無いだろ。でも君がそこまで探そうとするなら、存在するという具体的根拠はあるのか」
「竜殺しの一族を知っていますね」
「ああ、大昔に居た一族だろ」
人では竜を殺せない時代、竜が人を支配していたと言っても過言ではない。しかしそこへ唯一対抗しゆる存在がその一族だった。
「文献によると竜殺しの一族が消えた時期と、賢竜が現れた時期が一致するんです」
「え?」
「竜殺しの一族には凶暴な竜を殺せる特別な能力があった。並大抵ではない優れた身体能力、竜の弱点を知り尽くしたノウハウがあった。でも賢竜が現れてから、竜は人を食わなくなりました。それは誰かが賢竜に願い、賢竜が叶える力を持ち、竜を治めたからです」
「誰かって?どうして賢竜が誰かの願いを叶えたと分かるんだ」
「そうした前例があるから、賢竜は願いを叶えられると言い伝えが残ったんです。やがて竜殺しの一族からは竜を殺す能力も消えていったと言われています」
確かにそうだ。特別な力があっても、実際に誰かの願いを叶えなければそんな言い伝えは残らない。
「じゃあ賢竜は竜殺しの一族の力も消したのか?」
「それは正直分かりません。でも、これはあくまで個人的な考えですがそれは・・・・・・必要が無くなったから、ですかね」
「必要が無くなったからって、そんな理由で消えるのか」
「じゃあどうして魔術や呪いは衰退したと思いますか?」
それは空真が考えたことのない議題だった。魔術は術士でなければ扱えず、日常に無いのが普通で、それを疑問に思ったことはなかったからだ。
「扱うのが難しいから?」
「それもあります。でも時代が流れて文明は進化した。何より竜に食われなくなった。魔術は元々竜への対抗手段として研究されていました。だから必要がなくなったんです」
寒月は苦笑する。
「竜殺しの一族と賢竜になんらかの関係があるのは確かです。でも───今の話は全て空想です。根拠なんてありはしない、目にも見えない、単なる私の考察に過ぎない」
いつもの自信はどこへ行ったのか、寒月の声は弱々しくて、らしくない様子だった。
「この世の何もかもに明確な理由があるわけじゃないんですよ。だってこの世に神という最も不確定要素満載な存在が居るから、世界は一度分断されたんです」
神、という言葉に空真はピクリと反応した。
「俺は学者じゃないから寒月の考察の信憑性がどうとかは分かんないけどさ、神だけは居ないと思うんだよな」
「え?」
寒月は驚いて顔を上げた。
「だって今でもアルファベットと漢字が混在するんだから、昔も色々言語があって、みんなそれぞれ使いやすいものを使い始めたのかもしれないだろ」
「・・・・・・空真さん?」
「ま、これは俺が神を信じてないから、居ないことを証明しようとして考えた適当な考えだけどな」
この日は夜遅いこともあって、その話でお開きになった。後半はある意味存在しないものの話であり、不毛な事柄だ。だからお互い何かの結論を出すことはなかった。
ただ空真は部屋の窓から瞬く夜空の星を眺めていた。




