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小春と別れたその夜、寒月は空真の部屋を訪ねた。彼女が夜に訪ねて来ることは滅多にない。だからそれだけ重大な話であることは分かっていたし、空真も話の内容には検討がついていた。
「不用意に優しくしたから彼女は気を許して本音を漏らしてしまった。そしてあなたはそれを受け入れず、余計に彼女を傷付けることになってしまったんです。反省して下さい」
寒月の表情は薄かった。怒ってはいない、むしろ自分も反省しているかのように見えた。
そして空真も、今回ばかりは何も反論出来なかった。確かに小春を傷付けてしまった。けれども傷付けてしまうことを、寒月は分かっていたのではないか。だから度々忠告してくれていたのではないか。
空真は時々、寒月が自分よりもいくつも歳上のように錯覚する時がある。彼女はどうしてこうも経験豊富なのだろうか。
「あのさ・・・・・・もしかしたら、小春さんの父親がああやって色んな所で酔い潰れているのは、小春さんに探して欲しいからかもしれない。娘が嫁に行くのが寂しいから、とか」
すると寒月は言葉にやや怒気を含ませた。
「分からない人ですね。もしもそうだとしても、寂しいならなんでも許されると思っているんですか。例えば、何故小春さんの化粧があそこまで念入りか分かりませんか?」
「化粧?」
小春は化粧が上手かった。けれどそれを特段不審に感じたことはない。
寒月は自分の頬をトントンと指さした。
「痣を隠すためですよ。殴られた痣をね」
「!なんでそれを」
「女同士だから、化粧の加減を見たらピンときただけです。───自分の名を汚され、結婚を邪魔され、挙句の果てに殴ってくる男を父と呼べだなんて、それは妄言ですよ。あの様子だと今から父親が改心したところで、小春さんの父親への怒りや恨みは消えないでしょうね」
「そんなことって・・・・・・」
空真は言葉が続かない。
「空真さん、私はあなたの真っ直ぐな思考判断は嫌いじゃありません。でもこの世には、あなたの知らない世界とまるで信じられないような人間が居るということも忘れないで下さい。優しくするのは結構、でも最後まで責任の取れない優しさは相手には毒なんですよ」
優しさが毒になるなんて、そんなことがあるとは思いもしなかった。
「じゃあ君はどうして彼女のことが分かったんだ。本当は俺のお節介が無意味だって気付いてたんだろ」
一瞬痛い所を突かれたような顔をして、寒月は目蓋を伏せた。
「・・・・・・私の親友の父親もそうだったんです。私はあの時、彼女の家が複雑な事情をはらんでいることは分かっていたので彼女に優しくしていました。でも彼女の感情が理解出来たわけではなかった。だって私の父はお酒を飲まないし、勤勉な人で、気も小さかったから。だから親友の梨沙は私にこう言いました」
『普通の父親を持った寒月には私の苦しみが理解出来ないわ!』
「そしてそれが梨沙と最後に交わした言葉になった。その日の夜、梨沙は命を断ちました」
「!」
「梨沙は常々、父親に死んで欲しいと言っていた。なのに父親ではなく、彼女が先に死んでしまった。私は梨沙の死を聞いた時すらも、彼女がどうしてそこまで父親を憎んでいたのか分からなかった。でも・・・・・・葬儀の時、周りの大人から聞いたんです。彼女が父親から酷い暴力を受けていたことを」
寒月は息を吸った。梨沙の顔には痣なんてひとつも無い。けれども思い当たる節が無いわけではなかった。
「棺の中で眠る梨沙の袖をまくると、おびただしい数の痣がありました」
寒月は悔しくて唇を噛んだ。自分の愚鈍さに反吐が出る。
「いつも寒がって長袖を着ていたのは、隠していただけなんです。丁度私は警備隊養成学校に入っていて、疲れて自分にも他人にも余裕が無くて、彼女の苦しみに全く気付かなかった。そして梨沙が死んだのは、その日私が彼女に酷いことを言ってしまったせいなんです」
永遠に忘れない、自分の罪の言葉。
『いつもお父さんの悪口言ってるけど、梨沙のお父さんなんだから。産んでくれたお父さんに感謝しないと』
それを聞いた途端に梨沙は泣きだした。
『じゃあ寒月はお父さんじゃなくて、私を否定するの?』
寒月の頭には今も梨沙の死んだ顔が離れずこべりついている。
「なんて馬鹿なことを言ってしまったんだろう。私は梨沙じゃなくて、彼女に暴力を奮っていた父親を肯定してしまった。そして梨沙を救ってあげられなかった」
「・・・・・・でも、それは知らなかったんだから───」
「───仕方ないなんて言えません。仕方ないなんて言葉じゃ、私が梨沙を否定して殺した免罪符にならないんです」
「寒月・・・・・・」
寒月は空真を真っ直ぐに見据えた。彼は優しい。けれども甘い。その甘さは時に人を傷付ける。
「空真さんは前に私に聞きましたね、何故このコンサルタント契約を結んだのか。───私は『賢竜』を探しているんです」




