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ぼくのだぼく

鈍臭いから気がつくと何処かぶつけてる。

軽いだぼくってやつですね。青染みができてる。

ぶつけた時に冷やしたら、後々マシなんですけどね。


夕方公園の鉄棒で逆上がりの練習をしてたら、急にアイツが変な声を出したから、びっくりして落ちちゃった。

落ちた時に左うでの上のところをバンってしちゃって、痛かった。

あとはそれほどでもなかったけど。

そしたらバンってしたところが段々赤くなってきてどんどんじんじん痛くなってきたんだ。

帰ってお母さんに相談した。

「うわー腫れたねー。お医者さんに行こうか」


「だぼくだね」

「ぼくだぼく?」

「打ち身ともいうね。内出血……、中で筋肉が痛んで血が出てるんだよ。すぐ冷やせばよかったんだけどね」

「ふーん。ねえ先生、この怪我変だよ」

「普通の打撲だよ」

「だって、この怪我、こんなにおっきくてふくれてるのに何も言わないもん」

「ああ、打撲は傷口みたいな変化はしないんだ。人体に影響はない。頭にできた場合を除いて、変わらないんだよ」

「そうなんだ。こっちのこいつは時々変な声を出すんだけど」

ぼくは左手のリストバンドをめくってちょっと自慢の傷あとを見せた。

「……これは立派な傷跡だね。これが叫ぶのかい?」

「今までは時々ぶつぶつ言ってるだけだったんだけど、今日はなんか変な声出たよ」

「先生のは小さいんだ。ほら」

そう言って先生は靴下をめくって傷あとを見せてくれた。

「かわいいね」

「かわいい……か。まあ、君のその大きめの口に比べれば大した事ないけどね。僕のはしゃべれない傷口だから」


ぼくが生まれるよりずっと前、えっと50年くらい前から、人間が怪我をすると、時々その部分が元に戻らなくなったんだって。

一番多いのは傷口が口の形になること。

これが時々変な声を出すからめんどうだ。

あとは魚の目?とか鶏眼?とか、タコって言うんだっけ。これは目になったりする。

釘で刺したりした刺し傷が二つある時は鼻とか耳の穴みたいになったりする。

おっきな内臓の怪我をすると人間とは違う形に治ったりして、食べ物の趣味とかも変わっちゃうらしい。

みんな初めは驚いてお医者さんとか偉い人達がたくさん研究したんだけど何も分からなかったんだって。

それに手術で切り取ったり塞いだりした方が体の負担になるし、放っておいても特に害がないんだ。

指が取れたりした時は違う指が生えてくる時もあるし。

だから世界中の人達はもう諦めて、この現象?と付き合っていこうということになりました。

学校でそう先生に教わった。

だから、男の子は切り傷ができて口になったりすると自慢する。普段はバンドとか布で隠してるんだけど。

女の子は嫌がってるみたいで極力怪我をしないように気をつけている。

だから学校の体育の授業は安全第一になったんだって。

打撲ではれた時は、何にも変化しないんだって。世界中の研究結果によると。

でも頭の打撲、つまりタンコブはツノみたいになる。

タンコブのことは知ってた。

隣の席のちひろちゃんが何時もヘアバンドしてるのは、おでこのツノを隠しているからだ。

あれ可愛いのにな。また見せてもらおう。


ぼくの打撲は夕ご飯の頃には痛くなくなった。

気分が良くて、いつもよりたくさん食べちゃった。

お風呂に入る時服を脱ぐと、打撲が膨らんでいた。紫色に。

打撲したところは最初赤くはれるけど、時間が経つと青くなるよ、と先生は言ってた。

それだな。

そう思ってお風呂に入って湯船に浸かると、あーという声が出た。

左手首の傷口から。

今までそんな声が出た事なかったからびっくりして、ぼくもわぁって声が出た。

「そう慌てるな」

うわあー。傷口が、口が言葉を喋ってる。

今まで訳の分からないことをぶつぶつ言ってるだけだったのに。

「これが日本人特有の風呂、というものか。なかなか気持ちの良いものだな」

「お前、喋れるの?」

「我、だからな」

「われ? 割れ傷なら喋れるの?」

「いや違う。喋っているのはお前の手首の傷だが、我……つまり俺様はお前の左腕にいる」

ぼくは左腕の打撲を見た。また大きくなって、それにピクピクしてる。

「世界中の傷口達に少しずつ詠唱させていた大規模魔法がやっと完成したのだ。

これでようやく、我も顕現できる」

「けんげんって何」

「まあ、じっとしていろ」

左手の傷「口」のはしが、にひっと、上を向いた。

よく見ると、鉄棒の練習でできた掌のタコが目になって……開いていた。

瞳は真っ赤に輝いて、ぼくを見つめてた。

「さて」

左腕の打撲がビクビクと脈打って肩の方に上がってきた。

「止めろ!」

ぼくは叫ぼうとしたけど小さな声しか出ない。

打撲は首筋から耳の後ろを通ってぼくのおでこまで動いてきた。

「分かった。ツノだな、ツノになるなら許してやる。でもならないならカッコ悪いからにぎりつぶすぞ」

ぼくは右手で打撲を掴んで脅した。

「そうか。それは怖いな。ではそうされる前に消えるとしよう」

「えっ? 消えちゃうの?」

「お前の中にな」

右手がつかんでいた打撲がすっとなくなっちゃった。

あれ? ぼくのだぼく


「ふむ。人間の子供というのは華奢で脆弱だな。しかし、この脳はなかなか出来がいい。使えそうだ。

さて、我一人顕現したところで流石にこの星の征服もできまいて。

まずは風呂上がりにこやつの家族に魔力を注入し眷属化して……。

明日は隣の席のちひろとかいう娘を我の最初の女とするか。

世界中の傷口達の魔法詠唱を強める必要もあるな。めんどうだ」


だが、時間はある。我が我がものとした肉体であれば、こやつらの築いてきた歴史、五千年程度は、我は死なぬ。

やっと魔の国を再びこの星で築き上げることができる。

こういう気分の時、人間は何と言っても喜ぶのだったか。

そういえば、あのむず痒いヘブライ人どもはこう言っていたな。


「ハレルヤ!」

イボが鶏眼で魚の目、タコが胼胝ベンチか……。

全部一緒だと思ってたわ。

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