玖ツ:点
「なっちゃん、居る? 」
放課後、ボクは『司』になりきって棗の部屋に行くと、
「おー、つーじゃん、ご飯もう出来たの? 」
制服をだらしなく着崩してベッドでくつろぐ棗が居た。
「なっちゃん、制服ぐらい脱ぎなよ」
「えーめんどーい」
「ったく…………」
しょうがないのでベッド諸共なっちゃんを消毒する。
「げっほげほっ、つーは相変わらずキッついんだからっ、」
「なっちゃんは不潔って相場が決まってるから」
「どこの相場だよっ」
ぎゃーすか騒ぐ棗を一旦ほっといて、机の横に投げっぱなしのカバンを開けてごそごそと漁る。
「つー、どしたの? 」
「いや、教室の机に入れといたノートがどっか行っちゃったからさ、棗が持ってるんじゃないかと思って」
がさごそ、ごそごそ。……うげっ、誰かの手作りクッキーが底で粉になってるし。
「んー? つーのノートなんて知らないよ? 教科書とか机から出さないし」
「あっそ、なら勘違いなのかな。また明日探してみるよ」
そう言いつつカバンを閉じようとすれば、見慣れた色の背表紙のノートが目に止まって、
「なっちゃん? これはなにかな? ん? 」
ベッドに寝転ぶ棗の上で、ボクのノートをひらひらと振ってみせる。
「お、ノート見つかったんだ、よかったじゃん」
かちん。頭にきました。
「ぎゃー!? いててやめっ、つーやめてっ!?」
問答無用で棗目掛けてアルコールをスプレーしまくる。
「棗さん、このノートお気に入りだったんですよ? どうしてくれるんですかね? 」
「げほっ、やめっ、つーやめろっ、」
「やめませんよ? こんなクッキーの粉末だらけにしてくれちゃって。後で新しいやつに中身を書き写すんで手伝ってくださいね? いや、手伝ってくれますね? 手伝いなよ? 」
「わ、わーかった、わかったからっ、スプレーやめっ!? 」
全くこのなっちゃんは…………
「はぁ、もう、いいですよ…………っと、それよりも本題を忘れる所でした」
テーブルに消毒液のボトルを置くと、
「棗、また私の顔でクラスメイト口説いたでしょ? 」
「あっは、バレた? 」
「バレるよ、だってクラスに戻った途端熱い視線を送ってくる子が何人居たか…………」
立花さんとか初瀬さんとか、あとは塩瀬さんは若干引いてらしたし…………このまま行くと、ボクは2組きっての女たらしという名声を得てしまうのも時間の問題のようで、
「棗、これ以上ぼくのクラスメイト口説いたらごはん作ってあげないからね?」
「いいもーん、そしたら別の子のとこに上がりこむから」
「よし、なら明日からご飯抜きね」
「えっそれはちょっと」
棗が本気で慌てて身を乗りだすと、
「…………冗談。私が本当に棗のこと見捨てると思う? 」
「…………相変わらず司の方が芝居うまいや」
肩をすくめる棗。
「いや、それは違うよ。芝居は棗の方が上手いし、それに」
ーーボクは棗と違って、書いた台本通りにしか動けないから。
その先の言葉は棗の前だと言えない。だってそれは、棗のことを深く傷つけるから。
「……ああそうそう、あとはすり合わせをしたくて来たんだった」
「すり合わせ? また1組でなんか起きたの? 」
「それとは違うんだけどね。話しかけられたんだけど、初めて接する子だったからちょっとテンパった」
「ふぅん、つーにしては珍しいじゃん」
ニヤニヤと眺めてくる棗。でも指先は少し震えてて、面白がってるようで実は私のことを心配してるのが分かる。
ーーーごめんね、なっちゃん。君を困らせるのはいつもボクで。
「で、誰よ?」
「天塩さんなんだけど」
「あーはいはい木染ちゃんね。別に普通の子だよ、適当にいじっときゃ大丈夫だから」
「適当にって…………そんなんだからなっちゃんは台本読まないって言われるんだよ? 」
「失礼だなぁ、台本はあくまで手本であって見本じゃないんだよ? そこからどう膨らますかが演者の腕だよ」
「膨らますってねぇ…………」
棗は膨らますどころかパンクさせて別の話を作ろうとするんだもん…………
「多少のアドリブは歓迎だけどね、なっちゃんみたいなことされまくると僕ら脚本が胃痛で死ぬんだからね? 」
「はいはい、わかりましたよっと」
相変わらずの適当返事。ほんとに分かってんのかな棗。
「ほらほら、つー。早いとこご飯作ってよ、お腹空いた」
「はいはい」
この時はまだ、天塩さんのことはただ台本に1滴インクを落としたぐらいにしか考えてなかった。