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捌ツ:切欠

「天塩 木染、150センチぐらい、眼鏡、バレー部、努力タイプ、」

僕ー恐らく個体名は『司』とするものーは、なっちゃんがバスルームに消えたのを確かめると、棗の書いたノートを読み返していた。

「……で、演じ方は【ちょっと明るめな娘】ですか」

棗は天塩さんにあんまり興味を持たなかったようで、書いてある内容は素っ気ない。むしろ、その隣に書いてある上級生のーー「済」という字がやけに力を込めて書いてあるーー方が情報が多い、いや多すぎるぐらいだ。

(なっちゃんも案外読み取りが甘いね。同じクラスにこんな面白いのが居るってのに)

同じ顔、同じ血を分け与えて産まれたのに、揃ったのは人から見られる人形の部分だけ。棗と「司」の中身はかくもこうして正反対に近い台本を宛てがわれて生かされている。だからなのか、ボクの興味は棗の無関心になり、なっちゃんの女好きは司を人嫌いにする。

「にしても、もうちょっとこう、情報をつけてくれればいいのに」

「つーに言われたくないね」

いつの間に上がったのか、棗がシャワー室から丸裸のまんま出てくる。

「なっちゃん、次の舞台は裸族で出演決めたんだ? 」

「よく分かったね、つーも共同出演だよ」

「んなわけないだろ」

すかさず消毒液を構えると、

「おー怖い怖い」

とホールドアップ。いい加減呆れてため息をつくと、

「司さん、私のカラダに見とれてるのですね? 」

「なっちゃんの中途半端に他の女の匂いがする身体は要らないから」

「ひどいこと言うなー、つーだって全く同じカラダなのに」

言われればそれもそうだ。そこに立っているのは棗であり、司の身体なんだから。同じ材から寸分違わず掘り出された2体の人形(ドール)は、最後の彩色を1つ間違えただけ。しかしそれ故に聡い観客(てしおこぞめ)に指差しで見つけられてしまったのは、なかなかの皮肉と言うべきでしょうか。

「それよりつー、僕お腹空いた」

「なっちゃんが服着たらごはんにするからもうちょっと待って」

棗ノートを置いて棗のキッチンへと立つと、これまでの事を思い返しつつボクは調理に取り掛かった。



「なっちゃん、今日は『どっち』? 」

教室への曲がり角のところで、いつものように棗と打ち合わせをする。

「今日は2組。だって今日理数ばっかだもん」

「なっちゃんほんと理数嫌いだよね」

そんなに数字ダメだったっけか、と小首を傾げつつ、ボクの中で『棗』への切り替えを起動する。

「つーは1組でいい? 」

「『司』が2組に居るんでしょ、なら『棗』は1組に居るのが自然の理だよ」

ひらひらと手を振ると、意識は完全に『棗』になる。

「それじゃまたねぇ、『司さん』」

『司』を2組に押し込むと、ボクも1組の扉を開けて1歩踏み出す。……さて、今日1日『司』が不用意にクラスメイトを口説いてなければいいのだけれど。

「おっと、」

「おっと、わははは! これは失礼!!」

ふむ、これは「塩瀬 日色」だったか。えっと、日色さんへの棗パターンは、

「っと、おはようヒーロー。ははっ、びっくりしたなぁ!」

何度か再生したそのセリフで適当にあしらうと、するりと教室の中に滑り込む。ーー棗は日色さんのことが『見えない』って言ってたけど、『棗』として見れば必要とされなくなることをただただ恐れる忠犬のように見えて、それで尚『司』が読み解くのにも余る不思議な人。無理のラベルで分類をかけようにもどうにも付けづらく、どこかぼく達に似たその面持ちに背筋が自然と伸びるのがこの人だった。

(ま、苦手なのはもう1人居るんだけど)

今は…………居ないか。それなら一旦『司』を出せるかな。

棗の席を見つけると、カバンを置いて席に座り、『棗』を一旦置いて息を整える。やれやれ、棗になるのも大変ですね。

「あ、おはよ、棗ちゃん」

一息ついたところに、後ろからかけられた声に内心慌てて棗の仮面を被ると、

「おはよう、木染ちゃん」

サッと頭の中で1組の名簿を開いて即答する。……ふむ、この子についてのデータは『棗』にあんまり残ってないな。

「おはよ棗ちゃ…………棗ちゃん? 」

「え、なになに? 」

不思議そうに眺める木染さんに小首を傾げると、

「…………うん、気のせいだよね。棗ちゃん」

「え、どうしたのいきなり」

な、なんですかね…………?

「いや、私の気のせいだから気にしないで」

「えー、気になるじゃんなにさー」

棗になって聞くと、

「んーと、うまく言えないんだけど……なんだか、棗ちゃんじゃない棗ちゃんが居るみたい? 」

「もーっ、なにそれ」

棗の顔でケタケタと笑い返すと、その下の司で焦りを浮かべる。

(棗じゃない棗が見えた、ってことでしょうか)

言い換えれば、ボクが棗になり切れてないってことで。

(棗の把握が足りなかった? いやそんな……まさか……)

「……棗ちゃん? 」

「……ああ、いや、なんだい? 」

「入口のところで司ちゃんが呼んでるよ」

「え? 」

そう言われて顔を上げると、確かに入口のところで『司』が呼んでいて、

「ああ、分かったよ、ちょっと行ってくる」

と教室を出て『棗』 と落ち合うと、

「つー、やっぱ2組行って」

「…………どういうことですか棗さん」

「今日つーの日直じゃんめんどくさい」

「なっちゃん……」

はぁと頭を抱えると、

「丁度いいです、ボクも2組に帰りたかったので」

「交渉成立っ」

言うが早いかさっさと1組に引っ込む棗。

……やれやれ、なっちゃんはいつも気まぐれなんだから。

それにしても…………ボク達の台本に「あの子」(天塩さん)はまだ難しい、か。元から私は即興でどうにかするより、予め台本を立ててから演じる方が手馴れてる。これだって(なっちゃん自体は知らないとはいえ)棗の書いたノートを台本に『棗』を組み立てて時々1組に紛れこんでいるわけだし、なっちゃんの方は自分の台本を元に即興で暴れる方が向いている、とボクは見る。それ故に棗さんは奔放に他の女の子を引っかけられるし、私は台本通りに人と間を開けて眺めるのが得意になった。でもその台本を、天塩さんは上から覗き込んで来そうな予感がして。

……これは、警戒しておきましょうか。

僕は組み立てたばかりの司の台本を破り取って、新しいルートを立て始めた。

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