陸ツ:答ヱ合ワセ
その後も、先生たちのお小言をくぐり抜けてやっとのことで放課後までたどり着く。
(だ、大丈夫かな……この格好)
ここに来る前に、自分の部屋でひと通り身だしなみを整えてきたけども、普段から司ちゃんはそういうことにうるさいし、ましてや今日の司ちゃんはーーなんだか、いつもと違ったから。いつもならお目こぼししてもらってたような事だって、今はダメかもしれない。だから、気合を入れて整えてきたんだけど……
……うん、会う前から気にしてたってしょうがないや、ここは当たって砕けろだ。
軽くノックをして、中からの返答を待つ。
「……どなたですか」
不機嫌な声には明るい声で返す。
「木染です。お呼ばれしてきました」
「…………入ってください」
抑揚の消えた声に誘われ入ると、
「消毒しますよ」
と、いきなり制服にアルコールをスプレーされる。
「ちょ、司ちゃんっ!? 私も消毒液持ってるから!? 」
「え、あぁ、これは失礼しました」
司ちゃんがボトルを下ろすと、私はポケットから消毒液のスプレーを取り出して両手にかけて刷り込む。
「っと、靴下もやった方がいい? 」
「そうですね、今までは別にいいかなとは思いましたが、してくれると言うならば僕は嬉しいです」
「わかった、じゃあちょっと待ってて」
と、運動靴を両足脱いで靴の上に立つと、片足ずつスプレーしていくんだけど、これがまた難しくて、
「よっ、とと、ほっ、」
片足立ちだとこれがまたバランスを取りづらくて、
「って、司ちゃん、面白がってないで助けてよっ」
「ほう、具体的にはどうして欲しいですか? 」
「だから、肩貸し」
「それ本気で言ってます? 」
言い切る前に断られた……
「ほらそこに靴箱があるでしょう、それを」
「あっ」
あっ、バランスがっ、とれないっ、
「えっ」
ずでーん!!
「イテテ……うぅん、転んじゃった……あれ、司ちゃん? 」
そこに立ってたのに…………あれ? しかも、転んだのに痛くない?
「……………」
恐る恐る顔を下に向けると、私が司ちゃんを床へと組み伏せてるみたいな格好で、
「うわっ!? 司ちゃん」
「それはこちらのセリフです!!」
スクッと身体を起こすと、パンパンと服の埃をはらい落としたかと思えば、消毒液をこれでもかと身体中にまぶしていく。
「つ、司ちゃん……? 」
「……事故とはいえ人に身体を触られるとは全くもって不愉快です」
ぶすっとした顔でスプレーをプシュプシュする司ちゃんはなんだか恐ろしい。
「その、ごめん…………人に触られるの嫌なんだよね? 」
「当たり前です、人はみなバイ菌ですから」
「それはちょっと……」
司ちゃん、怖い。そんなにかけなくても……
「あなたにもです」
あ、私にも?
「今回は大目に見ますけど、次やったら問答無用で縁切りますからね」
その後、これでもかと念入りに消毒液をぶっかけられた私だった。
「先程は失礼しました」
「あっはい」
ひと通りやって気が済んだのか、私は司ちゃんに促されていつものテーブルにつく。
「あと、昨日の件ですが」
ちらりと上目遣いにのぞき込む司ちゃん。
「わ、私は誰にも話してないよ!? 」
「ええ、それは信じます。それに、取り乱して部屋の外に追い出してしまったのもやりすぎたかなと少し反省しまして」
「そ、そうなんだ…………」
確かにあの時の司ちゃん、怖かったもん。
「あれは私も迂闊でした。よく確かめもせず棗さんだと思って招き入れてしまい」
「あぁいやっ、私も名乗らなかったのが悪かったんだし、」
「いえいえそんな」
と、譲り合いを少ししてから司ちゃんが本題を切り出す。
「実は手袋のことなんですが、この下はこないだ見ての通り、手の洗いすぎでひび割れていてあまりお見せしたくない、というのが本当のところでして、それをお伝えしたいなと思いお招きしました」
「そうなんだ、分かった」
初めて見た時にはちょっぴり驚いたけど。
「私、ひび割れに効く薬持ってるからあげよっか? 」
「いえ結構です。どうせまた手を洗いたくなってしまうでしょうし、それに」
「? 」
「これは、『呪い』だと思ってますから」
「のろい? 」
はて、また分からないことが出てきたぞ?
「そう、呪いです。 くふ、天塩さんには分かりますかね? 」
「うー…………」
頭をガシガシやりたいところだけど、それをやったら問答無用でつまみ出されそうだから自重する。
「分かんないよ、司ちゃん達のこと、殆ど」
両手を上げてホールドアップ、じゃなかった、ギブアップ。
「『殆ど 』ですか、なら少しはボクたちのことを見通せたと」
「ほんの少しだけど…………」
と、思いついたことを話し始める。
「司ちゃんも棗ちゃんも、今見えてるのは全部誰かの願いなんじゃないかなって」
「……はい? 」
きょとんとする司ちゃん。あれ、大ハズレかな?
「いや、朝ね? 棗ちゃんが言ってたの。『天塩ちゃんにはそう見えてるんだ』って。それで考えたんだけど、もしかしたら司ちゃんも棗ちゃんも、誰かの『こうなりたい』って願いを写されてるんじゃないかなって。ほら、こう考えたら棗ちゃんのウワサが」
「不正解です」
むすっと不機嫌になった司ちゃんに遮られる。
「えー……」
「それに棗さんも棗さんです、なんでまたあんなストレートを」
「え、なんの事? 」
「…………なんでもありませんよ。それよりも失望していいですか? ……全く、何か見抜いてくれるかと思ったのに今でも私達の区別すらつかないようでは、期待外れもいいとこです」
「え? 一応見分け方知ってるよ」
「触れようとするアレでしょう? あんなの見分け方とは言いません」
「違うよ、目元の泣きぼくろだよね。棗ちゃんは右、司ちゃんは左……合ってる? 」
「ほう」
呆れ顔から一転して真面目な顔になる。
「失望は一旦取り消します。しかしまた何故黙ってたんです? 」
「だって2人ともマスクしてて目元よく見えない時もあるし、それに…………2人のことだから、入れ替わる時は元の方をメイクで隠して後から左右逆に書くぐらいのことはやって来るだろうなぁと思って」
「ふむ……」
何かを考え込む司ちゃん。
「その手に気づかなかったのは、僕達もまだまだ未熟ですね。今度棗にも伝えときます」
「えー、やめてよ、そしたらもう見分けつかないじゃん」
「更に努力することですね、期待してますよ」
「むぅ…………」
やっぱり司ちゃんのことは、よくわかんない。