肆ツ:とあるサボりの独白
次の日、やっぱり私は昨日のもやもやを引きずったまんまで、
(練習…………どうしよっかな)
とりあえずカバンを持って体育館の前までは来た、けども。
(……帰ろ。どうせ私は必要とされてないんだから)
扉を開けようと出しかけた手を引っ込めて、ポケットに突っこんで握りしめる。
先輩達に負けて、同い年のつぐみちゃんにも負けて、もう負けられるものが無くなって、存在意義も無くなっちゃいそう。
(やっぱり、無理だったんだよ。私が、バレーを続けるなんて)
この学園に入学して、部活動見学の為にあちこち歩き回って、最後にたどり着いた体育館の外で、ボールの叩きつけられる音にふらふらと引き寄せられて、あれよあれよという間に、一度は投げ捨てた柔いボールを抱きしめてて。
そこに、私の『意思』はあったのかな。
思い出してみても、私はずっと流されっぱなし。バレーを始めたのだって、最初はクラスの中でちょっと背が高い方だったから。その頃はみんなも私と同じぐらいだったから、ばしばしアタックするのが楽しかったし、ネットにだって手が届いた。だけど。周りのみんなが変身ステッキを置いて香り付きリップに持ち替えた頃には、私はクラスの中でもちびっこの仲間入り。そのうち、前ならえで上げてた両手が体操服の腰をつかむようになって。好きだったバレーはいつの間にかみんなのおじゃま虫。それでも意地を張って中学生になってからもバレー部の門を叩いたけど。…………その後のことは、言わなくても誰だってわかる。練習は原則参加だったけど、足を運ばなくなった私に顧問の先生は何も言わず部活動の名前入りTシャツを渡してくれた。部活のみんなも、練習来ないの? と形だけの言葉を置いていった。でもそれは、持って帰ったその日のうちにお部屋のゴミ箱に詰め込んで、毎回同じことを呟いて慰めた。
私がバレーを捨てたんじゃない、バレーに私が捨てられたんだ、って。
(さて、と。部活投げ出してきちゃったけど、これから何しようかな? )
部屋に帰るにはまだ早すぎるし、かといってトレーニングばっかりの生活をしてきた私にはこの辺のお店はよく分かんない。
…………司ちゃんのお部屋、行こうかな。あそこだって居心地は良いとは言えないけど、このまま部活に行くよりかはずっとマシ。
トントントンと1段ずつ階段を登ると、階を確かめてから廊下に移る。桜花もそうだけど、パッと見だと同じ扉と同じ部屋が続いててどこが何番で誰の部屋か分かんない。夜になっちゃうとなおさらで、噂によるとおトイレの帰りに戻る部屋を間違えて入ってしまって、部屋の主に色んなものを投げつけられてほうほうの体で逃げ帰った人も居るらしい。だからこそ部屋のドアにネームプレートや特徴的な飾りを付けてたりするけど、私の目指すところはそういうものは一切ない。申し訳程度に「泉見 司」と書かれた札がぶら下がってるだけで、
「あれ? 」
名前が「泉見 棗」に変わってる。お部屋間違えたのかな…………いや、このお部屋で合ってるよね。とりあえずノックすると、
「入って」
と声がする。棗ちゃんか司ちゃんかは分からないけど聞きなれた声。
「お邪魔します」
と一声かけてドアを開けると、
「なっちゃん、ちゃんと入口で消毒して埃落としてよね」
と、流し台で何かを洗っている司ちゃんが居て。いつもしてる手袋も、洗い物だからか外してテーブルの上に置いてある。
「ねぇ聞いてるの、なっちゃーーー」
苛立ちを含んで司ちゃんが顔を上げて、私のことを見たかと思えばこっちに駆け寄ってきて、って、えぇっ!?
「見たな、いや、見ましたね? ボクの、この手」
「つ、つか、さ、」
襟を掴まれてドアに体を押し付けられる。
「油断しましたよ、今はあなたは部活で練習してると思ってたのでつい棗かと思い許可してしまいました、迂闊でしたね」
「つ、つかさ、ちゃんっ、」
ギリリと締め上げられる首元の苦しさと、司ちゃんの手からにじみ出た血が私のワイシャツをマーブルに染めていくのが私を混乱させる。
「とにかく今日はお帰りください、将棋の相手はしません、あとこの手のことは他言無用、いいですね? 」
コクコクと頷くと、司ちゃんはやっと襟首を離してくれて、
「他言無用です、いいですね? もし漏れたら私の集めたあなたの秘密を公開します。例えば一昨日のランチのいんげん豆を嫌いだと言ってこっそりゴミに」
「わ、分かった分かった、バラさないからっ!!」
ど、どこで見てたんだろ、怖い…………
「いいですね、絶対ですよ」
「わ、分かったよぉっ!!」
ほうほうの体で逃げだすと、一目散に自分の部屋まで逃げ帰った。
…………その夜は、怖くて古丹ちゃんにおトイレまでついてきてもらった。