参ツ:お風呂場
「ふぃ〜、食った食った」
「もー、コーちゃんお行儀悪いんだから」
お腹をぽんぽこ叩いてアピールする古丹ちゃんをたしなめる。
「そーゆーこーちゃんはまた付け合せの人参とピーマン食べなかったよね」
「ぎくっ」
あはは、バレてた……?
「そんなんだからちびっこのまんまなんだぞー? 」
「ち、チビなのはピーマンと関係ないからっ」
「そうでもないよー? あたしは基本何でも食べるからこんな背伸びたんだよ? 」
「うっ、そ、それは……」
分かってる、分かってるんだけど……
「に、苦いのはヤダ」
「お子ちゃまか」
てしっと上からツッコミが入る。わ、私だって努力はしてるんだよ、だけど……お口に入ると全力で「食べるなー」って警告がきて、やっぱり食べれない。
「で、どうする? もうお風呂いく? 」
「うーん、今の時間混んでそうだけど……いっか、いこ」
「ほわぁ……」
タオルだけ持って大浴場への扉を開けると、むんわりした熱気とざわめきに包まれた。
「うーわ、こりゃ混んでるね。こーちゃん、一緒に並んで身体洗えるとこ無さそうだし、バラバラに探そっか」
「うん」
えーっと、空いたとこは…………あ、あった。
ちょこんと座ってまずは身体からシャワーを浴びていく。1日の疲れが全部洗い流されるこの瞬間が1番好き。
それにしても…………と自分の手足を眺めて、隣に座る人のそれと見比べてため息をつく。まだまだ細っこいし、身長だって全然足りてない。ブロックしようと思ってジャンプしても、ネットの先から指がちょこんとはみ出すぐらいで全然壁にならないし、打ったサーブもへにょへにょですぐ返されちゃうし、大会だとメンバーに入れてもらえない。あーあ、私ももっとおっきくなれたらなぁ…………。
身体を洗い終わって髪を濡らして、シャンプーを泡立てる。特にこだわりはないけれど、この香りはなんだか落ち着くから好き。さてと、シャワーは、
「……あれ? 」
手探りで探すけれどシャワーヘッドが手につかない。短い腕をぴーんと伸ばして探すけど見つからなくて、
「お、シャワーかい? 」
見かねたのか隣から声がかけられる。無言でうなづくと上からお湯が降ってきて、泡を全部洗い流していく。
「はい、一丁上がり」
その声に顔を上げて、顔に張り付いた髪を雫ごとかき上げると、
「あ、日色ちゃん」
「わははは、これは天塩さんだったのか」
メガネがないからぼやけてるけど、この元気な笑い方は十中八九クラスメイトのヒーロー、じゃなかった、日色ちゃんだ。
「日色ちゃんもお風呂? 」
「うむ、しかし今日はやけに混んでいるのだな」
「そうだねぇ、なにかこの後にあるのかな? 」
「うーん、僕には見当もつかないな」
日色ちゃんが腕を組んで考えようとしたところを、その隣に座ってた子が腕をくいくいと引っ張って止める。
「ねぇ塩瀬さん、ボクの方は? 」
「おっと、わははは! これは失礼したな、宵闇さ」
「鈴香」
不機嫌そうに言葉が遮られて、
「おっとと、ごめんよ、鈴香」
日色ちゃんはもうひとりの子の方を相手にし始める。いいなぁ、あの2人。仲良さそうで。
私も、司ちゃんとあれぐらい仲良く話せたらーー
なんとなくもやもやしたものを抱えながらお風呂まで歩いていくと、
「あーっ、木染ちゃーん」
ん? この声は。
「つぐみちゃん? 」
同じ部活のつぐみちゃんが、お風呂の中で手を振っていた。
「あら、天塩ちゃんも来たのね」
「おーっ、ちびっこその2」
「ちびっ」
白峰先輩と、安栗先輩も。
「もーっ、木染ちゃんと一緒にちびっこその1その2ってまとめないでくださいよーっ」
「悪りぃ悪りぃ、入部しに来た時から似てて区別できなくてよー」
「文化はほんとにサラッと失礼なこと言うわね」
このやりとりもいつも通り。
「そういえば白峰先輩、所属先決まったとのことで、おめでとうございます」
「あらありがとう。とはいえ私の実力じゃまだまだ控えだと思うから練習あるのみね」
そう語る先輩は、引退した今も練習に出てきては私たちに強烈なスパイクを浴びせてくる。それをまともに受け止められる人は部内でもほんとに数人しかいないし、いまだに先輩より強いスパイクが撃てる人も出てきてない。
「ほら、木染ちゃんも早くお湯入っちゃいなよ」
「う、うん」
失礼します、とお湯に足をつけて、つぐみちゃんの横に座る。はぁ、あったかい。
「ほほう? 」
な、なんだか安栗先輩が興味津々な目でこっちを見てくるんだけど……
「つぐみ、こぞめ、ちょっと立ってみろ」
「へ?」
「はい? 」
言われた通りに2人で並んで立つと、
「ふむふむなるほど」
穴が空くほどじっと眺められて、思わず胸とか足の間とかを手で覆い隠す。隣のつぐみちゃんは「?」という感じでなにも隠してない。
「な、なんですか、一体……」
「うん、分かった」
え、何を?
「胸はつぐみの方がでかいな!!」
「ひゃぁっ!? 」
慌ててしゃがんでお湯の中に自分の身体を隠す。こ、この先輩はほんと、えっちなことばっかり…………
「いい加減にしなさいエロ文化」
ごすっという音がして安栗先輩が湯船に沈む。
「全く…………あ、つぐみちゃんも座っていいわよ、私にも分かったから」
「え、えぇ…………? 」
つぐみちゃんもなんだか戸惑ってて、私はと言えば膝を抱えてぶくぶくしてる。
「初瀬ちゃんのほうが足に筋肉付いてるわね」
「ほんとですか!? 」
お湯を飛ばしてつぐみちゃんが立ち上がる。
「けほ、けほっ」
「あっ、ごめん木染ちゃん」
お、お湯が目にっ、
「大丈夫、天塩ちゃん? 」
「だ、大丈夫、ですっ」
そっか、つぐみちゃんの方が身体できてるんだ……やっぱりなんでも食べなきゃダメなのかなぁ。
「あ、勘違いしないで、天塩ちゃんにもちゃんと筋肉ついてるわ。ただ、初瀬ちゃんはリベロとしての出場機会が多いでしょ? 瞬時に判断して走り回るには瞬発力が必要だし、重いボールを受け止めて打ち返すには足腰の強さも必要になるから身についたってことよ。天塩ちゃんもランニングはよくやってるけど、今度から反復横跳びとかもメニューに取り入れてみたら? 」
「…………はい」
悔しい。つぐみちゃんにまた勝てなかった。
私は隅っこでボールを拭いたり体力作りが多いのに、つぐみちゃんは控えとはいえ試合にも出してもらえる。身長も体重もおんなじぐらい、スタートラインも一緒で、私の方が練習してるのに。
「へへっ、わたしは白峰先輩のスパイクを受け止める為に練習してますから」
「あら、なら明日は手加減なしで撃とうかしら」
「そ、それはやめてくださいっ」
なんて会話が後ろで流れるのをよそに、私は自分の身体のことを呪っていた。
司ちゃん、やっぱり神様なんて居ないんだね。