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弐拾陸:戻シテ。

「――そう、それでこんなに冷え切っちゃったのね」

「ええ、はい――無茶だよとは言ったんですが――」

 天塩さんを担ぎこんだ先は保健室。こんな状態で人ごみの教室に返すわけにもいかないし――それに一人じゃ立てないのにどうやって返せばいいんだろう――

「とりあえずこの子はこっちで預かるから、あなたは教室に戻っていいわよ」

 メモを取り終わった保険医の先生がそう突き放してきて、ちらりと天塩さんの様子を伺うと……ぼーっと虚空を眺めるだけで無表情。

「天塩さん、私はもう行きますからね?」

 そう呼んでみても表情は変わらないし身動きも感じられない。さっきの縋りつく眼差しさえ感じられなくて、ちょっと心配になる。

「――やっぱし私、ここに残ります」

 背を向けた保険医さんにそう告げると、

「えぇ……でもあなただって授業が」

「構いません。――一人で置いておけないし、今から戻ったところで皆の迷惑になるし」

「そう、なら構わないけど――今からちょっと部屋を離れるから、くれぐれも変なことしないようにね?」

「へ、へんなことって!?」

「えっちとか」

「しないですよっ!?」

 いきなり何を言い出すんだこの人はっ!?

「ちょうどそこに布団があるしカーテンで目隠しもできるからけっこう穴場なのよここ」

「いきなり何を言い出すんですかあなたはっ!?」

「それじゃぁごゆっくり~」

「何を!?」

 ……おかしいな、天塩さんを担いだ時の疲労よりも今の精神的な疲労の方が大きいぞ……?

 とはいえ、この暖かな部屋に私と天塩さん二人きり。さてどうしたものか。

「天塩さん、もう落ち着きましたか?」

 真正面に立ってしゃがみ込み目線を合わせる。……うん、さっきよりは幾分マシかな。でも返事がない。

「おーい? 聞こえてますかね……?」

 目の前で手のひらをひらひらさせてみるけど反応が鈍い。――やりすぎたという自覚はあれど、ここまでとは――

「――今更ごめんなさいと謝っても、どうにもならないですよね」

 少しかさついた手のひらを、白くひび割れた手のひらで包み込む。幾分温もりも戻ってきてはいるけど、彼女の心は戻ってこない。

「――天塩さん、あなたは本当に面白い人でした。私の借り物の心ですら揺らして見せる洞察力と、とうに置いてきたはずの無邪気さと、折れない向上心と」

 少し硬くなった手のひらは彼女の向上心の現れで。ずっと見せないように隠してきた私の指と並べてみても、その違いは明らかで。

「でも、そんなあなたはもう居ない」

 ボクがさっき、壊してしまった幸せ。突き動かされるままに追い詰めて、あわよくば歪んだその顔を眺めて『ボク』を満たそうとして。何かをめちゃくちゃにしたくて。本物の『司』になりたくて。気づいたときはもう『遅かった』。

「――もっと、出来るならもっと早く、あなたに会ってみたかった」

 仮面を外してそうつぶやくと、

「大好きでしたよ、木染」

 ぴくり、と耳が動く。それと同時に頬にも朱が混ざり始めたかと思えば口元も緩んで――ん?口元?

「天塩さん」

 動かない。

「木染さん?」

 ちょっと動いた。

「――木染」

 手を握り返された。

「――天塩さぁん?あなたもしかして、とっくのとうに正気に戻ってたりしません?」

 目線を逸らされた。

「こ――天塩さん」

 一瞬動きかけて急停止。これは確信犯。

「――さて、私は授業行きますかね」

 くるりと背を向けて保健室を出ようとすると、案の定袖口を掴んで引き戻される。

「――天塩さぁん?」

「――やだ」

「いや、それだけ動けるならもう大丈夫で」

「――やだ。木染って呼んでくれなきゃ」

 ――もしかして、めんどくさい地雷を踏み抜いてしまいましたかね???

まだ続くよ。

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