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弐拾伍:光

出来ることなら今回は、今回も、通過してほしい

……さて、

「大丈夫ですか、天塩さん」

 未だに足元で蹲る彼女に対し、心配するふりをしてしゃがみ込む。

「ひぅっ」

 喉をかすめる息の音と共に後ずさり。あら、私は今そんなに怖い顔してましたかね。

「そんなに怖がらないでくださいよ、別にとって食べたりはしませんので」

 手を貸そうと伸ばしてみれば、その分だけ遠ざかっていく小さな影。それが面白くてもう少し伸ばしてみると、怯えた顔して離れていって。

 ――アァ、面白イナァ。

 頭の中でニヤリと笑う小さな影。いい、もっと、その先へ。向こうの壁へと追い詰めれば逃げられないし、それに気づいた時の諦めと、「ほぉら捕まえた」と手に触れた時の絶望とが合わさったら彼女は一体、どんな顔をしてくれるのか、はたまたどうなるんだろうか。気を失うのか、狂ってしまうのか、はたまた端なく粗相で裾を汚すのか、それとも……

 ――ネェ、モット見セテヨォ。

 さらにさらにと追い込むその手が空を切って地を叩く。もう、そんなに逃げないでよ、汚れちゃうじゃないですか。

 サァ、モット近クニ――

 再び手を振りかざしたその時、心をちくりと何かが突いて邪魔をする。

 ――ナンダヨォ、今イイトコロナノニ。

 気を取り直して、もっと先へと手を伸ばそうとする衝動を、別の何かが抑え込む。

 (ナンダヨ)

 (何がそんなに面白いの?)

 不意に頭の中で声がする。

 (ねぇ、なんで面白いの?)

 ――うっさいなぁ、そんなの決まって

 ――あれ、なんでだろう。

 ボクはその理由を見つけることができなくてふと立ち止まる。――なんで?なんで彼女を虐めることが「楽シク」て「面白イ」の?

 困惑するボクを置き去りに頭の中から返事が来る。

 ――ソンナノ、決マッテルジャナイカァ。※※※カラダヨォ。

 妙に鼻につく声が疑問を屈服させにかかる。

 ――でもそれ、本当に楽しいのかなぁ。

 負けじと言い返すその声は柔らかくて、どこか懐かしくて。

 ――楽シイヨォ、ダッテサァ、

 ――怖いことや痛いことされたら、こっちだってやりたくなるじゃん?

 急にクリアになったその声は、ずっと隣で聞いてきたはずのそれで。

 ――あぁ、そうか。これは君の所為か。

 すぅっ、と急激に覚めていく頭が、段々と視界もクリアにしていく。司に戻った私が見たのは、壁際で小動物のように震える天塩さんの姿で。

 ――私が、彼女を、こうしてしまった。

 その事実を無理やり自分の中に落とし込むと、私は立ち上がって天塩さんのところへ歩いていきかけて、思い直してまたしゃがむ。――立ち上がったら覆い被さるみたいになって、もっと怖がらせちゃいますからね。

 膝や手袋が汚れるのも厭わず、そのままそろそろと彼女へと近づいていく。一歩近づくごとに大きくなる彼女の肩の震えに罪悪感を覚えながらも、そろりそろりと近づくのを止めない。

「天塩さん」

「やだっ……来ないで」

 か細いその声に身体を貫かれる。自分の犯した罪の重さがのしかかってくるけれど、無理に身体を動かして彼女の下へとたどり着く。そして手を伸ばして――宙で止める。それでも意を決して肩へと手を置くと、彼女の震えが私にも伝わってくる。

「………ごめんなさい」

 少しだけ震えが収まって、彼女が顔を上げる。

「勿論、これで許されるはずないけども……これしか言葉が見つからなくて……」

「つか、さ、ちゃん……?」

 ――あぁ、そんなに目を泳がせて、出方を伺うような顔をして――

「もう、何もしません。安心してください」

 そう言って見せても、さっきの態度を見た後では全然説得力無いのは自分でも分かってるけども……そうすることしかできなくて。

 肩の震えは止まったけれど、手の先は震えてる。なら――と両方の手で片手を包んでみても、ひんやりとした天塩さんの手はまだ震えてて。もっと温めるにはどうしたら――

 ――こんなもの。

 手袋を乱雑に引き抜いて、素手になって彼女の両手を包み込む。

「吸って、吐いて、そう、ゆっくり」

 そうは言っても全く変わる様子のない天塩さんに、つい思いが先走る。

「こぞめっ」

 びくっと体全体が震える。

「落ち着いて、息をゆっくり吸って、……そう、ゆっくり。もう、何もしませんから…落ち着いて、そう、落ち着いて」

 すると、荒かった息が段々と落ち着いて、震えていた手も少しづつ温まっていく。――もう、大丈夫かな。

「落ち着きましたか?」

 コクリと頷いてみせる天塩さん。もう、大丈夫かな。

「よかった」

 ホッと胸をなでおろす。

「身体が冷えてしまったでしょう、待っててください、今温かいものを――」

 振り返って自販機を探しに行こうとすると、袖口をぎゅっと掴まれる。

「やだ……司ちゃん、置いてかないで」

 再びずきりと痛む胸。自分のしでかしたことの重大さと、変えてしまった心と、未来が、のしかかってくるようで。

「……わかりました、一緒に行きましょう」

 再びしゃがみ込んで手を差し伸べると、今度こそ二人で立ち上がる。

 ふらつく足を支えるように、そっと一歩ずつ、一歩ずつ。

 遠くから予鈴の音が微かに聞こえた気がしたけども、今はそれどころじゃなかった。


次話で決着をつけたいです

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