弐拾参:本質
午前の授業の終わりを告げる鐘を号砲にして、でも気づかれないように急いで教室を抜け出す。少しして隣の教室から人が吐き出されて、ともすれば人波に埋もれてしまいそうなその影を高い目線から見つけ出す。
「遅いですよ、天塩さん」
「司ちゃんが早いだけだよぉ」
なんて頬を膨らませたのを眺めるのもそこそこに、背を押すようにして教室の前から移動する。ここに居ると棗に見つかるリスクが高いですからね。
「それで司ちゃん、これからどうするの? 」
「そうですね、まずは」
(くぅ〜)
「ん? 」
不思議そうな顔で立ち止まる天塩さんと、視線が上げられない私。…………なにも今ここで鳴らなくたっていいじゃないですか!?
「まずはごはんにしよっか、司ちゃん」
「…………お願いします」
……やはり朝ごはんは抜くものでは無いですね、勉強になりましたよ、ええ。
人混みのコンビニを抜けて、元来た道を歩いていく。……ふぅ、予想よりも買い込んでしまいましたか。
「ごめんね司ちゃん……立て替えてもらっちゃって」
「構いませんよ」
あろう事か、天塩さんはカウンターに品物を置く段階になってやっと財布を忘れたことに気がついて。困ったような視線に負けて私の分も一緒に精算してコンビニを出た。
「お、お小遣い入ったらちゃんと返すから……」
「利子は年5分なのでキッチリ頼みますよ」
「えぇっ!? 」
「あと遅れたら追加で年3%です」
「う、うぅ、遅れないようにする…………」
あんまりにも深刻に考えはじめるのが見ていて面白くて、ついからかってしまって。
「ふふっ、冗談ですよ。返すのは何時でもいいですし、利子も要りません。何なら踏み倒してくれても」
「ちゃ、ちゃんと払うよっ!?」
更に狼狽える天塩さんを眺めて口元が緩む。こういう反応、好きですね。
「むぅ………………司ちゃんのそういうとこ、嫌い」
「えっ」
間髪入れずに声を上げると、
「…………うそだよ」
「…………危うく本気にしかけましたよ」
ムッとするのが半分、ホッとするのも半分で混ざりあってよく分かんない感情が出来上がる。
「ついていい嘘と悪い嘘がありますからね? 」
「じゃあ今の嘘は?」
「当然後者です」
「いつも司ちゃん達がついてる方は?」
「そ、それは…………」
どっち、なんだろう…………
「…………わかりません、物心ついた時からこんな感じだったような……」
「……司ちゃん達って一体どんな育ち方を……」
「それはノーコメントで…………」
というか、自分自身なんでこうなったのか全くもって分かんないんですよねぇ……
うーん……分からん。
そんな私を見かねたのか、小走りに4、5歩先まで行った天塩さんが振り向いて、
「ねぇ、私が見てる司ちゃんはホンモノ? ニセモノ? 」
「え? 」
「……いや、ずっと思ったんだけど。私に見せてる司ちゃんって、どこまでがホンモノの司ちゃんなのかな、って」
「どこまで…………どこまで、でしょうね……」
初めて突きつけられたその問い。確かに今から見れば、 『司』として塗り固めすぎて、いつしかそれが本物だと自分でも錯覚してて。中心にいる『個体名:イズミツカサ』は一体どんな娘だっのかなんて、誰も覚えてない。
「…………忘れちゃいました、私がどんな人間だったのか」
「そっか」
それだけ呟くと、また元のように歩き出して、でも立ち止まって、
「わたしはホンモノの司ちゃんのこと、いつか見てみたいな」
「……ええ、いつかお見せできるよう頑張ります」
なんて返して、僕も歩き出すと足元でパキリと何かを踏み潰す音がして。足を退けてみると、素焼鉢の欠片のようで。
はて、何故こんな所に?
「司ちゃん、来ないの? 」
いつの間にか遠くにいた天塩さんに「今行きますよ」と返して、小走りに駆けていく。
抱えていたもやつきは、この風の中に置いてきた。




