弐拾:互フ
流して、流して、流して。
洗って、洗って、洗って。
擦って、削れて、赤くなって、それでも気にせず擦り続ける。触れられた感触を削ぎ落とすように、受け止めた感触も押し流すように。出しっぱなしのシャワーで曇る視界に映るつま先と、その手前に覗くなだからな膨らみ。その膨らみが狂おしく厭わしくて。
(ここ、触れられたん、だ…………)
試すように手のひらを当ててみれば、微かに押し返してくる弾力と彼女の指先が重なって、慌てて腕ごと想像を振り払う。だけれども、消そうと、忘れようと、削ぎ落とそうと藻掻くこの身体がむしろ、先程の『触れ合い』を記憶に留めさせる証拠となって、動けば動く程に司を搦めて溺れさせる。苦しくなって、怖くなって、逃げたくなって、逃げたくなくて。書いたことの無い感情がぐるぐると身体を駆け巡る。
…………全然、冷めないや。
出しっぱなしのシャワーを止めると、濡れねずみの視界が晴れてようやくクリアになる。それと同時に、久しぶりに見る自分の身体の白さに驚いた。
…………全然変わり映えしないこの身を褒めるのは好事家達だけ、と厭わしく思って触れなかったけども、こうして見つめるのは初めてなんじゃないかって気がして。こんなに、こんなにも、変わって無いようで、変わってるんだってことを思い知らされる。
でも…………変わることはそれほど怖くなくなった気がする。まだ直接は無理だけど、手袋や制服越しなら、誰かに触れて、感じて、つながるのがそれほど怖くなくなった気がして、…………それで、呆れ半分チャレンジ半分で手を貸してみたら……あんな結果になって…………怖くなって思わず突き飛ばしたけど、もしあのまま受け入れていたら……どうなっていたんだろう。
……わからない、わからないんだ……自分が、なにを望んでいるのか。
「おーい、つー………ってうわっ、なんだこりゃ!?」
嫌と言うほど聞きなれたその声に首を回すと、これまた嫌と思うほどに見慣れてしまったその顔がのぞき込んでいて、
「……なんですか、人がシャワー浴びてるとこに無断で入ってくるなんて失礼ですよ」
「これが『浴びる』かぁ……?」
靴下をすぽっと脱ぎ捨ててバスルームにずかずか踏み込んでくる棗にムッとしつつ、
「なんですか、入ってこないでくださいよ」
「そう言うなよ~、昔は一緒に風呂入ってただろ?」
「ええ、思い出すだけで悍ましい」
「待てやおい」
大袈裟に身震いして見せれば、棗が肩を竦める。
「それにしても……へぇ、つーもだいぶ大人っぽい体になったじゃん」
上から下まで値踏みするような視線を向けられてぞっとする。と同時に、最大級の嫌悪感をもって棗と相対する。
「なっちゃん、その視線……やめてって言ってるよね?棗まで『大人たち』の側に行っちゃうの?」
「つーも言うようになったじゃん。『私』はただ妹の成長に目を細めてるだけだよ?」
「成長なんてっ」
吐き捨てた言葉を棗が拾い上げる。
「あぁ、つーは成長すんの嫌いだもんね。あいつらの仲間になっちゃうから」
ケタケタと笑う棗になお一層の嫌悪感を持ってぶつける言葉は、
「棗だってそう、いや、そうだったでしょ。汚らわしいって言ってたのに、それなのになっちゃんまであんな」
「司」
一瞬で距離を詰められ、喉元を押さえこまれて壁に背をつける。ひゅうというかすれ声だけがボクの反抗で、
「なーに自分だけいい子ぶろうとしちゃってんのさ。『大人になりたくない』?『汚らわしい』? そんなのこっちだって分かってんだよ」
「な、なつ、め」
「つーには分かんないだろうね、誰と寝ても、どんなに肌を重ねても、分かんないことがあるの」
「そ、そんなの、わかりたく」
「それに」
空いた棗の片手が視界から消える。そして、
「ひぅ⁉」
下腹部、足と足の間、裂け目に沿って棗の指が撫であげて、何かが足先まで走り抜ける。
「こんなふさふささせて、触れば感じて、それでいて『大人は嫌だ』だぁ? 笑わすなよ」
「な、なっちゃ」
「それに、」
その指をつつつと滑らせて次は胸元、二つの丘の間へと進む。
「胸まで膨らませて、それでいて子供のまんま居ようなんて甘いんじゃないのぉ? ねぇ司さんよ」
つんつんと胸板を突いてくるその感覚がさっきまでの記憶を侵食して塗り替えていくようで、
「嫌っ」
棗のことを突き飛ばして、バスルームの扉の向こうへと逃げ込もうとして腕をつかまれる。
「つーぅー、どこ行くのさぁ」
「ひぃっ」
辛うじて足の力は抜けずに済んだけども、今までにない恐怖心を棗に対し感じていて、
「なんで逃げるの?なんでボクとおんなじことができないの?なんで私のこと嫌うの?ねぇなんで?」
「なっちゃん、なっちゃん、き、聞こえてる?ほら深呼吸して」
なんとか落ち着かせようと声をかけてはみるけれど、
「誤魔化さないでよ、ねぇなんで『司』は『棗』を拒むの?」
「だ、だって、棗は……ボクの存在を、上書きしちゃうから……」
弾かれたように私から離れる棗。そして2,3歩後ずさると、
「棗は……司の、邪魔か…?」
「そ、そんなことはないけど、でも」
「……そっか、分かったよ」
そう言うと、少し寂しそうに背を向けてバスルームを出ていく。そして戸を閉める前に一言だけ、
「……司だって棗だって、もとは同じモノだったのにな」
とだけつぶやいて、そっと扉を閉じた。
そして、あとに残されたボクはと言えば、既に冷めた水たまりの中で一人ぽつんと、棗の去っていった扉の向こうをぼうっと眺めることしかできなかった。




