拾余捌:戻リテ打ツ
「はい、王手です」
「うぅ……」
頭を抱えて天塩さんが突っ伏す。
「ダメだぁ……司ちゃんが倒せないよぉ」
「これで今週は15連勝ですね」
駒を最初の配置に戻しつつ、こっそり横目で天塩さんのことを眺める。
(最初の時よりも確実に成長してますね、これはうれしい誤算です)
当初の予定ではもうちょっと歩みは遅いと予想してましたが、どうしてなかなか、吸収力がすごくて楽しませてくれます。
「さて、次はボクは駒を落とさずにやってみましょうか」
「お、お手柔らかに…」
ふふふ、大丈夫ですよ。ちゃぁんと手を抜いて、周りの守りを一枚一枚薄皮剥いで、天塩さんを丸裸にしてから王手をかけてあげますから、ふふふ。
「つ、司ちゃん…?目が怖いよ??」
「おっと、これは失礼」
さて、始めますか。
「はい、王手」
意外とあっさり行けましたね。
「天塩さん、攻め手が単調すぎませんか?例えばここのこの手……天塩さん? 」
「……ぐぅ」
……へぇ、『ぐぅの音も出ない』ってよく言いますけど、人って完敗するとほんとに「ぐぅ」って言うんですね……初めて知りました。
「な、なんで勝てないんだろ……」
「始めた時期とか、考え方、あとは戦略や大局観なんかもあると言われてますね」
「……それ、私不利すぎない?」
「あら、今頃気づいたのですか?」
最初から私はフェアに勝負するつもりはありませんでしたよ、ふふふ。
「あーもーやっぱりだめだよぉ、どうやったって司ちゃんには勝てないよこれ」
両手を投げ出して床にごろんと寝ころび、天井を眺める天塩さん。
「寝ころぶのは構いませんが、絨毯汚さないでくださいね?」
「汚さないよっ」
今度は跳ね起きる天塩さん。ほんとに忙しない人です。
「寝たり立ったり忙しいですね、どっちかにしててください。埃が舞います」
「そうは言っても…司ちゃんの部屋ほんとにきれいだし、埃なんてないんじゃないの?」
「そう思うでしょう?それでもどこからか埃が舞い込むんですよ。あと、ボクの髪の毛が落ちるのだけは防げませんし、意外と綺麗でないところもあるんですよ」
「そうかなぁ」
と、天塩さんがあたりを見渡す。
「家具も布団もきれいに整ってるし、服だってちゃんとハンガーにかかってるし、お菓子のごみも落ちてないし、ほんとにきれいだと思うよ?」
「いや家具と布団以外は当たり前じゃないですか」
一体どんなごみごみした部屋に暮らしてるんですか天塩さんは。
「私なんか朝寝坊したとき、パジャマをベッドに投げ込んで慌てて飛び出しちゃうなぁ。ほんとに急いでるときは床に脱ぎっぱなしにしたり」
うわぁ……棗とおんなじだ。そっと後ずさり。
「な、なんで下がるの……?」
「ありえないです、なんでパジャマを汚い床なんかに」
「わ、わたしだって毎日そうしてるわけじゃないよっ!?」
「不潔です、身体ごと洗ってきてください」
「ひどくない?」
はぁ、もう……これだからズボラな人は。
「と、いうか司ちゃんは寝坊しないの?慌ててるときは服脱ぎっぱなしにしないの?」
「しません。というか、ボクが棗より遅くまで寝てるとお思いですか?」
「あ、それもそっか」
大変なんですからね、棗を起こすの。
「いいなぁ、司ちゃんは早起きできて」
「……好きで習慣付けたわけじゃないですよ、早起き」
怪しいことや、恐ろしいこと、汚いことは、みぃんな夜の暗いとこで行われること。だからボクは夜が怖くて、嫌で、逃げたくて、仕方なくて。なっちゃんが居なければ、ボクはずぅっと怖がりのまんまだった。真夜中のトイレだって、なっちゃんに手を引かれて恐る恐る二人で歩いて、物音にいちいち怯えてたボクを「大丈夫」って慰めてくれて。朝日が昇って部屋が明るくなるまでずっとそばに居てくれた。けど今は……棗のほうが、夜を怖がるかのように誰かを誘い込むようになって、ボクは一人が好きになった。
「……司ちゃん?」
「……ん、ああ、これは失礼。つい考え事を」
「大丈夫?なんだか顔色悪いけど」
「大丈夫ですよ、さぁもう一戦しましょう」
「ええっ、まだやるの……?」
「こんなのでボクが満足すると思いますか?さぁさぁ」
「なんというか……司ちゃん、いじめっ子っぽい……」
ふふふ、天塩さんを責めるのはほんとにやめられませんね。




