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拾余̪伍:繋ゲル・断チ切ル

ふぅ……やっと木立を抜けましたかね……

 何度も道に迷いながら、やっとのことで見慣れた場所へと戻ってくる。それにしても……塩瀬さん、無意識にこんな深い森の奥まで迷いこむってどんな方向音痴してるんですかね。

 それにしても……『被写体にできないようなひどい顔』ですか。いったい今のボクはどんな顔をしてるんですかね。

 それを確かめるには、鏡が必要。さて、この辺で鏡のあるような場所は……寮に戻るのも億劫ですし、……あそこなんかいいですね。

 僕はそのまま向きを変え、ひときわ目立つ建物へと歩みを進める。そこは、私もよく、というより毎週毎週授業のために通っている体育館で、ちょうど今頃は室内体育系の部活動に使われていて活気があるはず。僕のような役者には縁遠い場所で、背景設定にしようものなら監督のキューは絶対下りなそう。

 さて、トイレをお借りして……っと、ボクは外靴のままでしたね。仕方がない、ここまで来て引き返すのもあれですが、大人しく自分の部屋に戻るとしましょう。

 踵を返して立ち去ろうとすると、

「っと、」

「うわっ」

 小さな影が飛び込んできて、すんでのところで躱す。

「危ないですね、だれで……て」

 少しムッとしつつ小さな影をにらみ返せば、

「ちょ、ごめんなさいっ、、、って、あれ?泉見ちゃん?」

「て、てしお、さん?」

 な、なんであなたがここに………いえ、確かバレー部ですし体育館に居てもおかしくはないですが………

「あれ?なんでここに居るの?部活は?」

「え、えと、その」

 あれ、言葉が出てこない……

「と言うよりも……司ちゃんと棗ちゃん、どっち?」

「司ですっ!」

 あれ、すんなり言えた。でも言葉がとがってしまう。

「そ、そっか、司ちゃんか……そっかぁ」

 あれ、なんだか納得された?

「……天塩さんのほうこそ、こんなところで何を?全体で練習しているのではないのですか?」

「あー、うん、それがねぇ……」

 なんだか話しづらそうにする天塩さん。触れてはいけないこと、なんでしょうか。

「バレー部さ、もうそろそろ大会なんだ。予選でもけっこういいとこまで行ってね」

「それはおめでとうございます」

「ううん、おめでたいんだけど……」

「?」

「その中にね、私は居なかったの」

「居ない?どういうことです?」

「うん……入れなかったの、ベンチに。それどころか試合を見るのも、スタンドで応援団の中に混ざってしかできなかったの。他の一年生の子たちの中には、間近で見せてもらえてる子だっているのに、私はただの応援団のすみっこ。それでね、やっぱり私はみんなのお荷物なんだなって」

「天塩さん……」

 うつむいて言葉を絞り出す天塩さん。……正直、バレーのことなんて何も知らないボクですら、彼女の体格ではレギュラーなんて夢のまた夢だろうなってわかる。でも。

「諦めちゃったのですか、それで」

 ひとつ、確かめてみる。その答え如何ではーー

「ううん、まだ諦めてないよ。だから私はここに居る、ここに立ってるの」

 ざわり、と風が向こうから吹いてきて、天塩さんとぼくを押し包む。

「まだチャンスはあるもん、だから上級生に頼み込んで一人で別の基礎メニューさせてもらってるんだっ。体幹を鍛えて、瞬発力を上げて、すばやく落下点に入って打ち上げる。そうすればほかの人が決めてくれて、私は必要とされて……ふふっ、今から楽しみだなぁ」

 ぼくの背筋がぞわりとする。………あぁ、この子は、天塩さんは、まだ何も疑っていないんだ。もうチャンスはないことも、別メニューの許可は厄介払いだということも、実は自分が必要とされていないことも……

「……天塩さんは、」

「ん?」

「その、疑わないのですか?……周りの人を」

「うーんとねぇ」

少しの間考えこむと、次にはさらりと答えを返す。

「疑ったってしょうがないかな、それよりも自分ができる努力をするだけだよ」

 聞いた瞬間、頭のてっぺんからつま先まで電流が走り抜ける。………なんでだ、なんでこの子はここまで人を疑わないで居られるんだ……わからない、ボクにはわからないんだ……

「……司ちゃん?」

「はいっ!?」

 思わず声が裏返る。

「どうしたの、そんなに考え込んで……それに、なんだか顔色も悪いし……今朝の体調不良が長引いてるの?」

「いえ、そんなことは……」

 参りましたね、観察眼は僕のほうが上手だとばかり思っていましたが……ふむ、観察能力……それならば、

「天塩さん、いきなりですが、あなたの目指す理想の選手像はどんなものですか?」

「え、えと、……とにかく人の役に立つ選手、かな?」

「それじゃただの便利屋じゃないですか」

「うぅ……そ、それなら素早く動けて何でもできて」

「世間はそれを便利屋というのです」

「あうっ」

 やれやれ、これではこちらから話を切り出さねばならんではないですか。こういうのは向こうから落ちてきてくれるのが一番面白いというのに。

「な、ならさ……相手の弱点を見つけてサポートする選手がいいっ」

 ……あら、向こうから来ましたか。

「ほう、それはどんな向きで?」

「え、えっと、……思ったんだけど、身長だとみんなに勝てないし、強いボールが来たら飛ばされちゃうけど、その……動き回るのなら誰にも負けないし、それで走り回って相手の弱点が見つけられたらなって」

 ……辛うじて及第点、といったところでしょうか。

「いいと思います。でも、ただ見るだけじゃわからないこともあると思います。そこで、」

 演技のかったしぐさでとどめにかかる。

「ボクの部屋に来ませんか?戦略を、大局観を、教えて差し上げます」

 ふふ、キマりました。

「……へ? せんりゃく?たい、きょくかん??」

 軽くずっこける。……なんというか、さっきかけた芝居がアホらしくなってきましたよ……

「いいですか?戦いというのは状況を見て、『あっ、ここの守りが薄いな』とか、『この選手ヒザ痛めてるからカバーしよう』とか、瞬時に判断して攻め方を変えるものなんです。バレーの試合だって同じだと思います。状況判断ができれば対応だって思いつくはず。なので天塩さんに、その戦略を授けようかと」

「わ、わかった、でも……何をするの?」

「そうですね……天塩さんは、この時間はだいたい練習ですか?」

「うん、でももうそろそろ終わりだよ」

「それは好都合です、なら毎日天塩さんをお借りしても大丈夫そうですね」

「えっ、なにをするの?」

「戦略と大局観、それを養うためにはボードゲームが一番です。ですので天塩さんには、」

 一呼吸おいて、

「ボクが将棋を教えてあげます。一緒に指しましょう」



 そう、これがボクたちの、ボクと天塩さんの始まり。

 最初は休憩スペースの片隅で教えていたけども、段々とボクが面倒になって天塩さんを部屋に呼ぶようになって、それを棗に感づかれて。

 ……でも、ボクは別に後悔してないし、棗がどう言おうと諦めるつもりはないし、ボクは「司」だから。



 だから、「棗」でいる自分は、もう出てこなくてもいいよ。

ひとまずここまでが第一章です。

ひとまずはこの辺で筆を止めますね。

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