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拾余̪肆:光ヲ浴ビテ

うろうろ、ちょろちょろ。

「あ、あの、塩瀬さん?」

「なぁに、司ちゃん」

「その、迷ったならいったん元来た道を戻ってみては…」

「いや、断じて迷ってないよ?」

「よくも堂々とそんなウソが吐けますね?」

 普段の棗よりナチュラルに嘘吐きましたよこの人。というかここ、完全に森では?

「ほら、早く戻らないと他の部員の皆さんに心配されますよ?」

「うむむ……あっ、こんなところにいい感じの雰囲気の撮影スポットが」

「誤魔化さないでください」

 軽くツッコミを入れつつ眺めれば、確かに木々の切れ目から傾いた陽の木漏れ日が差し込んで、そう、それはさながら

「指輪物語、みたいですね」

「指輪?」

「いえ、気にしないでください」

 景色を見ると似たような物語をつい思い浮かべてしまうのは、台本書きや大道具の悪いクセですね。あれとは幽玄さが全然違うというのに。

「でも、いい景色です」

 その木漏れ日の中に一歩踏み出して、木の葉のスポットライトを浴びる。ふむ、確かに悪くないですね。でももう少しいい光の当たり具合の場所がありそうな……

「ここよりもっといい場所がありそうですね、塩瀬さん。………塩瀬さん?」

 どうしたんです、こっちを見てぽかーんと口を開けて。

「………はっ!?ボクはいま何を?」

「いやそれは私が聞きたいですよ」

 ボクのこと見て、まるで幽霊にでも出会ったような顔をして。塩瀬さんってそんなに失礼な人でしたかね?

「………いや失礼、司ちゃん、不覚ながら君に見惚れてしまっていたようだ」

「へ?」

 見惚れる?この私にですか?

「っと、こうしてちゃいけない」

 と、すかさずカメラを構えた塩瀬さん。身構える間もなくパシャリとシャッター音。

「ちょっ、」

「うん、いいのが撮れた」

「………見せてください」

 と、カメラを強引にひったくろうと手を伸ばすと

「ダーメ、これはフィルムなんだから。今開けたら感光してダメになっちゃう」

「ぐぅ」

 なら仕方ありませんね………デジタルであれば写真を消してもらおうと思ったのですが。

「もしフィルムから焼いたら、さっきの写真は廃棄しておいてください」

「えーなんで?」

「………いきなりカメラ向けられて、きっと気が抜けたひどい顔してたでしょうから」

「そーお?いい顔で撮れてるんだけどなぁ」

 ………ん?『いい顔で撮れてる』………?

「塩瀬さん、あなたなんでフィルムカメラに映ったものが現像前にわかるんですか?」

「さ、さぁ?」

「さては塩瀬さん、私がカメラに詳しくないからって騙しましたね?」

「いや、そんなことは……」

「失望しましたよ、塩瀬さん」

 冷たい視線で塩瀬さんのことを突き刺すと、ぼくと同じぐらいの身体がぴくりと跳ねる。

「つ、つかさ、ちゃっ…」

「………おや、どうしたんです?そんなに震えて」

 っと、ちょっぴし虐めすぎましたかね。

「ほらほら、そんなに手が震えていてはカメラが構えられないじゃないですか。落ち着いてください、ね?」

「こ、これが落ち着けると思うのかい……?」

 いやそこまで怯えなくても。……仕方ないですね。

「残念ですねぇ、そんなにガタガタでは僕のことをうまく撮ってもらえなそうで」

「えっ」

「いやぁ残念です、塩瀬さんは一流のカメラマンだと思っていたのですが」

「むっ?ボクのこと馬鹿にしたね?」

 すくっと立ち上がってカメラを構える塩瀬さん。その手はしっかりとカメラを支えていて。

「見てなよ、司ちゃんのこと隅々まで撮ってやるから」

 うんうん、塩瀬さんはそれが一番似合ってます。……演技というのは、こういう時にこそ使うもの。決して親を喜ばせるための道具ツールじゃなくて……

 パシャリ。

「んっ?」

「へへ、今の司ちゃんめっちゃいい顔してたから」

「……なんだか不愉快です」

 むすっ。次からはもう頼まないようにしましょう。


「司ちゃん、もうちょいそっち寄れる?」

「こうです?」

「んー、なんだかホワイトバランスが……やっぱしもうちょっと左かな」

「どっちですか…」

「いや、これが難しいんだって…光もなんだか陰ってきたし、司ちゃん自体が白いから光のあて具合がね」

「そんなに白いですか?」

「うん、白くてきれい。まるでお人形さんみたい」

 ぷつん。ボクの中の弦がひとつ切れる音がする。

「そうですか、私はお人形さんですか」

「……司ちゃん?」

 そう、ボクはお人形。その時々で名前の変わるお人形。今ついてるタグは「泉見 司」、その前は「泉見 棗」でしたかね、きっとその前は「メアリー・スミス」それとも「ジェーン・ドゥ」なのかもしれません。いや、そもそもなところ、ボクに名前なんてあるのでしょうか………

「司ちゃん、大丈夫?なんだか顔色が悪いけど……」

 ぼくは、人形。私は、白磁の人形。ボクたちは、棗とひとそろいの人形さ。……なんて、今まで全然疑問も違和感もなかったはずなのに、どうしてだろう、今になってみればこんなに、こんなにも悲しいなんて。

 奥歯を強く噛み締める。……なんでだろう、今のボクは、固有名に、「泉見 司」というこの名前に、縋りたいんだ。この「記号」に、ちゃんとした意味を………

「……司ちゃん、やっぱし今日は撮るのやめるわ」

「……どうしてですか?光が足らないのならば場所を変えてーーー」

「いや、場所を変えようとポーズを変えようと、今の司ちゃんは撮れないよ」

「なぜですっ!?」

「……司ちゃん、今自分がどんな顔してるのか自分でわかってないの?」

「へ?」

 いつもの代わり映えしない顔だとばかり思っていましたが……

「……ねぇ司ちゃん、なんで写真は発明されて、ここまで広まったと思う?」

「……どうしたんですか、いきなり」

「ね、答えてみて?」

「それは……そのものを写し取って残しておけるからでは?」

「そう、その通り。撮った時をそのまんま残しておけるからだね。……別れた時は泣き顔だって、写真の中では笑った顔は笑ったまんまで時間を止めておける。だから写真は広まったし、受け入れられたんだって考えてる」

「……塩瀬さん、あなたは何が言いたいんですか」

 一向に見えない話に苛立つと、

「だから写真家は、その人の笑い顔だけ撮ってたいってことだよ。ボクは司ちゃんのそんな顔を後世に残したくないからね」

「……ボク、いまそんなひどい顔してるってことですか」

「少なくとも被写体としては失格かな」

「そう、ですか」

 ふらふらと歩きだし、その場を離れようと歩みを進める。

「……帰り道はあっちだよ?」

「いいです、塩瀬さんの案内を受けると一晩中この木立の中を彷徨うことになりそうなので」

 最後に少しだけ毒を含みつつ、それでも

「…ありがとうございます、少しだけ、やりたいことが見つかった気がします」

 と礼は欠かさない。

「どういたしまして。……さ、ボクも戻るとするよ。えーと、確か帰り道はこっちだったはず」

 と、さっき指さした方角へと歩いていく塩瀬さん。

 私の迷いが消えかけたと思ったら、今度は彼女が迷いを抱え始めた。……主に、道で。

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