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拾余壱:懸念

「司さん」

「おや、棗さんじゃないですか」

読んでいた教科書から目線を上げて棗が答える。

天塩さんに正体を打ち明けたあと、棗と入れ替わるためにそそくさと2組に入り込んで棗を呼んだ。「なんだぁ? 」と言いたげな棗を教室から引きずり出して、

「ごめん、今日はやっぱし2組で」

「つー、そいつは約束が違うぞ」

「約束って…………」

確かにそう頻繁にキャストが差し替えられてたら舞台はめちゃくちゃだけどさ…………

「ごめん、ちょっぴしヘマやったかも。なっちゃんとなんか約束してた子が居たみたいで」

「約束? ……あー武村さんか、そりゃ引きが悪かったな。分かった、1組戻るわ」

そう言って教室に戻ると、カバンを持って棗が出てくる。

「あれ、荷物ごと動かすの? 」

「つー忘れたの? 今日体育あるじゃん」

あ、そう言えば。って、棗、なにニヤついてるの?

「ふぅん、さては司さん、ボクが袖を通した体操服に身を包んでボクを感じたいのかな? ん? 」

「蹴るよ? 」

「冗談」

「ついでにこっちからも願い下げ。なっちゃんの体操服なんか着たら女臭いのが感染(うつ)っちゃう」

「えー」

なんてケタケタ笑って、1組の教室に戻る棗。ふと踵を返したかと思えば、

「なぁ、つー」

「ん、なぁに」

なんて軽く返したはいいけれど、さっきの台詞の口調が舞台でのそれだと気づいて身を硬くする。

「ヘマはほんとに武村さんのことだけ? 」

「そうだけど? 」

ウソ。入れ替わりの本当の訳は、むしろ天塩さんの方。

「その分だとホント半分ウソ半分ぐらい、ってとこかな。ま、別にいいけどね。つーが誰と絡もうと」

それだけ言ってすたすたと1組の教室に足を踏み入れる棗。

…………あっ、わたしのカバン。



(別にいいけどね、か)

ボクはさっきの棗の言葉を、2組でひとり反芻していた。本当はなっちゃんは、ぼくのことを見透かしているんじゃないかって。

もちろん嘘、とは言いきれないのが棗の性格。ここだけの話、棗はあっけらかんと色んな人を乗り換えるように見えて、本当に気に入った人に対してはそれこそどこまでもご執心で、相手が折れて自分の前に現れた時に初めて興味を失う、そんなめんどくさい奴だと僕は考えてて。

(でも、そんな棗の方が演技は上手いんだよね)

棗と司の入れ替わりを始めた頃、いや今でもだけれど、1組で過ごしている時、ぼくは棗を演じきれずに馬脚を露わしかけたことが何度かある。けど棗の方は、2組でそれといったトラブルは無く…………いや、片っ端から口説き倒してるのは充分なトラブルですね。でもそれを除けば棗は司を演じきっていて、むしろボクが本来の2組に戻った時の方が違和感を覚えるぐらいに『棗』は『司』になっていた。

血を分けて生まれたとはいえ、棗と司は「ひとつのもの」ではあっても演者はひとつに統一できないからどうしてもズレる。だからボクは完全な棗を落とし込むことができないし、棗だって司になり切れるはずが無い、無いはず、なのに。

(『司』の方も馴染んでるんですよねぇ)

本来、ぼくこそが『司』のはずなのに、今のこのクラスにいる『司』は、棗によって書き上げられた物語での『司』として存在を許されているかのようで。

…………結局ボクは、何者になるんでしょうか。

そんな考察論を捏ねくり回すうちに、いつしか午前の授業は終わってお昼休みになっていた。

さて、わたしもご飯にしますかね、と席を立とうとして、ふとクラスメイト達を視線の端に捉える。

あれは……初瀬つぐみさんですね。バレー部の所属の方で、確か天塩さんと同じだったかと。この機会に接触して情報を集め…………いや、流石にこの段階では不自然ですね。もう少し情報を集めてからでないと。

あとは…………塩瀬晶さん。1組の塩瀬さんの従姉妹にあたる方ですね。でも僕たち程の行き来や交流はあまりされていないようで。

…………従姉妹と、双子、ですか。2点間の密度は違うとはいえ関係性は似てますし、何より塩瀬さんと繋がりが強くなれば1・2組の両方の情報を押さえることができそうですね。

一瞬のうちに打算を組み立てると、私はひとり机でサラダを広げる塩瀬さんへと声をかけた。

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