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拾ツ:知ル

「つー、夜食ちょーだい」

「唐突になんですか……」

ノックもなしにばーんっと開けられた私の部屋の扉。ご近所迷惑だから少しは遠慮してくれよ。

「いやー、今日連れ込んだのが料理できない人でさ、何も食べさせてもらってないのよ」

「自業自得だね、フケツな棗らしいや」

「うへっ、なんか最近つーのトゲがすげぇや」

「なんとでも」

さっきまで書き途中だった台本をパタンと伏せて立ち上がる。

「夜食と言ってもレトルトぐらいしかありませんよ? 」

水を張った片手鍋にレトルトのパウチを沈めて火にかける。後ろから退屈そうに呼びかける棗。

「食べられればなんだっていーよー」

「ならそこに、古くなってしまったパンがあるのでどうぞ」

「酷いなっ」

「冗談だよ」

クックッと笑えば、

「つーのその笑い方どうにかなんないかな? 司やる時めんどくさいんだよねそれ」

「そう言われてもねぇ……」

『司』にはこれが一番似合ってるんだもの。

「てかなんで古いパンがあんの? つーはこんなばっちぃもん取っとかないじゃん」

「ああそれですか、次の芝居の小道具にどうかと思って。木炭画の絵師の役があるのでパンは必須でしょう? 」

「つーは好きだねぇそういうの。どうせ観客(みんな)はそんなとこ見ないのにさ」

「なっちゃんはそれだから舞台を壊すんだよ。作る側は必死なんだからね? 」

「だってさぁ」

もう、これだから棗は…………台本をもとに立ち位置バミったり機材笑わすタイミングとか組むのに、棗は全く気にせず1人芝居初めて邪魔するんだから…………

「で、そのパンのお味見は?」

「食わねーよ」

「でしょうね」

(ぼく)にそんなものを食べさせるわけにはいきませんからね。一応、私の唯一の味方だし、それに、

「なっちゃんは、裏切らないからね」

ふとそんな言葉が出てきたのは何故だろうか、どうかしてたんだろう。それか書きかけの脚本がそんな向きだったからか。

「つー」

『棗』を脱ぎ捨てた声。あっと思うまもなく差が詰められて、

「…………私が裏切ると思う? 」

「なっちゃんならやると思う」

「…………司のばーか」

それだけ言うと、ぼくを突き放してすたすたと部屋を出ていこうとする。

「夜食は?」

「要らない、今腹いっぱいになった」

やれやれ、ほんとに気まぐれなんだから。このレトルトどうしろと、一度温めたらまた冷まして保存は効かないんですからね?

…………仕方ない、台本詰めてお腹も空きましたし、私の夜食としますか。


「うっぷ」

「おいおい大丈夫かよ、つー」

「……元はと言えばなっちゃんのせいでしょ」

わりと遅めの時間に夜食なんか食べたせいでしょうか、どうも朝から食欲が湧かないのです。

「で、なっちゃん。今日はぼくが1組の日でしたっけ」

「そー、今日はボクがつーの日。なんか連絡ある?」

「特には」

「あっそ」

それだけ言うとさっさと2組の教室に入っていく棗。なんだか素っ気ない、とはいえこれが棗の性格だから仕方ないですね。

「おはようございます」

扉を開けて1組の教室に入ると、

「ひぇっ」

「おや」

この方は……

「あ、あの、ご、ごめんなさいっ」

あら、逃げられてしまいました。

「ははっ、高宮さんは元気だなぁ」

頭の中のファイルを手繰ってセリフを見つけ、声に出す。高宮沙織さん、ですね。お馬さんの好きな子というデータもありますね。

さて、ボクに棗を落とし込む為にもあと何人かは話したいところですが…………ふむ。

「おい、泉見」

ん? なんですかね?

「泉見、こっち向け」

「…………どうしたのさ、武村さぁん」

いきなり難しいの引いちゃったなぁ…………なにかと棗に突っかかってくるんだよねこの人。あしらい方間違えてあとで棗怒んなきゃいいけど。

「お前、またあたしの知り合い引っかけてはポイ捨てしたろ?」

「記憶にないですね」

またか…………なっちゃんの女癖はほんとどうにかなんないのかなぁ…………

「…………ったく、どうしてお前はそうなんだ……しかも最近はお前の妹だか姉だかも、あたしの知り合いに手を出してるそうじゃねーか?ん?」

棗のアホぉ…………(ぼく)の評判まで巻き添えにしたな…………

「へぇ、司さんがねぇ」

軽薄な笑いで誤魔化しつつも、腹の中では棗へのお仕置きを考えておく。どうしてやろうか。

「ま、その話はおいおいってことで」

「あ、おいっ」

うまいことするりとかわして別の人の所へと行く。次の目標は…………あの人でいいですかね。

「こんにちは、天塩さん」

「あ、棗ちゃん」

何の気なしに天塩さんに声をかけてみる。理由? そこに居たから。

「どうしたの? そんな難しい顔してさ」

「あ、うん、こないだの授業が分かんなくて」

「ふぅん、どれ? 」

自然な流れで上から覗き込んで、

「ああ、これね。ここはこうして…………天塩さん? 」

「ひゃっ、ひゃいっ!? 」

「どうしたのさ、そんなに驚いて」

「う、ううん、なんでも、ない」

「変なの」

近寄っただけで逃げられるってことは、さてはなっちゃん、この子にも粉かけたな?

「それじゃ続き。ここはこうで………………って、聞いてるの? 」

さっきからぼーっとして、ぼくのことを見つめたまんま。

「ああ、うん、聞いてるよっ。でも…………棗ちゃんってこんな顔してたんだなって」

「は? 」

急に何を言い出すんですかこの人は。

「いや、今日の棗ちゃん、うまく言い表せないんだけど…………なんか、いつもより親切だなって」

「そ、そうですかね? 」

何故か動揺するボク。あ、あれ、なんでだ…………? その時、お腹が軽くくぅと鳴いて。

「棗ちゃん、もしかしてご飯食べてないの? 」

「実言うと……そうですね、食欲無くて」

「えぇっ、ダメだよちゃんと食べないと、じゃないと大きくなれないよ」

「いや、ボクはもう十分大きいんだけど…………」

ああそっか、なるほど。

「天塩さんはもっと大きくなりたいのですか? 」

「うん、もっと大きくなって、補欠から抜け出したいの」

ああ、そう言えばバレー部でしたね。その割に身長はぼくよりも頭1つ2つ低くって、

「そう…………ですか。大きくなれるといいですね」

なんて声をかけたのは、ほんの気まぐれか、それとも頑張る人が好きな司の本性からか。ポロリと零した言葉に天塩さんが身を固くする。

「や、やっぱり棗ちゃん、なんかおかしいよ? 」

「えっ」

な、棗になりきれて無かったのかな…………

「なんて言うんだろう…………なんか、棗ちゃんよりも優しくて、けど冷たい感じがする」

…………参りましたね…………この泉見司が馬脚を露わすだなんて…………

「…………お見事、と言えばいいんですかね、こういう時」

静かに学生証を取り出して、天塩さんにだけ見えるように置く。

「つかさ…………ちゃん? 」

「ええ、私は泉見の棗、ではなく、司の方です。棗さんが度々ご迷惑をおかけしてるようで」

小声でそう伝えると、付け加えるように

「これはボク、いえ、司と棗の舞台です。どうかあなたには、このまま黙っていて欲しいのです。タネの知れた手品も、オチのバレた芝居も面白く無いでしょう? 」

と念を押す。

「わ、分かった…………でも、なんでそんな面倒なこと…………」

「忘れました」

「へ? 」

「もう忘れました、どっちから始めたのかも、なんで始めたのかも」

お互いに入れ替わるのが頻繁になって、何故そっちに行くのかすらも分からなくなって、それが日常になって今がある。

「でも、時々思うんですよね。遂には元の自分がどっちだったのかも忘れて、ただの白木の人形に戻ってしまうんじゃないかって」

そう、ボクらは泉見家の人形。同じそっくりに作られた白木の人形。都合のいいように棗と司という名が与えられた、ね。それが嫌で自我という形を貰ったものの持て余して遊んでて、記号の海に2つ存在させられたこの身体達。

「…………天塩 木染さん、見破ったあなたにひとつ頼みたいことがあります。…………2人を……泉見 棗と司を、見失わないでやってください」

それはほんのワガママ。自分を知った人形『たち』のワガママ。いつしか他の誰かに上書きされてしまうこの2人を、誰かの中に遺して欲しいというワガママを、ボクは初めて見分けた人へと託そうと思う。

「司ちゃん…………分かった、話はよくわかんないけど…………私、頑張るね」

「ありがとうございます」

軽く微笑んで、そのまま教室を後にする。バレてしまった奇術師は去るのみ、です。


【独白】

ただなんとなくで選んだだけ。それなのに、どうしてこんなに司を揺らすんだろう。

…………分からない、こんなの台本には無かったのに。



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