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壱ツ 嘘ツキ

誰かに負けたくない。その思いは私を焦がして、燃やして、空回って。挙句の果てには私は灰になってぷーっと吹かれてさらさら風に流れちゃうんだ。

俯いてハァとひとつため息をつけば、向こうに座る影がニヤリと笑って。

「…………なに、『泉見ちゃん』」

「いや、貴女はほんとに見てて飽きないですねぇ」

両肘をついてニヤニヤと笑う『泉見ちゃん』。

「ほら、あなたの番ですよ? 」

「わかってるよっ、まだ考え中」

「またですか? これが竜王戦ならとっくに時間切れを3周半してますよ」

「わーかってるからっ、そんなに焦らさないでよっ」

もういちど机に目を落として、テキトーに駒を進める。えっと、これがこう動けるから、

「それはダメです。馬はそっちには動けませんよ? 」

「ええっ!? ダメだっけ!? 」

あれ、おかしいなぁ、この前の本だと確かこうなってて、……あ、またクスクス笑ってるし。ってことは、

「はい、ウソですよ。動けます」

「もうっ……」

ルールまでウソにされたら困っちゃうよぉ……

「とりあえず私の歩はここで捕虜となりました」

と、駒を摘んで私に近いテーブルの端に置く『泉見ちゃん』。

「ほんとに将棋ってわかんないや」

「そうですか? ボクは面白いから続けてますけど、そこまで煩雑だとは思いませんがねぇ」

「だってさぁ…………」

盤面を眺めてみても、ただ木の駒があっちこっち動いて遊んでるようにしか見えないもん。

『泉見ちゃん』に教えてもらってから、私はたびたび司ちゃんのお部屋に招かれてこうやって将棋のお相手をさせられてるけど、

「僕はこう打ちます。さぁ木染さん、次はどうしますか? 」

「こう、かな? 」

「やはり思い通り、かかってくれましたね」

ニヤリとしたかと思えば、

「はい、王手飛車取りです」

「あっ!? 」

強い駒が取られちゃった…………王様も逃がさないと、ってあれ?

「こ、これどうやって逃げれば……」

あ、あれ……?

「逃げられませんよ。天塩さんは、この僕からね? 」

ひ、ひいっ!?

「ま、まいりました」

ガックシ頭を下げればすかさず撫でられて、

「ほんとに木染さんは弱いですねぇ」

むかっ。『泉見ちゃん』たら、ほんと頭に来ることばっかし。

「よ、弱くたっていつか強くなるもん」

「へぇ、何時になりますかね? 」

「い、いつか……」

「うーん、それでは契約としては弱いですねぇ」

「そ、そうは言われても……」

いつ強くなれるのかなんて、私にも分かんないよ…………将棋も、ましてやバレーも、私自身も。

「あ、言い忘れましたがそこからでも打てる手はあるんですよ」

「えっ!? 」

で、でもこの王様どこにも逃げられないし、

「こうすればいいんです」

と、私の駒を摘んだかと思えば、身を乗り出した私の制服のポケットへと突っ込む。

「名付けてワームホールという技です」

「嘘つきっ」

「はいウソですよ」

「もう…………」

ポケットから駒を出して置き直す。

「ならこういう技もありますよ」

と、『泉見ちゃん』は将棋のマットを掴むと、そのまま持ち上げて盤面をぐちゃぐちゃにする。

「『震度10』という技です」

「もっとウソつきだ…………」

ここまで来るとかえって呆れるというか、なんというか。

「さて、私はトイレ行ってきます。帰ってきたらもう一局打ちましょうか」

「ええっ、まだやるの……? 」

「まだです。その代わりノートを貸してあげましょう」

「ウソつき。そう言って貸してくれたこと無いくせに」

「あらバレましたか。それは残念ですね」

「んもう…………ほんとに『泉見ちゃん』はウソしか言わないんだから」

こないだも私の事は好きって言ってたし。

「そうとも限りませんよ? 」

えっ? ってことは、もしかして……

「これもウソです」

派手にズッコケる。ウソなのっ!?

「……もう『泉見ちゃん』のこと信じるのやめよっかな」

「それはお好きにどうぞ。…………ところでその、『泉見ちゃん』というのはやめませんか? 」

「いいじゃない、だって今の『司ちゃん』は棗ちゃんかもしれないし」

「なるほど、それで『泉見ちゃん』ならどっちとも取れるから、というわけですか」

ハァとため息をつく『泉見ちゃん』。

「失望しましたよ。ボクは努力しない人が嫌いなのですが、木染は努力しようとしませんね。もっと私たちのことを見抜けるよう頑張って欲しいですね」

え、そんな、失望って…………

「まったく…………」

「あ、あの、……棗ちゃん? 」

「不正解です」

し、しまった…………司ちゃんの方か…………

「呆れましたね……まったく」

すたすたと私から遠ざかっていく。

「あ、そうそう。さっきの『もっと』から先だけはホントですよ。これはホントのホント」

…………え? ってことは、嫌いがウソで…………え?

「あ、戻ってくる前に駒は整えておいてくださいね」

「あ、うん…………」

…………いつまでたっても分かんないよ、司ちゃんのホントのこと…………

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