6.帝国《二》
「ゴ、ゴホン! その、なんだ。済まなかったな。わざわざあんな言い方をしてしまって。」
「・・・・・・いえ、そのおかげで事実に気付けたと思います。」
両親については、一度確認を取るつもりだ。
流石に全てを鵜呑みにするつもりは無い。
もしも本当に私を殺すつもりだったとしたら、その時はもう二度と関わるつもりは無い。
気不味そうな顔で私から目を逸らしている黒髪銀眼の女性。
今更だが言い難いな。
そういえば名前はなんというのだろうか。
軽装の女性が2号、スキンヘッドの人が3号だったか。
何故番号で呼んでいるのだろうか。
「そう言って貰えると有難い。一応聞いておくが、これからどうするつもりだ?」
これからどうするつもりだ。
その一言は、私の心を大きく揺さぶった。
帝国の領域に入ってしまった以上、もう王国には帰ることは出来ない。
かと言ってこのまま帝国に居続けるつもりもない。
私にはまだ帝国に対する先入観が抜けていないからだ。
実際帝国がどんな場所かは知らないが、個人的に長居はしたくない。
「君に提案がある。私の元で働かないか?」
「は?」
おっと、声に出してしまった。
だが仕方ないと思う。突然そんなことを言われても困ってしまう。
そもそも長居するつもりは無いのに。
口を抑えて必死に笑いを堪えている2号さんと3号さん。
それを冷ややかな目で睨みつける黒髪銀眼。
「まず自己紹介をしようか。私は帝国『暗部』の大隊長のタイタニスだ。この2人は第2、第3隊長で、名前は無い。」
本来なら私のような流れ者に明かしてはいけないような情報が私の耳にスラスラと流れ込んでくる。
呆然としている私を置いて次の話へと進んでいく。
「大隊長と言っても隊員へ司令を伝える位しかやることは無いがな。ああ、帝国の『暗部』の上下関係を軽く説明しようか。」
タイタニスさんによると帝国の王、つまり帝王とその補佐、表向き最強の聖光騎士団長と、暗部大隊長の4人が情報を纏め掃除が必要なゴミを選別するそうだ。
今私の目の前で説明をしているタイタニスさんはその帝国の最重要人物の一人なのだ。
なぜこんなところにいるのだろうか。
そして、選別したゴミを排除するのが『暗部』の仕事だ。
見せしめにして始末する場合は聖光騎士団長が。
ひっそりと闇に葬るのが暗部大隊長が。
『暗部』は、第0から第5まで部隊があり、それぞれ役割があるそうだ。
第0部隊は各部隊長から編成され、全ての手を尽くした時の最終兵器、最終手段。
第1部隊は表と裏の間に存在する最終手段1歩手前の武力行使集団。帝国や周辺諸国では噂でのみの存在とされている。以前の戦争で全員死亡し現在は空席だそうだ。
第2部隊は憲兵や冒険者に紛れ込み情報収集を務めている。人数は多いとの事。
第3部隊は研究、解析、開発担当。『暗部』の装備品は全て第3部隊が担っている。
第4部隊は暗殺専門集団。戦争を起こそうとするバカを事前に排除したりする。
最後に第5部隊だが、ここは物資の補給を担当している。商人達が多く在籍し、金銭、食料、材料などありとあらゆる必要な物を掻き集めるための部隊だ。
「とまあ、長くなったがこんなところだ。そして、だ。2号から聞いた君の能力を見込んで、君を第1部隊長に推薦したい。」
聞き間違いだと思った。
聞き間違いであって欲しい。
「訳が分からない、という顔をしているな。当然だろうが、まず理由を聞いて欲しい。」
ニヤニヤと愉快な表情で理由を述べるタイタニスさん。
生まれて初めて、女性をシバきたいと思った。
「まず1つ、元王国の人間の君は都合が良い。帝国に入った以上、王国には戻れない。これに例外がないことは確認している。」
その通りだ。王国の帝国に対する敵対心は尋常ではない。
たとえ有用な情報を持ち帰ったとしても、情報を搾り取られたあとは処分されるだろう。
8歳までしか教育を受けていない私でも知っているくらいだ。
今思えば王国の異常性がよく分かる。
「2つ、君の能力は第1部隊の前任者達と似ているからだ。隊長は地魔法使いで、副隊長は死霊術師だった。2人は協力して魔導人形を作り上げていた。」
地魔法使いが人形を作り、死霊術師が霊を憑依させていくらでも替えがきくゴーレムを生み出したそうだ。
それでも戦争に駆り出された結果、亡き者となったという。
どんな戦争そうだったろだろうか。
「3つ、私の勘だ。」
その場の空気がビシッと音を立てて固まった。
2号さんと3号さんがタイタニスさんの耳を両側から引っ張っている。
「いくらなんでも勘は無いでしょう? 頭は大丈夫ですか? 研究室でその頭開いて貰って脳みそちゃと入ってるか確認した方が良いですね。」
「2号の言う通りですよ。勘はヤバいね、虫でも湧いてます? 頭の病気でしたっけ?」
「・・・そうか、そんなに死にたいか。お望み通り地獄に連れてってやろう。」
2号さんと3号さんからボロクソ言われてうっすらと目に涙を溜め、指をバキバキとならし2人に歩み寄るタイタニスさん。
私は目と耳を塞いでいることにしよう。
助けを求めるスキンヘッドと軽装の人なんて私は知らない。
自業自得とも言えるし。
〜 〜 〜
別室に去っていった3人は、五分ほどして帰ってきた。
別室で耳を塞いでいた私にも分かるほどの絶叫と呼ぶべき悲鳴が聞こえていたが、私は聞かなかったことにした。
「・・・見苦しいものを見せた。」
「いえ、大丈夫です。」
魂が抜けきった2人を横目に、私はタイタニスさんと話を続ける。
「お断りし「拒否権はない。」・・・そうですか。」
「そうだ。拒否してもいいが、ここまで帝国の秘密を知ってしまったんだ。どうなるかは分かるな?」
まあ、予想はしていた。断れるとは思っていなかった。
しかし、ここまで食い気味に言われるとは思っていなかった。
「私も暗部大隊長として早く後任を見てけなくてはいけなかったんだが、なかなか適任な人物が見つからなくてな? ようやくギリギリ条件を満たせる可能性が無くも無い者を見つけたんだ。悪いが納得してくれ。」
ギリギリ条件を満たせる可能性が無くも無い?
それはそれでどうなのか。
下手なことを言えば2号&3号の二の舞になりそうなので口を噤む。
「・・・はあ、わかりました。やればいいんですよね、やれば。」
「おお、やってくれるか! では早速、第1部隊長に任命される条件なのだが、聖光騎士団に勝つことだけだ。」
んんん?
待って、そんなの聞いてない。
「負けるとその場で文字通り切り捨てられるから、頑張ってくれたまえ。ハハハ。」
ハハハじゃない。
さっき表向き最強とか言ってましたよねアナタ。
そんなのに15歳にもなってない私に挑めと? 殺す気ですか?
「逃げたら殺るから、死ぬ気で頑張るんだぞ。大丈夫だ。聖光騎士団長は出てこない。あくまで戦うのは聖光騎士団だ。」
いや大差無いですよねそれ。
どっちにしろ私にその条件をクリア出来る気はしませんけど?
「あー、アルキリア、だよね? 諦めて訓練でもした方がいいと思うよ。あの人もう帝王様に『第1部隊長見つけたぞー!』って言っちゃってるから。」
「その通りです。諦めて死んでください。正直聖光騎士団は表向き最強、というか普通に最強です。情報収集専門の私が言うんですから、間違いないです。」
ニコニコと笑みを絶やさないタイタニスさん。
やっぱりいつかシバキ倒したいと思ってしまう。
「・・・あれ? 第1部隊って武力行使集団ですよね? 魔法使い系のジョブでなれるんですか?」
「ああ勿論。一般的な騎士団と違って武力さえあればジョブはなんだっていい。というか、第1部隊長にマトモなジョブを持っていた者は少なかったぞ。料理人、道化師、大工、地魔法使いの前任者はまだまだマトモだ。」
ふとした疑問に答えを出してくれるタイタニスさん。
料理人とか大工ってもうそれ一般人なのでは? それで聖光騎士団に勝つとかいうアホみたいな条件をクリア出来たの?
その人達ヤバくない?
「まあとりあえず、必要なものがあればその2人に言ってくれれば大抵のものは用意出来る。第4と第5部隊長は今仕事があって居ないが、君が第1部隊長になる頃には終わるだろう。」
その時までに生きていられる自信が無い。
大きなため息をついて、一つ気づいた。
つい先程までまるでこの世の終わりに立ち会っているような気分だったのが、大分落ち着いていた。
・・・・・・まあ、帝国最強に勝てないと確実に死ぬなんてことになってるし、過去のことにうだうだ言ってたら本当に死んでしまうしな。
うん、頑張ろう。