2.野営《二》
目が覚める。
どうやら想定したより遥かにぐっすりと眠っていたようだ。
シャドウスケルトンが1度も私を起こさなかったので、昨晩は何も起こらなかったようだ。
そう思い、狭い簡易テント(?)を解除し外に出た。
・・・・・・血の海だった。
獣や魔物が血の海に沈んでいた。
狼、熊、大猿、角兎、岩猪、巨大ゴリラ、大蜘蛛、様々な死骸が散らばっていた。
所々砕けた骨と見られるものがあるので、恐らくスケルトンもダメージを負ったのだろう。
とにかくこのままにはしておけないので、死体を地面に埋め、血まみれの地面に土を被せる。
「スケルトン、出てきてくれ」
そう言うと、地中からスケルトンたちが這い出してきた。
私の後ろに立っていたシャドウスケルトンが前に出る。
スケルトン達から何かを受け取っているようだ。
何をしているかは分からなかったがそれを眺めていると、シャドウスケルトンが両手いっぱいの魔石を差し出してきた。
魔石とは、魔物の体内に存在する第2の心臓のようなものだ。
これは、魔道具という魔石を消費して使う道具や、魔法を込めることで使い捨ての誰でも魔法を使うことができる便利アイテムにもなる。
そして、エネルギーの塊である魔石を摂取するとレベルが上がる。
ただし、人やただの動物はそのエネルギーを直接取り込めるほど体が丈夫にできていないので大抵死ぬ。
魔石をリスク無しで取り込めるのは魔物とモンスターだけだ。
ちなみに魔物とモンスターの共通点は魔力を扱えることであり、違いは魔石の有無だ。
「ありがとう。だが、自分達で使えばお前達の強化になるぞ?」
そう言うが、それでも魔石を渡そうとしてくる。
私の為なのだろうし、素直に受け取る。
それにしても、あんな数に襲われるとは思っていなかったな。
そういえば、何体のスケルトンが倒れたのだろうか。
目の前に並ぶスケルトン達をしゃがませ(跪いた)数を数える。
ブラックスケルトンは減っていないが、普通のスケルトン達は2体しか残っていない。
思っていたよりやられてしまったようだ。
私が呼び出したスケルトン達は意思を持っているような動きをするので、あまり無下に扱う気はしない。
シャドウスケルトンに至っては喋るし。
スケルトン達に周囲を警戒させ、自分は朝食を摂る。
やはり硬いパンと塩辛い干し肉とぬるい水だが。
その後は、普通のスケルトン達に魔力を与え進化させた。
今度は全身の骨が太く、固く、大きくなり、角が生え牙が伸びトゲトゲしくなった。
2mほどの身長になり、威圧感が凄いことになっている。
指、肘、肩、爪先、膝など関節部分が尖り、タックルを受けただけでも致命傷を負わされそうなフォルムをしていた。
オーガスケルトン。
昨日はシャドウスケルトンとブラックスケルトンだった。なにか法則があるのだろうか?
スケルトン達を戻し、太陽の位置から方角を確かめる。
母がくれた本にそのやり方が示されていた。
地図を見る限り、私がいた街はこの森から見て南東にある。ならば、北西へ向かおう。
森を真っ直ぐに抜けた先に町があるはずなので、この判断は間違っていない。
そしてその日は丸一日は歩き続けた。
やはり森の中には開けた場所などなく、また同じように簡易テント(?)の中で夜を過ごした。
目が覚めると、またもや血の海が私を出迎えてくれた。
昨日より酷くなっている気がしたが、受け取った魔石の数が明らかに増えていたので確信を得た。
どうやら私はこの血の生臭い匂いに早くも慣れてしまったようだ。
配置していたスケルトン達はやはり襲撃を受けたようで、1度進化したスケルトン達は全て無事だったものの、通常のスケルトンは20体のうち5体が残った。
昨日より残っているのは、オーガスケルトンのおかげだろうか。
強そうだもんなぁ。
残った5体の内4体がオーガスケルトンに進化し、一体は小柄で細身なアサシンスケルトンへと進化した。
アサシンスケルトンは、俺よりも小さく、全体的に細く、指先がとても鋭利な刃物のようになっていた。
試しに太い木の枝を切りつけさせてみたが、とても綺麗に切断した。
恐らくだが、進化に至るまでの経験からより適応できる種族へ進化しているのでは無いだろうか。
それなら、シャドウスケルトンとブラックスケルトンが全体的に強化されたのも、オーガスケルトンは遅くなった代わりにパワーと体格、武器を得たことも、アサシンスケルトンが素早く指先がとてつもなく鋭利になったことも。
全て説明がつくのではないだろうか。
考察は程々にして、また魔石を受け取り、死体を処理し、スケルトン達を戻し、歩き始めた。
正直、スケルトン達が自分の意思を持っているのはほぼ確実だろう。
もしここまでスケルトン達がなんの反応もしない人形のような存在なら、私の精神はとっくに参ってしまっていただろう。
それにしても、最初の進化はすぐに来るのに、2度目の進化には随分時間がかかっている。
それだけ経験値が必要なのだろう。そう簡単に何度もモンスターが進化できるのなら、人はとっくにいなくなっているだろう。
もしかしたら、私が呼び出したのも関係しているかもしれない。
歩き続けるうちにあることに気がついた。
周囲に茂る草木が、進むにつれてどんどん大きくなっているのだ。
道を見失った時、足元に生える雑草は足首にも届かない程度だったのが、今では膝を軽く越している。
腰辺りにまで届いているものもある。
木の幹は、街でも見かけるような太さではなく、両手を回しても手が届かないほどに太い。
見上げれば、日差しを遮る青々とした葉が傘のように広がっていた。
「警戒しながら進んだ方が得策か?」
残念なことに、私以外に人の気配はしない。
それに、いくらなんでもこの森は大きすぎる。3日で通り抜けられる筈なのに、森は浅くなるどころか深くなっているようだ。
方角を間違えたらしい。
昨晩夜を過ごした場所では太陽の位置が何とかわかったが、木々に遮られもう真昼に近いはずの太陽の位置も分からない。
仕方ない、スケルトン達を呼び出して警戒させながら進もう。
「出て来い。」
一言で現れるスケルトン達。
オーガスケルトンは足が遅いので戻ってもらい、シャドウスケルトンとアサシンスケルトンに俺の傍にいてもらう。
ブラックスケルトンは私を囲むように5メートルほど離れ、更に10メートル離れたところに30体のスケルトンを配置する。
最近スケルトンをサモンで呼び出しても魔力に余裕があると調子に乗りすぎた。
さすがに30体はキツい。
魔力が残り半分ほどしかない。
だが後悔はしていない。
頭上から来たとしてもアサシンスケルトンがいち早く気づくだろうし、ブラックスケルトンが足止めしてくれる。
その間にオーガスケルトンを出せばなんとかなると思う。
「とりあえずこれで進むしかない。進むぞ。」
木々が邪魔で1番遠いスケルトンの姿は見えないが、呼び出した私の意志は聞こえなくとも届いてくれる。
呼び出した私と魔力で繋がっているからだ。
警戒を続けたまま前に進んでいく。
相変わらず生物の気配がしない薄気味悪い森を進み続ける。
途中で1度休憩し、食事を摂る。
水を飲み喉を潤わせ、また歩を進める。
どこまで行ってもあるのは草と木のみ。
ときおりブラックスケルトンにいくつか質問をしたりもしたが、難しいことは理解できないようだった。
〜 〜 〜
暗くなり始めた。
森は深くなる一方で、草木は更に太く大きく逞しくなっていった。
暗くなり始めると一瞬で何も見えなくなってしまう。
急いで簡易テントを作り、スケルトン達を配置する。
夕食にパンと肉をもそもそと貪る。
ここ数日の間パンと肉しか食べていないな。
食料はあとどのくらい残っているだろうか。
魔法袋から食料を取り出していく。
パンが三切れ。干し肉が三切れ。水が約5リットルほど。
たったそれだけだった。
本来ならもう町に着いてもおかしくないから、残り1日分程度なのは致し方ないか。
しかし、食料と水のことはもっとちゃんと考えておくべきだったな。
夜中に襲ってくる獣を解体すれば・・・・・・いや、私は解体の仕方なんて知らなかったな。
溜息をつき、出したものを魔法袋に片付け、眠りにつく。
簡易テントの外では、早くも周囲にいたスケルトン達が地面から這い出して迎撃を始めていた。
昼間には欠片も見かけなかった獣や魔物達が日が沈んだ途端に絶え間なく襲い続ける。
スケルトン達は自分たちの主に害が及ばないよう必死にその体を張って返り討ちにしていた。
通常のスケルトンが動きを止めた隙にブラックスケルトンがトドメを刺し、相手が大きい場合はオーガスケルトンが対処し、それでも乗り越えてくるものはアサシンスケルトンが対処した。
〜 〜 〜
真夜中を過ぎ、ようやく襲撃が止んだ。
スケルトン達はこの数日の間に何度も多対多戦闘を繰り返し、適切な戦い方を少しづつ学んでいた。
深い森にようやく朝日が差し込んだ時だった。
軽装の1人の女性がスケルトン達が守るピラミッド型の建造物を発見した。
その女性はスケルトン達が自然に発生したアンデッドではないことに気づいた。
スケルトンが自然発生する条件が、ここには当てはまらないことと、死者の念と魔力で動くアンデッド達が何かを守るための行動をすることは無いからだ。
ガラガラと音を立ててピラミッド型の建造物が崩れ、中から1人の少年が現れた。
その後の一通りの言動から、その女性はすぐさま走り出した。
「アンデッドと大地を操る少年を発見。森の深部へ進む模様。」
『そうか。進行方向を誘導して森を脱出させろ。』
「了解。」
そう答えた女性は、幻影で隠された小屋から必要な物を確保し、先程発見した少年がいた所へ再度走り出した。