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『隣人』

不穏だけれど有り難い偶然

作者: 鈴木

 礼龍(らいりゅう)は首を傾げた。


 いつものように日本酒湖に体の八割を浸し、前腕?がある辺りまでを岸の岩場に上げて、酒の香気にうっとりと陶酔していた時のことだ。

 目を閉じ、ひんやりした岩肌に頬をつけていると、前方に何やら正体の分からない気配がして、のっそり頭を上げてみた。

 すると、少し距離をおいた位置の地面に、礼龍から見れば小さな、人にすれば大きな、大体二メートルほどの樽が一つ、無造作に置かれていた。

 上体を湖から出して、だらけた時にはなかった物だ。

 いつの間に?と訝り、首を傾げたところで答えなど出てくるものでもない。

 周囲にいる精霊に問いかけてみれば、ただ笑って答えない。

 その笑いは悪戯っ気のある、ちょっと意地悪なタイプのものではなく、どちらかというと微笑ましげな類いのもので、礼龍も特に気を悪くすることもなく、更に首の傾きを大きくした。

 ―――その時。


 目の端に忽然と現れたのは、また別の大樽。

 何処からどうやって?

 びっくりしてそちらを向いた時にはもう、そこにどっしりと存在しているのだから、出現の瞬間を見られた筈もない。

 益々、脳裏の疑問符は増えるばかりで、これは俯瞰していれば何処かの位置に現れたタイミングを捉えられるのではないかと、礼龍は一気に全身を上空へと躍らせた。

 まだ出現すること前提なのはただの勘だ。何故だか、二つで終わりには思えなかった。

 そして、その予測?期待?通り、礼龍が上空から湖一帯を見下ろした瞬間、ボンボンボンボンボンボンボンボンッ、と幾つもの樽が同時にあちらこちらに出現した。


 えええええええええ?


 唖然呆然、そこまでは考えていなかったよ、と目をまん丸に見開いて、口もあんぐりと開けて固まっていても、礼龍の意識はしっかり樽の一つの出現する瞬間を見逃してはいなかった。

 ほんの一瞬。よくよく注視していなければまず捉えられない早業で、樽が出現する直前の地面に真っ黒な穴が開いていたことを。


 異界門だ。


 これほどの数を一度になんて、誰かが故意に開いている?

 礼龍は一気に警戒を露わにして、周囲を窺った。

 <あちら>から[ホーム]を脅かす存在がそうそう容易く境界を越えてこられるとは思っていないが、それでも意図の分からない――いや、意図は樽をこちらへよこすことなのだろうが、その訳の分からない行動の理由が皆目見当もつかないから、正体の知れなさが不安を誘う。


 …………けれど。


 それがただの杞憂であることが、上空、礼龍の目の前の空間に数秒だけ開いた特大の異界門の向こう側を見たことで理解出来た。

 そこには何匹もミナミコアリクイ、に似た<あちら>の霊獣ラダイラルウダが、我も我もと礼龍に向けて顔を寄せようとしておしくらまんじゅう状態になっていたのだ。



 ………………………………おっきくなったなあ……。


 警戒心もふっとんで、垣間見たかつて自身が保護した子供達の姿を暫し思い返し、礼龍はしみじみと呟いた。


 そこで漸く、精霊達が種明かしをした。

 無数の大樽の中身は、<あちら>で精霊監修のもと、ラダイラルウダ達がせっせと作り上げた酒なのだと。


 心情的には、酒好きの礼龍に対する礼の為だ。

 しかし、現実に渡せるとは思っていなかったという。


 カナンに託せば確実に渡せるだろう。しかし、礼をする為に、礼龍の主を呼びつけるのは何か違う気がする。

 偶然、彼女が彼らの住処にやってくるのを待つなんて、一体いつまで?

 親達の奪還で世話になったアウレリウスにお願いするのも、ちょっと図々しいような。


 小さな頭でいっぱいいっぱい考えて、やっぱり自分達で渡さなければ意味がない、と作るばっかりで今までどうすることも出来なかった贈り物。


 それがどうしてどうして。


 "世界" からの異界門の大盤振る舞い?

 何かよくないことの前触れ?

 ちょっと偶然にしては過剰すぎない?


 ――――本当は良くない、<あちら>の乱れが門の乱立を招いたらしいのだけれど、繋がった場所がアリクイ達の住処と、礼龍の居る湖のそばだった偶然を利用しない手はない。

 誰かさん達が境界の不具合を修正してしまう前に、門が開いた一瞬を狙って樽を押し込んでしまおう。


 そんな感じで<あちら>の精霊とラダイラルウダがちょっと頑張った結果だった。こちら(ホーム)の精霊はリアルタイムで連絡を受けていたから知っていたのだ。



 見返りが欲しくてしたことでないのは、誰もが承知していること。


 なら、ありがたくもらっちゃおう、と礼龍は早速、いそいそ樽の蓋を開けて首を突っ込んだ。









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