2.ナナちゃんに聞いてみた件
ナナちゃんはまた溢れた涙をぬぐって、俯けた顔を上げた。
「ルートは、私みたいなのには、相応しくないって、言うの。私なんて、捨てられちゃうわ、って」
またグシャッと表情が崩れる。
「捨てない。絶対に。それは、ポーランに言われた?」
と聞くと、ナナちゃんは頷く。
「わたし、何もできないって、馬も一人で乗れないしって、話し方も馬鹿みたいって」
え、初日でそこまで罵倒されたのか。
俺はポーランたちの気の強さに慄いた。
言っておくが、向こうに土地や家畜を貸しているのは俺たちなんだが。そういう上下関係の意識が無いのか?
ここは生まれ育った国ではない。制度も文化も色々違う。
今ではナナちゃんも庶民の一人だ。もともと貴族だというのは、追われている身なので秘密にしなければならない。
しかし、どう慰めれば良いんだろうか。
ナナちゃんは、自分が人に比べて上手くできない事は何となく分かっているが、周りのご友人含めて、皆が大事に愛して育ててきた御方なので、ズバリと言われたことはない。
本当に傷つくと皆きちんと分かっている。
そもそも、怠けて手を抜いたわけではなく、努力は人以上にしてきた方だ。
「・・・俺はナナちゃんの話し方も好きですよ。馬には俺が乗せてあげるから、ナナちゃんが一人で乗れなくても良い」
「ルートがいないと何もできないくせにって」
お、おぉぅ。色々言われたんだな。俺の心臓にも悪い。もうちょっと手加減してほしい。
「俺がナナちゃんをお手伝いするから、ナナちゃんは良いんだよ。お手伝いしてほしいことがあれば頼んでいるし」
「スプーンを並べるぐらい、赤ちゃんでもできるって」
「赤ちゃんには無理だろう」
うーん。思わず眉をしかめた。
こっちの赤ちゃんはできるのか? 幼児なら良いだろうが。
ナナちゃん、盛大に嫌われてきたな・・・。今後どうすれば良いんだろう。
「ルートが可哀想って。あの人たち、ルートは私なんかよりあの人たちの方が良いって」
「・・・それはない」
俺も今後の対応に途方に暮れながら訂正する。
「でもキスもしてないなら恋人じゃないって、私なんて捨てられちゃうって」
「なんてこと言ってくるんだよ・・・初対面だろ・・・」
情けない気分になって俺も落ち込んでくる。
ナナちゃんが抱き付いてきた。
「捨てないで、私以外の人のところに行っちゃ嫌」
「・・・行かない、大丈夫」
間があいたのは、抱き付いて貰ったことによる喜びを味わってしまったからだ。
「本当に?」
とナナちゃんが少し身体を離して俺を見つめる。まだ泣いている。
「本当に。約束できるよ。今約束する?」
「・・・エディアス様も、約束したのに、私を要らなくなったのよ」
俺を咎めるようにナナちゃんは言った。
くっそ。あのクソ王子!
今ここで出てくるな! 色んな意味でムカつく。
「あんなのと俺は違います。いいですか、俺はずーっと昔からナナちゃん一筋です」
使用人の頃の口調で教えてみる。
「エディアス様も、小さな頃にお会いして、ずっと一緒だったのよ」
くっそ、あのバカ!
「あんなのと俺と比べないで欲しい」
あっちは本当の王子様だが。
「ルートも、同じ王様の血を引いているもの。王様だってたくさん浮気をしたって聞いたもの」
「誰にですか」
「言っちゃダメって言われたわ」
雰囲気から察するに奥様ですね。
「・・・俺は絶対に違います」
「ルートは、あの人達の方が絶対好きになるしお似合いだって」
どれだけ好き放題言われて泣かされてるんだ。
集まりに行ったのが完全に裏目に出たな。だけど一生このままでも困るのは確かだ。
「キスしていいなら今するけど」
「エディアス様としたけど、私は捨てられたのよ」
あ、俺、ちょっとナナちゃんにムカついてきた。
これ、待てよ。
女性たちが、初対面のナナちゃんにブチ切れた理由を、別の人から聞いた方が良い気がする。
後で聞きやすそうな人探して確認した方が良い。
苛立ちを抑えるため、俺は黙った。
落ち着け。
俺はナナちゃんの味方。
この人はお嬢様で人柄は良いけどちょっとお馬鹿だと知っていたはずだ、ルート!
と自分に言い聞かせる。
ナナちゃんが不安そうに俺を見ている。
ジッと見ていたら、ふと、聞いて、確かめたくなった。
「俺が他の人と恋人になったら嫌ですか」
言った瞬間、この状況で意地悪な事言ってるな俺、と自覚は持った。
ナナちゃんがまた顔を歪めた。俺は少し慌てた。調子に乗った質問をしてしまった。
泣いてしまった。
だけど答えは聞いてみたい。どうしようもない。
「絶対、ダメ!」
ナナちゃんが泣きながら怒った。
ちょっとホッとした。俺は重ねて尋ねた。
「ダメ? どうして」
「ルートは私のなの! 恋人で結婚するの!」
それは嬉しい。
だけどさ。
「俺はナナちゃんが大好きだけど、ナナちゃんは、俺ほど好きじゃないみたいだ」
えっ、とナナちゃんが驚いて俺を見た。
俺の言い方は軽い感じだったけど、結構怖い聞き方になった気がする。声は真面目っていうか。
俺は、泣いているナナちゃんに追い打ちをかけている。まずい。だけど自分が止められない。
「俺は、ナナちゃんが庶民でも、例え何もできなくても、傍にいて笑ってくれたらそれで十分幸せなんだけど、ナナちゃんは、俺が兄じゃないから結婚できると言っただけでは、オッケーしてくれなかった」
「え、だって、だって」
だって何。
俺、何してるんだろう。
こんな状況を利用して、責めている。俺が悪い。
だけど確かめたい。
あーもう。
「俺が王子様じゃなかったら、恋人になってくれなかったくせに」
自分で言った言葉に現実を突きつけられた気分になった。
落ち込んだ。
ナナちゃんの手が俺の頬に触れた。
顔を上げると、もう片方の頬も。手で挟まれた。
「わ、私、ルートは、傍にいてくれないと嫌! 王子様じゃなくても、好きになったわ、絶対!」
え。
「本当に?」
驚きのあまり目の前のナナちゃんを凝視した。