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1.ナナちゃんを初めて集まりに行かせた件

お嬢様、あらためナナちゃんが泣いていた。

俺の手をギュッと握って、ボロボロと涙を落とす。


俺は困惑も覚えつつ、一方で喜びを感じていた。


ナナちゃんは俺を人に渡したくないと泣いている。


***


ナナちゃんは貴族の一人娘だった。

俺は使用人だった。

色々あって、俺はナナちゃんと住んでいた国から逃げて、一緒の家で暮らしている。


恋人で、将来的に結婚する予定。

ただ、俺が嘘をついたので、ナナちゃんは俺を隠し子の王子様だと信じている。


なお、この地に来て4ヵ月が経ったが、恋人っぽいことと言えば、外に出かけた時に、手を繋いだぐらい。

俺は自分の嘘を丸っと信じて疑わないナナちゃんの様子に罪悪感を持ってしまうし、そもそも片思いを保ちながら長年仕えてきた影響は大きい。お嬢様と使用人の一人、その関係に慣れている。


さて新しい土地で、俺は小さな地主として暮らしている。

そして、この土地の人々と交流を持つ。


一方で、ナナちゃんは誰一人とも交流を持っていない。

俺が防いでいたからだ。

初めの頃の理由は、他の男にナナちゃんを見せたくなかったから。

別格の美しさと愛らしさだ、絶対好意を持たれてしまう。俺の嫉妬だ。

それにここには護衛が俺一人きりだ。安全を心配したこともある。


ただ、そのうち、地域の交流としての声がけが来るようになった。

確かに、ナナちゃんには同性のお友達も必要だ。ずっとここで暮らすのだから。

だけど、それも断っていた理由は別にある。


お嬢様育ちのナナちゃんは、間違いなく、ここでたくましく生きている女性たちに馴染めないだろうと、ひしひしと予感があった。

ナナちゃん本人には言えないが、物覚えが悪くて要領も悪くて、つまり働き手としては非常に役立たず。


一人で馬に鞍をつけて乗るなんて無理だ。

酒を造るために果実を他の人たちと一緒に長時間踏みつぶす、それも無理だ。


残念ながら、俺のナナちゃんは「やればできる子」ではない。

頑張りはするが、人並みに至るまでに人の三倍ぐらいは時間がかかる。

貴族として、歌やダンスは物凄く才能がある。一流品にだけ囲まれていたので上質なものは普通に分かる。

貴族ご令嬢のままならそれだけで十分だった。容姿の美しさや家の格をひけらかさず、親しみある性格だから下の者からも慕われていた。


だが住む世界が変わってしまったのだ。


常にナナちゃんへの誘いを断り続けていた俺だが、仲良くなった男性陣に諭された。

友達だって必要だ、交流しないとこの地域で浮いてしまうぞ、と。


結果、苦渋の決断で、ナナちゃんを地域の女性の集まりに連れていった。

ずっと傍で様子を見守り必要ならすぐに助けるつもりでいた。

だが女ばかりの中に俺も残るのはおかしくて、結局周りからも咎められ、俺は一旦退出した。

2時間後には迎えに来ると約束して。

ナナちゃんをどうぞよろしくと女性陣にお願いして。


そして。

迎えに行ったら、ナナちゃんは座り込んで泣いていた。

この地域の女性の一人が、明らかにナナちゃんと敵対しており、他の女性たちの困ったような視線は、ナナちゃんの方に向いていた。


***


「どうしたんだ!」

慌ててナナちゃんに駆け寄ると、ナナちゃんは俺を見て抱き付いてきて、泣いた。


チッ、と舌打ちがした。

見ると、敵対している女性だ。ポーランという名の、明るくてしっかり者。

俺はポーランに視線を向けてから、再びナナちゃんに視線を戻した。

「どうしたんだ、ナナちゃん」

「ルート、は、私の傍から、いなく、ならない、でしょう?」

切れ切れの言葉を聞き取る。

「もちろん」

と即座に答える。


「その子って、本当に役立たずよ。どうしてそんな子が良いの、ルートさん」

ポーランが苛立った。


俺は数秒動かずにいてから、ポーランを見上げた。座り込んでいるナナちゃんを抱き留めているので俺も座り込むような形だからだ。


「何か怒らせることをナナちゃんがしたのか?」

「えぇ。無神経だし、何もできないし! 顔だけが取り柄じゃないの!」


ナナちゃんが震えて俺にギュッと抱き付いた。

こんな状況だが嬉しい。

いや、それは置いておこう。


「今日は枝を折る仕事を皆でと聞いたけど、上手くできなかった?」

それならできるかもしれない、と判断して、今日来てみたんだが。


「全然。こんな簡単な事もできないし、喉が渇いただの手が痛いだの。いつもはルートさんがやってるって言うの。甘やかしすぎよ。ルートさんは自分のものだっていうのよ。ねぇ、こんな子のどこが良いの」


あれ、これは。

と俺が気が付けたのは、俺の母親の嫉妬の言葉に似ていたからだ。

ポーランは俺に気があるのかな。


「大切な子だから、俺が先にやってしまうんだ。だから俺が何でもできるようになった」

少し宥めるように肩をすくめてみせた。


「帰りましょう、ルート」

ナナちゃんが俺の胸元で泣きながら訴えた。

「うん。帰ろう」


一緒に立ち上がる。


「ごめん、今日は連れて帰る。仲良くしてもらえると嬉しいけど」

そう言いながら皆に軽く退出の礼をする。


「ナナちゃんが酷いと思うわ」

と、ポーランとは別の、同年代の女性がポツリと事実を告げるように言った。

見遣れば、他の女性たちも頷いている。


「文化の違う女性を、こんなに泣かせたのに?」

俺は少し咎める声を出しながら、建物から外に出た。

男性陣が困った顔で俺を見ている。退出の礼をとると、同じように返してくれた。


やっぱり女性たちは難しい。男たちはナナちゃんが泣いている姿に驚き、同情している。


***


帰宅。

馬車でも、わざわざ御者台の俺の隣に座って、ずっとナナちゃんは俺にしがみついて泣いていた。


「何を言われたんだ」

と優しく聞いても悲しい気持ちの方が強いらしくて答えてくれない。


家に戻って、ひとまずお茶でもいれようか、と思ったのに、家に連れて帰ったナナちゃんは俺の腕を取ってから手を握ってきて、じっとこらえるように泣いている。


「どうして泣いているんだ」

と俺はまた優しく聞いた。

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