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セミと人間

作者: folth

高校生の時に部活で書いた小説です。

さっき、朝の散歩をしていたらセミの女の子が意識不明の状態で倒れていたので、家まで運んできてしまった。昔、母親に何度も「あんたは親切すぎるから、将来人を助けて苦労するだろうね。」と言われ続けていたが、それが現実となった瞬間だった。

地球上は幸せに満ちていた。百年以上前は殺人や強盗、誘拐などの犯罪が多く起き、皆が富を奪い合い、密集した生活環境の中で多くのトラブルが起きていたらしい。自殺する人もいたという。信じられない話だ。

 現在は全く違う。お金に関しては国から支給された分で十分賄える。受験競争や社会競争もなく、好きな仕事ができる。人口密度も低く、自然の中で生活できる。素晴らしい環境だった。だが、一見理想郷のように見えるこの世界は、ある恐ろしい前提のもとに成り立っていた。地球上は幸せに満ちていた。しかし、その下は地獄のような場所であった。

大昔に決められた国際規約で、この世はとてつもない格差社会へと変化した。一握りの上位階級以外は地下で労働することを強いられた。そういう人々はロボットによって監視されて休みも与えられず、『人間』のために働かされた。

彼らにも希望は一つだけあった。十八歳の時に彼らは選択を迫られる。このまま地下に残るか、地上に出るか。地下に残ったらそのまま死ぬまで労働。地上に出たら首輪をつけられ、自由を楽しめる。だが、一週間という期限付き。それをすぎると、首輪から特殊な神経毒が体内へ入り、一瞬のうちに体細胞を溶かしつくしてしまう。地上に出ても一週間しか生きられないので、彼らは『セミ』と呼ばれていた。

当然、地上の人間に彼らを助ける義務はない。むしろ、助けても一週間しか生きられないため、普通は避けて通る。

「でも、助けちゃったんだよなあ…。」

ソファで眠るセミを眺めながら独りごちる。各家に配置されている医療機器による処置のおかげで一命はとりとめたようだが、安心とは言い難い状況だ。

「んん…。」

「あ、やっと起きた。ここは俺の家。君が倒れてたから運んできたんだ。大丈夫?」

「は、はい、大丈夫です。すみません、迷惑をかけてしまいましたね、今すぐお暇します。」

そういって彼女は立ち上がろうとするが、すぐよろけて倒れこんでしまう。

「ああ、まだ動かないで。一週間しか生きられないといっても、その状態で外に出たら期限より早く死んじゃうよ。君、心臓がんでしょ? しかも末期。ここで休んでいきなさい。」

そういうと彼女はうつむきながら答えた。

「別に生に未練があって、外に遊びに行きたいわけじゃないんです。私みたいな下賤な『セミ』が迷惑かけているのが申し訳ないってだけです。ご両親だっているでしょう?」

「いや、いないよ。正確にはわからないけどきっと今頃、土の中じゃないかな。」

「ごっ、ごめんなさい!」

「いいよ、もう気にしてないし。」

俺は台所でスープを二人分注ぎながら言った。

「両親は二人とも、今の格差をなくすためのデモに参加したっきり帰って来ていないよ。『セミ』になったのか、死んだのかはわからないけど、どちらにしろ土の中だろうね。」

スープを彼女に出しながら続ける。

「たぶん親譲りのおせっかいなんだろうね。迷惑だから、とかは気にしないでよ。俺が俺のためにしているんだから。」

「本当にすみません…。少ししたらすぐ出ていきますので。あ、あの、あなたの名前は?」

「俺は遠山雄二。十八歳。雄二って呼んでくれ。君は…」

「JTO461839です。十八歳です。」

製造番号みたいな名前だな。話には聞いていたが、セミの扱いは本当にひどいようだ。

「長い。呼びにくいから、あだ名を考えようか。そうだな…最後の二文字をとってミク、はどう?」

「いいですね。可愛いです。」

そう言いながら湯気の立つスープをおそるおそる飲んでいく。熱いものを食べたことすらないのだろうか。

「とってもおいしいです。『人間』はいつもこんなにおいしいものを食べられるなんて、すごいですね。」

ミクはちょっとだけ笑いながら言った。でもその笑いはとても哀愁を帯びていた。それ以上に印象に残ったのは、『人間』という言葉だった。ミクだって人間なのに。彼女の中では自分は人間ではないらしい。その言葉は、格差を強く感じさせるものだった。少し胸が痛くなった。

「ところで、さっき生への未練はない、って言ってたけどどういうこと? 望んで地上に来たんじゃないの?」

ミクはまたうつむきながら話し始めた。

「私は…違うんです。私は臆病だから、死にたくないから、地上に来る気なんてなかったんです。でも、がんが見つかって。もう末期で。どうせなら地上に行かせてやろうと決められて、無理やり地上へ来させられました。でも、地上に来ることなんか考えたこともなかったから、何をすればいいか分からなくって。ぼーっとしていたら急に胸が苦しくなって。気づいたらここにいました。」

ミクは顔をあげて微笑みながら続けた。

「やっぱり、何もやりたいことが無い私には地上はまぶしすぎます。だから、ひっそりと、死にたいんです。」

ミクは立ち上がって、頭を下げて言った。

「まだ少しふらつくけど、もう大丈夫そうです。本当にありがとうございました。」

そう言って玄関へと向かう。俺は自分の中に怒りに似た感情が沸き上がるのを感じた。

「なんでだよ…。なんで受け入れられるんだよ…。」

ミクが振り向く。きっと俺はすごい表情をしてると思う。

「一度も楽しいことがなくて…しかもたった十八歳で死ぬなんて絶対おかしいよ! ミクの地上での期限はいつ?」

「え、ええと、八月三十一日の午前零時です。」

「あと二十三時間くらいか…。急いで!」

面食らっているミクの手をつかみ、引っ張りながら言う。

「い、急いでって、何をするんですか?」

「遊ぶんだよ! 今からでもできる楽しいこと、いっぱいあるよ!」

 ミクを車に押し込んでエンジンをかける。バックミラーから見えるミクは、少しばかりワクワクしているようだった。

 

 

それからミクをいろいろなところに連れて行った。朝日のきれいな崖の上、日の光でまぶしく光る滝、おいしい料理屋。できるだけ色々なところに連れて行った。ミクは楽しそうだった。常に俺に敬語を使っていたことが少し悲しかった。

あれよあれよと時間は過ぎ、もう夕方になっていた。俺たちは海岸に車を止めて地平線に沈む夕日を二人で眺めていた。

「今日は、楽しかった?」

「はい、とても楽しかったです。でも…。」

「でも?」

「正直、あなたと会わなければよかったと思ってます。」

ミクがうつむく。ズボンには水滴が落ちた跡があった。それはどんどん多くなっていく。

「だって…だってぇ…あんな楽しいこと知ったら、死にたくなくなっちゃったじゃないですかぁ…。」

俺は唇を噛みしめながら聞いていた。

「死ぬのが怖い…。死にたくないよう…。」

彼女は泣いていた。

自分のせいで、楽しいことを経験させたせいで、ミクに未練を作らせてしまった。ミクを泣かせてしまった。それを見たとき、俺の心は決まってしまった。俺の中で、やめろ、止まれという声が聞こえた。でも、俺の中の親切心はそれを聞き入れようとはしなかった。

「ミク、最後に連れていきたい場所があるんだ。急げば期限までには着くと思う。」

俺は、泣きじゃくるミクの返答を待たずに車を走らせた。


「ここは…さっきの崖?」

俺たちはさっき来た崖の上にいた。まだ午後零時まで数分残っている。覚悟を決めて口を開く。

「ここで俺と心中してくれないか?」

「えっ?」

「俺はミクの恐怖を拭い去ることはできないけど、分かち合うことはできるよ。」

できるだけ笑って見えるように努めて続けた。

「そんなのおかしいですよ! 私のために死ぬなんて!」

「そんなことないよ。昨日も言ったけど、これは俺のためにやっているんだ。まあ、俺のせいで未練を作らせてしまったことへの責任をとる、ってのもあるけど。」

「それ結局私のせいじゃないですかぁ…。」

またミクの顔に涙が線を描き始める。でも、顔は少しだけ笑っていた。

俺はミクの前に右手を差し伸べる。ミクが左手を重ねる。

ぎゅっと握りあって、ゆっくり、一歩ずつ前に進んでいく。そうして崖の端まで歩いて、止まった。

ああ、ダメだ。やっぱり怖い。足がすくむ。手が震える。せっかくかっこつけてたのに、台無しだ。

その瞬間、腕が引っ張られて、俺は後ろに倒れこんだ。

「えっ?」

「震えてるじゃないですか。手。雄二さんまで死ぬのはやっぱり違いますよ。私なんかと死ぬ必要は無いです。」

「なんでだよ! 人間同士が心中することは実際にあることじゃないか! まだ自分が『セミ』だからって遠慮してるのか? ミクだって人間だろ?」

「いや、違うよ。今日一日、ちゃんとした名前で呼んでもらって、楽しく遊んだ。今日の私はまさしく『人間』だったよ。私は、ただあなたに死んでほしくないだけなの。『セミ』だからとか、そういうことじゃなくて、私を『人間』にしてくれた人としてあなたに死んでほしくないだけなの。」

こちらを振り返ったミクは笑っていた。満面の笑みだった。

「待てよ…! 待ってくれよ…!」

必死で止めようと手を伸ばす。

「今までありがとう、雄二。未練はあるけど、あなたが私と心中してくれるって言葉だけでもう怖くないよ。」

 伸ばした手は届かず、微かに「じゃあね」とだけ聞こえた。

グチャッという音が響く。その後はすすり泣く声と晩夏で弱った夜鳴きゼミの声だけがむなしく響いていた。




あれから二年がたった。今でも、あのとき助けるべきだったかどうか考えてしまう。でも、やっぱり、助けたのは間違いではなかったと思う。ミクは『セミ』ではなく『人間』になって死ねたのだから。

あれから何度も『セミ』を助けた。それは、俺の中の親切心のためではなく、俺が彼らに『人間』になってほしいと思ったからだ。これからもそれは変わらないだろう。


この世には、産まれた時に決まってしまう、理不尽な格差がある。そしてそれはおそらく変えられない。だからといって格差を受け入れてしまったら終わりである。大切なのは変わろうとすることだ。例え期限付きでも、より上に近づこうとすることだ。それは必ず良いことへと繋がるだろう。

                   (終)


今見返すとストーリーが設定についていけてない気がします。

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