「兄たんエライ!!」と誉められたいのでちょっと国獲ってくる。
はっきり言っておくと、俺はロリコンではない。ただ単純に病死した妹と瓜二つの魔剣、アンジェシカに兄たんと呼ばれたいだけなのだ。
エンドは振り上げた攻城刀【薄刃蜻蛉】を中腰で横薙ぎの構えで留めた。
「……笑止!!何のつもりかは知らんが、蛮勇の謗りを受けようと構わぬその潔さは誉めてやろう……だが、万が一城門が開けたとして、城を護る五千の兵士を前にして同じ振る舞いが出来るのか!?」
城壁からは罵声と礫が浴びせられ、エンドの額に当たった石により一筋の血が流れた。
間近でそれを認めたアンジェシカは深紅の瞳を輝かせ、駆け寄って首に跳び付き、ぺろりと舐める。
「あぁ……兄たんの血……兄たんはバカだけど、これは別格なんです……アンジェシカの役得なんです……」
そんな不埒な言葉を吐くアンジェシカに、エンドは苦笑いしつつ、
「こら、アンジェシカ……はしたない真似は慎みなさい。君は歴とした女の子なんだからね?」
と、苦言を呈するが、言われるアンジェシカは悪びれもせず舌をぺっ、と出し、
「……アンジェシカは魔剣です。主たる兄たんの血は全てアンジェシカのモノなんです……異論は受け付けません!」
そう言い終えると、首から離れて背後に廻り、腰に束挟んだ二本の短刀を両手に構えて後衛を司る。彼女は魔剣。エンドと主従の契りを交わした魔剣なのだ。
長い黒髪がさらり、と流れて風に舞い、前髪を留めた髪飾りの紅玉がキラリと光る。その光る様は彼女の瞳そっくりで、この世界を破滅と虚無に導かんとする、光る眼を四つ備えた魔神さながらに見えた。
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「……いやはや、兄たんはバカですか?」
アンジェシカはぼそり、と呟き意識をホットココアへと戻す。
細くしなやかな指先がカップを包み込み、持ち上げ傾けて、ずずっ、と嚥下する。その仕草は優美且つ繊細で……とても魔剣には見えない。
「そうか?俺は考えて行動して、以前にアンジェシカが言った【みなしごの居ない平和な国】を実現する最良の方法だと思ったから、そうしたんだが?」
エンドはそう言いながら、眼下に広がる光景を真昼と同じようにつぶさに眺めつつ答える。
彼の手には真っ黒な刀身の【闇烏】が抜き身で握られ、妖しげな黒炎をめらめらとゆらめかせていた。
その魔剣は持ち主に闇夜でも遠くまで見通せる暗視の能力、そして付近に月明かりの無い夜より更に見通しが効かなくなるような漆黒の闇を広げていく。
「やっぱり兄たんはバカです。いくら愚鈍な連中と言ったって、効率的に配置された布陣じゃ、兄たんの力を持ってしても勝ち目無いです……無駄死になんです」
アンジェシカはあっさりと言いつつ、ココアの残りを飲み干すとカップに水を少しだけ入れて廻し、ぽちゃり、と流して拭き上げると腰の物入れに仕舞う。
エンドと暮らすようになってから、身に付けたことの一つ。それが身の回りの物の始末である。
……彼女とエンドの出会いは、少々前に遡って丁度二年前。季節がやっと冬から春に変わる直前の辺りだった。
アンジェシカとは街の暗部……廃棄地区の奥底で出会った。口伝てで《何でもやりたい放題にやっても壊れない人成らざる娘》として手枷を付けられたまま、様々な欲情の捌け口にされていたのだ。
エンドは噂を聞いて即座にそれが魔剣だと理解して直ぐに拾いに行ったのだが、つい怒りに任せて我を忘れて関わった連中と愚鈍な客もろとも灰塵に帰してしまったが……。
救い出した娘は確かに噂通りの人外の見た目であったが、直ぐにその正体が彼が常に欲して止まない【魔剣】だと判って衣服を着せて連れ帰り、主従の契りを交わした。
主従の契りの儀が済むと、出会った直後は一切の感情の起伏を見せなかった傷だらけの顔も見る間に整い、眼を覆いたくなるような痛々しい全身のアザや火傷も消え去った。その様子を見守っていたエンドにアンジェシカは一言、
「……私は【魔剣】である。主たる魔剣士よ、お前をどう呼べばいい?」
エンドはその言葉を聞いて暫く考えた後、意を決したように真っ直ぐに彼女を見つめながら、
「君は魔剣だ。でも、俺の妹として居て欲しい……《アンジェシカ》として」
「……お前はその為に窖の奥底まで降りて来て、屑を皆殺しにしてまで……私に《アンジェシカ》を演じろ、と言うのか?酔狂な奴だな……」
そう言い切ってから、初めてアンジェシカは感情の籠った表情を見せた。それは心底飽きれ返り、見下すような醒め切った冷たい目線だったのだが、次の言葉は意外にも温かみが含まれていた。
「……まぁ、仕方ない。主従の契りに従ってお前がくたばるまでは、その……アンジェシカ、として暫く生きてやろう。その間はキチンと三食昼寝付き、勿論屋根の無い所で寝る時はお前が屋根代わりになれ。ついでに衣服も常に清潔で相対的に見て似合っている物を忘れずに揃えろ。ちなみにこの服は……まぁ……それなりに悪くはないな……だが、決して良くもないが」
彼女が今着ている服は、一番最初にエンドが飛び込んだ店で適当に購入し、アンジェシカに手渡した服だった。黒基調の光沢を抑えたスカートと同じ風合いのシャツ。脚は長めのストッキングを吊るして丈の長いブーツで纏めてある。……別にエンドの趣味とかではない。
「……私がアンジェシカなら、お前は誰だ?何と呼べばいい?」
「……普通に兄さんで構わない。しかし……もう少し、柔らかな物言いにならないのか?」
流石に会話もままならなかった最初よりマシだとは言えど、冷たく突き放すような口調に流石のエンドも苦言を呈する。するとアンジェシカは、……それならばと腕組みし、
「柔らかな……物言い?では、お前の事は少しだけ舌ったらずに『兄たん』とでも呼べばよいか?……兄たん!……兄たん……兄たん?うん!アンジェシカはお腹が減りましたわぁ♪」
眼を細めて身を捩り、さも切なげに訴えるアンジェシカ。指先を組みながら哀願する様は、繊細な神経の持ち主で女子供に弱い人間ならば、即座に所持する全食料でも捧げてしまっただろうが、しかしエンドはそれ程軟弱ではなかった。
「……フム、やれば出来るみたいだな。その調子でよろしくな?」
「ぐっ……それが魔剣士の余裕って訳か……だが今回だけは素直に従っておこう……」
アンジェシカは仕方ない、と言った体で、そしてエンドはアンジェシカが止むを得ず従う様を当然だ、と言わんばかりに平然としていた。
……しかし、言葉の勢いと強さだけでは反発ばかりしているように見えたアンジェシカも、エンドが差し出す右手に怖々と指を近付けて、そっと絡めて手を繋ぎながら、やや照れくさそうにしつつ街の大通りを横切って行った。
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「よし、判った判った……それじゃ、アンジェシカの快気祝いということで……」
「……違うから。アンジェシカは魔剣だから、快方に進むとか有り得ない。どちらかと言うとリニューアルだから」
その日の夕方、エンドの買い物に付き合わされあちこちを歩き通し、やっとのことでエンドの家に着いたのだが、帰って早々に何やら支度を始める彼を訝しげに眺めていたアンジェシカに、それが『主従の契りを祝う為の膳』だとエンドが告げると、彼女は【魔剣に主従を告げるのは当たり前のことだから必要ない】と素っ気なく答え、しかしエンドとしては何一つ差し出さないのは有り得ないことだと反論する。
「……あ~、アンジェシカちゃん……って言ったっけ?コイツ、誠実だけどバカだから諦めた方がい~よ?ど~せ今は回避出来てもいずれソイツが納得するまで付き合わされるからさ!よ~するに暑苦しい奴ってことよ!」
アンジェシカの背後から快活に、しかし少々馴れ馴れしい喋り方でエンドを蔑む事を平気で言う者が居た。アンジェシカが振り向くと無人だった筈の室内に薄衣を纏い、脚を組み頬杖を突きながら座る一人の女性と、
「……ユ、ユージェニの言う通りよ……エ、エンドは……で、でも……わ、悪いやつじゃ……な、ないよ……?」
吃りながらもエンドをフォローする控え目な態度に控え目な服装のもう一人の女性は、アンジェシカの方を見詰めながら、……で、でも、ア、アンジェシカちゃんも、み、見た目の割りに、し、しっかりしてるわよね……か、感心するわ……、と言いながら、
「わ、私は、ロ、ロイズ。よ、よろしくね……!」
吃音ながらも気さくに自己紹介しながら、手を差し伸べる。その手を握り締めたアンジェシカはロイズの手がしっかりと自分の手をしなやかに包み込み、優しく握り返してくれたことを意外に思いながら、彼女の魔剣としての芯の強さが有ることを印象付けた。
……エンドはアンジェシカと近いうちに、城を攻める。それは困難な事等ではない。ただ単純に……その結果がアンジェシカの機嫌を直すことになるか、ただそれだけがエンドにとって重要な、そして大切なことだったのだ。
はっきり言っておくと、俺はロリコンではない。ただ単純にロリ魔剣のアンジェシカに、エンドを兄たんと呼ばせたいだけなのだ。by作者。ついでに久々に魔剣と魔剣士の話を書きたかっただけだけど。