第91話 『 聖都パラパレス攻略戦 』
聖都パラパレス
大陸東部一帯のアコン山脈に覆われた、西部ラーケン大平野に位置する神聖法国の都である。
パラス神聖法国建国以来の信仰の源であり、国家の中枢機関が集中する地でもある。
千年前、広大なラーケン平野の中の盛り上がった台地に聖都は建設された。
この地には巨大な地脈が集中していた為に選ばれたと伝えられる。
中央の高台にパラスの神々が祀られたサバラス神殿、周囲に都市と城壁が立ち並ぶ。
この聖都パラパレスは八角形状の1辺3㎞の城壁で囲まれていた。
常に数万単位の守備軍を擁してはいるが、非常に攻め易く守り難い都としても有名である。
特に山岳といった要害は何も無く、守備に適した地形とは言い難い。
それゆえにパラス神聖法国の先人達は、都の守護神として使徒達を造り出したのである。
敗残兵団が神聖法国領内を侵攻して6日。
長さ1000mにも及ぶ陣列は、嫌でも神聖法国の民の目に入った。
異形の集団であったが、人々の動揺は最小限に抑えられていた。
なぜならカルーフ商会が侵攻経路提供だけでなく、事前に各地へ人を派遣していた。
商会は経路上の都市や集落へ事前に説明をおこない、人々の理解を得ようとしていた。
実際に殺傷行為や破壊行為も無かったこともあり、然したる混乱も生じなかった。
大陸歴997年3月22日13時
ラーケン大平野にて、遂にアキヒトは聖都パラパレスを視認した
シロが早期警戒用クダニに半径50㎞圏内の索敵をさせた。
「法国軍、確認…総数8万ってところか」
「あれが守備軍のようだね」
神聖法国の象徴である白と金色の装飾で染められた旗と装備。
重装歩兵を中心とする長槍の列がアキヒトにも見えた。
聖都パラパレス守備軍であり、全ての将兵がパラス教の敬虔な信者であった。
両軍が対峙すると、アキヒトの乗機のダニーが前に出た。
「お初にお目にかかります!
僕は敗残兵団、兵団長アキヒト・シロハラと申します!
この軍の司令官はどなたですか!?」
「私だ…!聖都パラパレス守備を命じられたワルデンと申す!
パラスの神に仇成す者が何用だ!?」
「僕は戦いに来たのでは有りません!
神聖法皇猊下への会見を…!お取次ぎを願います!」
「愚か者めが!
猊下が貴様のような神敵とお会いなさる訳が無かろう!
早々に立ち去るなら良し、どうしても通りたくば相手してやろうぞ!
我々を見くびるな!
パラパレスを守るために命を惜しむ者など一人もおらぬぞ!」
法国軍8万はパラパレスを背にして陣を展開した。
ワルデン司令の下、大型機動兵器を目にしても一兵たりとも退く気配は無い。
「面倒だが仕方ねぇな…!」
「うん!兵団前進!」
アキヒトも兵団を横一文字に展開し、法国軍への攻勢を開始した。
これまでと同じく、法国軍兵士では兵団の機動兵器の相手にならない。
騎士団のみがクダニ級と互角に戦えたが、それ以外では戦力に差が有り過ぎた。
次々と武器装備を叩き折られ、圧縮空気砲で吹き飛ばされ、電気ショックで無力化していった。
「怯むな…!我々にはもう後が無いのだぞ!」
ワルデン司令自身、最後の一兵になっても戦いを止める気配は無かった。
諦めることなく何度も突撃を指示し、自分自身も剣を振るっていた。
将兵達も身体が動き、武器が有れば迷うことなく突撃した。
しかし現実の戦力差は覆しようもなく、20分も経過すれば大勢は決していた。
装備の大半は消失し、3分の1以上の将兵が身体の自由を奪われていた。
「アキヒト、やるじゃねぇか…」
シロも感心していた。
最初から勝利を疑っていなかったが、アキヒトの兵種操作精度が格段に上がっている。
「当たり前だよ。
一ヶ月間、土木工事をやらされていたんだから」
半分冗談交じりだったが事実、その効果が出ていた。
千基以上の機動兵器を同時に操作して、新回廊内の整備を引き受けていた。
戦闘では無かったが実際の操作で大幅に練度が上がり、それが戦闘に反映されていた。
「これならいざって時、土木工事で兵団も食べていけるね」
「俺の機動兵器は建設機械じゃねぇぞ!」
軽口を叩いてはいたが、決して油断していた訳では無かった。
法国将兵を一人一人確実に無傷で無力化していく作業は淡々と進められていった。
更に20分経過すると、法国軍の抵抗は微かに続くのみだった。
大半の将兵が抵抗する術を無くし、もしくは身体の自由を奪われていた。
プァァァァ…
突如、ラーケン大平野一帯に角笛が鳴り響いた。
鳴り響く源は聖都パラパレス…光り輝く何者かが宙を浮かんで近づいてくる。
光は8つ…アキヒトにもそれが人の形をしているのが分かった。
全員が光り輝くローブに身を包み、その頭に着けたティアラが一際眩しく輝く。
8人の少女が戦場に姿を現すと、それまで兵団と戦っていた法国軍将兵達は皆平伏した。
彼女陣頭にまで進んで止まると、全ての法国軍に告げた。
「あ…貴女方は…!」
「兵を纏めて引き揚げよ…後は我々に任せれば良い」
ワルデン司令が畏まると少女達に恭しく頭を下げ、部下達に撤退を命じた。
平野に横たわっていた将兵達が担ぎ上げられ、次々とパラパレスの方へ引き上げていく。
その間、アキヒトは兵団を動かさず、法国軍の撤退を追撃しようとしなかった。
そして全ての将兵が戦場から退いた時…先頭の光り輝く少女の一人が口を開いた。
「まずは少年の気遣いに礼を言っておこう。
法国の子等に一人も死者が無かったのは何より喜ばしいことだ…」
「いいえ、礼には及びません!
僕は敗残兵団、兵団長のアキヒト・シロハラです!
貴女達が聖都パラパレスを守護する…使徒の方々とお見受けしましたが…?」
「うむ、私は使徒の筆頭ノーカと申す。
神聖法国の中では大使徒などと呼ぶ者達もいる…余り好かんがな。
他の7名も同じく使徒だ、宜しくな」
とても神々しい出で立ちで"使徒"の呼称。
極めて厳格な言動とアキヒトは想像していたが、意外にも飾り気の無い人物だった。
そして対峙している兵団の…大型機動兵器を一通り眺めた後、アキヒトに告げた。
「ほぅ…これが噂に聞いていた兵団…お前が兵団長か、若いな。
早々に立ち去るなら追いはせぬぞ」
「いいえ!法皇猊下にお取次ぎをお願いします!」
「残念だが、それは無理だ…どうしてもと言うなら我々と一戦交えよ。
最初に断っておくが、お前の兵団では我々相手に勝ち目は無いぞ?」
「イスターさんから話は伺っています。
神殿前の女神像を倒せば使徒の人達の力が失われ、全てが終わると」
「そうか、イスター坊やが教えたのか…。
ならば破壊するか?尤も我々もそれを容易く赦しもせぬが」
「いいえ、貴女方を消滅させる訳にはいきません、実力で倒します!
この兵団の力で使徒の方々を倒します!」
「…なぜだ?なぜ、わざわざ困難な道を選ぶ?
どちらも至難だが、女神像破壊ならば一筋の希望も有ろうに…」
「貴女方はイスターさんの大切な夢だからです!
あの人は誰よりも法国騎士に憧れていて、そして今も貴女達に憧れています!
その大切な夢を奪う訳にはいきません!」
「そうか…あの坊やがそんな事まで言っていたのか…」
「僕は…ずっと悩んでました…!」
搭乗したダニーの席から立ち上がり、アキヒトは堂々と使徒達と向かい合った。
「イスターさんからは、貴女達を自由にしてやってくれと頼まれました!
あの女神像さえ破壊すれば、貴女達の力も存在も消滅し、魂は解放されると!
でなければ永遠に神聖法国守護の任に縛られたままだと…!
ですが、貴女達を消し去るのが解決策だとは思えませんでした!」
「…ならば、どうする?」
「僕が法皇猊下に直接会って嘆願します!
貴女達8人を使徒の任から解いて頂くようにお願いするつもりです!」
「本気か、少年…」
「はい、僕は本気です!」
「ならば戦いは避けられぬが…なぜ、そこまでイスター坊やに義理立てする。
少年が選ぶのは最も困難な道であるぞ?」
「大切な恩人だからです!それに…!」
「…なんだ?」
それまで真剣だったアキヒトの表情が緩んだ。
「イスターさんはいつも威張って踏ん反り返っている態度が似合っています!
あんな負け犬みたいな顔は2度と見たくないですから!」
使徒達の全てが一瞬唖然とするが、口元には僅かに笑みが浮かんでいた。
「貴女達を倒して神聖法国守護の任から解放します!
そうすればイスターさんだって、またパラス神聖法国に戻ってくると思うんです!
そしてもう一度、あの人には法国騎士を目指して貰います!
それがお世話になった僕からの恩返しです!」
「…できるか?
我々が8人揃えば魔導王朝のヴリタラとて容易に先には進めぬぞ?」
「進みます!だって僕は男なんですから!」
アキヒトはリパルトとアパルト7基を前進させ、他の兵種達を後ろに下がらせた。
広大な平原で大型機動兵器8基と神聖法国使徒8名がそれぞれ対峙する。
早期警戒用クダニが使徒達を解析し、新たなデータがシロに伝えられていった。
「アキヒト、注意しろ!奴等、強敵だ!
全員、魔導王朝の大公と同等…いや、ソレ以上だ!」
「うん、分かってる!
しかし、絶対に負けられない!」
アパルト級7基が4本の鉤爪の展開を始めて戦闘準備に入る。
先頭に立ったリパルトは6本の鉤爪を展開し、大使徒ノーカを目標に定めた。
「目標!パラス神聖法国最大戦力、使徒8名!
敗残兵団、前進せよ!」
次回 第92話 『 兵団対使徒 』