第88話 『 人の皮を被った化物(2/4)後編 』
問い掛けに対してティアは直ぐに口を開こうとしない。
両者の間に僅かな沈黙が産まれたが、暫くして逆にティアが問い掛けた。
「…なぜ私がシロさんの正体を存じていると?」
「ですからボクの勘ですよ。
そう考えれば貴女の行動が全て繋がります。
つまり、貴女はいずれアキヒトが兵団の力を手にすることを知っていた。
だからこそ彼の案内人を希望して近づいた。
そして彼を手懐け、籠絡して従えようとしていたのでしょう。
兵団さえ味方に取り込めば、王位を取り戻すのも容易いですから」
「そうですね…確かに王位に就くのも可能です」
「ですが今は王位など小事なのですよ、ティアート様。
大陸連合の主席に就けば、大陸の全ての国家が貴女に従うのです。
その抑止力としてアキヒトを命令下に置けば、誰も逆らうことはできません。
ティアート様の望み以上の望みが叶うのですよ…?」
「ふふ…」
無表情だったティアの口元が僅かに緩んだ。
「残念ながら、私にはそんな野心…欠片も御座いません。
先程も申しました通り、私はアキヒトさんの人柄に惹かれて案内人になったのです。
ケーダ様も妄想はそれくらいで留めた方が宜しいかと存じますよ?
大陸連合などという妄想も…御自身を危うくするだけだと思いますが…」
「おや…大陸連合は構想であって妄想では無いのですが?
しかし貴女の仰る通り、既存の体制支持者からすれば私は危険人物でしょう。
歴史上、既得権益を侵す人物が殺害された例は枚挙にいとまが有りませんからね」
「違います、大陸連合設立の怪しすぎる点が問題なのです」
「怪しい…?
それはどういう意味なのか是非ご説明頂けますか?」
「――全てが出来すぎています」
普段、知人達が知る微笑みとは異なる…冷たい嗤いをケーダに向けた。
「…出来すぎとは?」
「これはあくまで私個人の主観なのですが…。
余りにも都合よくパラス神聖法国が暴走しております」
ケーダのこめかみが震えた。
「今回の法国上層部の暴走が、アキヒトさんの兵団で鎮圧されるのは時間の問題です。
おそらくは戦いが終わった後に大陸連合の構想を公表される予定では?
このような事件を未然に防ぐのが目的ならば、多くの人々が支持なさるでしょう。
大陸連合という国際機関の必要性が高まるのは間違い有りません。
加えて実際に法国軍と戦って勝利した兵団の有用性も証明されるでしょう。
…余りにも出来すぎではございませんか?」
「ですから…何が出来すぎと仰るのですか?」
「ふふふ…」
ティアの嗤いが更に冷たさを増していた。
「まるで大陸連合設立の為に、パラス神聖法国を暴走させたような…」
その言葉に、ケーダが両目を大きく見開いた。
「私には大陸連合の関係者が、パラス神聖法国を裏から操っているようにも見えます。
人々の危機感を煽り、大陸連合の必要性を訴えるには恰好の材料ですから…。
私のような一介の女中でさえ容易に想像ができる単純な構図…。
ならば不審に思う人が他に出てもおかしくないのでは…?
ケーダ様も不要な誤解を招くような妄想は慎まれるべきかと存じますが…」
「な…なるほど…ティアート様の仰る通り…ボクが迂闊だったかもしれません…」
血を分けた実の妹のシーベルでさえ、このようなケーダを見るのは初めてだった。
平静を装ってはいるが、明らかに焦っているのが分かる。
「ですが…そのティアート様の御発言にも大きな穴が御座いますよ」
「あら、何で御座いましょう?」
「仮にその推察が真実だとした場合…私が貴女様を生かしておくと御思いですか?」
シーベルが息を呑んで兄の顔を見た。
「当然で御座いますね、それが事実だとした場合…。
全てを知る貴女様を生かしておくことは、大陸連合設立の大きな妨げになります。
ならば、そのような発言をする行為自体が大きな穴ですよね?
今、ここで我々に抹殺されてもおかしくないでしょう。
私の妹なら…シーベルならば貴女の命を奪うくらい容易いですから…」
「外には王朝騎士の方々がおられるのにですか…?」
「はは!それしか手段は無いですよね!」
声を張り上げて大袈裟に笑い、ティアを虚仮にしていた。
「偉そうなことを仰っていますが、所詮は王朝騎士に縋るしか手は有りません。
ですが、既に商会から相応の数の工作員達が配置されています。
この家周辺の王朝騎士どころか、平原同盟の護衛までも速やかに抹殺は可能…。
あとは神聖法国側の暗殺工作に偽装すれば良いだけです…」
「ふふ…その考えにも大きな穴が御座いますが、指摘しても?」
「何なりと」
トレイをテーブルに置いた。
両手を降ろし…椅子に腰かけたケーダを見下ろしながら…ティアが静かに微笑んだ。
「この私を…害することができるのですか…?」
「ハ…ハハハ!何を仰るかと思えば…!」
ケーダが大きく笑い返し、ティアの神経を逆撫でしようとしていた。
「たかだか貴女一人、シーベルどころか私でさえ捻じ伏せられそうですが!」
「…ならばどうぞ」
静かな笑みを湛えたまま…ティアはケーダを誘っていた。
「本当に私を捻じ伏せられると御思いでしたら…お試しになられては…?」
無言で対峙するティアとケーダ。
只ならぬ事態に陥りつつあるのを察し、傍にいたシーベルが止めようとした。
「兄さん、この辺りで…もう…」
「何も考えるな、お前は命令通りに動けば良い」
ケーダ・ラーセンは無能という言葉からは程遠い人物である。
アキヒトに接触する遥か前から、その周辺関係者を徹底的に調査させていた。
当然、ティア・フロールもその一人である。
実父の生前からボーエン王国屈指の才媛として知られている。
だが、剣や魔法を鍛錬した記録も証言も全く無かった。
個人の戦闘力はシーベルどころかケーダにも劣るであろう。
周囲には魔導王朝の騎士達と平原同盟の護衛達のみで、他には誰も居ない。
"ハッタリか…?"
如何に考えてもティアが現状を打開できる構図が思い浮かばない。
目の前の女中がシーベル以上の手練れだとは思えなかった。
ォン…
シーベルの耳へ微かに届いた
ォン…ォォン……
音が次第に大きくなり、全身の毛が逆立つような悪寒が走る。
「……ッ!」
武人として常人より遥かに感覚では優れていた少女である。
シーベルは反射的にケーダの前に立ち、未知の敵を警戒していた。
「…どうした?」
「逃げて…」
「どうしたのだ、一体」
「逃げて、兄さん!早く此処から…!」
ケーダ自身、目にするのは初めてであったかもしれない。
自分の妹が恐怖に身体を震わせ…その声までもが震えていた。
「逃げるのよ!早く…!」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
****直属兵種
第二種決戦用大型戦闘司令艦 "*******"
全長227メートル
・大型粒子反応炉8基搭載
・小型粒子砲108門、中型粒子砲12門
・超大型粒子砲塔3門(3列同期型粒子砲全開照射機能)
・トレーシングレーザー、サーチングレーザー、ホーミングレーザー、各砲台8門
・ドリルバレット、ドルフィンバレット発射機構4門
・中距離小範囲型ブラックホール発生装置2基
・全方位三層型粒子反応障壁機能搭載
・星系間跳躍機構搭載
・超高速多次元潜航機能…解除中
以降、詳細不明
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この時、ケーダは初めて悟った。
絶対の信頼を止せていた護衛のシーベルが、今は身動きも取れない状態であると。
そして今、自分自身が絶体絶命の危機に陥っていると…。
「ふふ…」
恐怖で身が竦んだケーダとシーベルを前に…ティアが柔らかく微笑んだ。
「この世の誰が…この私を抹殺できましょう…?」
ォォオオオン……!
「キャアアアア!!」
音が間近に迫り、恐怖に耐え切れなくなったシーベルが悲鳴を上げた。
「どうされました!?」
同時に、表に出ていた王朝騎士達が慌てて中へ駈け込んで来た。
「な…何が?」
剣の柄にまで手を掛けていた騎士達だが、屋内の様子を目にして唖然とした。
普段通りのにこやかな笑顔のティア。
恐怖に身を竦めたケーダと、恐れおののくシーベル。
「申し訳有りません、少し怖い話をしていたんです」
「はぁ…怖い話ですか…」
「はい、御茶請けにお話を一つ出したのですが…少し驚かせすぎてしまって…」
ティアとケーダ達を交互に見て…何も問題無いと悟れば、大きく安堵の息を吐いた。
「今は非常事態なのです…此方まで驚かさないで頂きたいのですが…」
「すみません、興が乗ってしまいまして。
お詫びと申しては何ですが、後で表に御茶菓子をお持ちしますから…」
「おぉ、それは嬉しいですね。楽しみにしていますよ」
王朝騎士達は再び表へと戻っていった。
「…お二人とも、どうされました?」
何事も無かったかのように、ティアが普段通りの微笑みを見せていた。
「ふふ…他愛の無い冗談ではありませんか…」
声を発する事もできない2人を後に、ティアは台所へと入って行った。
ティーカップを大目に棚から出し、お湯を沸かしてお茶を淹れ始めた。
「さぁ、ケーダ様もシーベル様もどうぞ…」
トレイには淹れたてで湯気の立つ紅茶のティーカップ。
まだ声も出せない2人の前に一つづつ置いて…更に一つ、また一つと置いて行く。
「こ…これは誰のだい?」
ようやく出せたが、上ずった声で問い掛けた。
ケーダとシーベルの前には14客ものティーカップとソーサーが並んでいた。
「あら…申し訳有りません、数を間違えましたわ」
柔らかく微笑み、ティアがトレイへ余分なカップを戻し始めていく。
「……ぁ」
そのトレイに戻された紅茶を数を眺めて…改めてケーダは気付かされた。
「兄さん、どうしたの?」
「まさか…まさかとは思うが…」
ティアは台所へ戻っていき、今度は王朝騎士達の分の紅茶を淹れ始めていた。
その後ろ姿を見ながら、ケーダは戦慄していた。
現在、ケーダの命令によって付近に潜伏させているラーセン商会の工作員。
誰もが選び抜かれた手練れであり、現に王朝騎士達ですら気付いた素振りは無い。
そう、誰も分かる筈が無いのに…
余分に出されたティーカップの数と同じ12人であった。
「ば…化け物め…」
―――――――――――――――――――――――――――
敗残兵団戦力一覧
大陸歴997年3月時点
投入可能戦力
強化型アパルト級 1基
アパルト級大型機動兵器 7基
ガリー級中型機動兵器 25基
インガム級中型機動兵器 73基
各クダニ級小型機動兵器 1037基
合計 1143基
(但し兵団長護衛中のヴァルマー級1基、ガースト級2基は除く)
現戦力でティア・フロールとの交戦を想定した戦術的勝利の確率
0.52%
次回 第89話 『 神聖法国領内侵攻 』




