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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦 パラス神聖法国攻略
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第87話 『 武力無き攻略 』


敗残兵団が"法国の盾"の前から退いた後も、神聖法国軍は一歩も前に進めないでいた。

偵察により、メーシャン郊外で巨獣が咆哮を放ち続けているのは察知している。

その意図を法国軍上層は誰も読み切れなかった。

回廊出口から500㎞も離れており、近日中に兵団が回廊へ攻め込む気配は無い。

それでも兵団の動向を警戒し、神聖法国は要害の守りを厳重に固めさせていた。


兵団が咆哮を放ち始めて7日後、偵察から驚くべき事実が報告された。

メーシャン郊外の山岳が消失、幅500メートル程の巨大な道が出来上がっていた。

今も兵団は山脈に咆哮を放ち続け、東へ東へと掘り進めている。

その意図は明白であり、メーシャン郊外から神聖法国領内への道を造ろうとしていた。

報告を受けた神聖法国上層は大いに狼狽えたが、何の対策も立てられずにいた。

現在の法国軍戦力で兵団と正面から戦うなど不可能。。

法国上層は回廊から半数の兵員を割き、出口と予測されるトゥール周辺へ向けるしか無かった。


大都市トゥールにも状況が伝えられた。

これまで神聖不可侵だった法国領内が遂に外敵に侵されようとしている。

だが、噂は流れても人々に真実味は無かった。

西に高くそびえるアコン山脈を破壊しながら突き進んでいるという。

実際にトゥール周辺へ数十万の将兵が現れなければ、冗談にしか聞こえなかったであろう。


2月15日

トゥール郊外に布陣した法国軍将兵達が遥か遠くの轟音を聞いた

音は刻一刻と近くなり、足元の大地も揺れ始めた。

時折、西の空に眩い光が見えた。


2月16日

西にそびえ立つアコン山脈の一部が轟音と共に爆発し、周辺に土砂が降り注いだ。

混乱する法国軍将兵達は、土埃の中から巨大な影が姿を現すのを見た。


「こ…こんな!」


パラス神聖法国建国より800年…遂に外敵の侵攻を許した。

目前の現実を受け入れられず、神聖法国軍の将兵達は浮足立った。

それでも勇敢な将校達が指揮を執って迎撃したが、兵団には蹴散らされるしか無かった。


この時、兵団の影に隠れて早馬が一騎、新回廊から疾走し大都市トゥールへと入り込んだ。

向かった先はカルーフ商会のトゥール支店。


大都市に相応で職員数も多く、支店長ローバルはグラン会長から見込まれた程の人物である。

いずれは法国との本格的な交易を期待され、この地に送り込まれていた。

だが現実は法国に商機は少なく、この地の支店長職は降格・左遷に等しい。

神聖法国上層との付き合いも理解しているが、ローバル本人は正直不満であった。

以前よりカルーフ商会本店に神聖法国からの撤退、もしくは規模縮小を訴えていた。


「支店長のローバル殿はおられるか!

 グラン会長より大切な書状を預かって参りました!」


新たな回廊が産まれたなど、誰も信じられなかった。

だが、目の前の人物は確かにグラン会長直筆の書状を持っていた。

そして書状の内容を目で追った後、更にローバルは驚かされる。


「こ、これは確かに会長の字…!

 では…書いてあることは本当に!?」


「嘘だと思うなら、西に馬を走らせて自分の目で確かめるが良い!」


この日からトゥール支店で不眠不休の業務が開始された。

グラン会長からの書状には2日後に膨大な物資がトゥールへ搬入されるという。

その受け入れ準備の一切を支店長ローバルが仕切らねばならなかった。


「なんだ!なんだこれは!?」


普段から暇な仕事場でうんざりしていた。

夕刻になれば時計と向かい合い、職員達は定刻通りに帰っていく。

このような僻地で燻っていくのが嫌で嫌で溜まらなかった。


けれども今思えば、その時代が懐かしい。

ひたすら時間が惜しい、食事をする時間も無く、息をする暇さえない。

書状に記載してあった物資の目録と量はひたすら膨大であった。

荷馬車3千乗以上に満載された物資の受け入れ先を整えるだけで一苦労である。

尚且つ、それらの物資を神聖法国全都市へ搬送する手続きも命じられていた。

更に神聖法国産の品々の搬入と輸送の手続き…。


「現地採用だ!誰でもいい、人を増やせ!」


「支店長、人事には商会本店の裁可が必要ですが…」


「構わん!私が全て責任を取る!

 あのクソ爺…!来月の本店会議で文句言ってやる!」


30時間働きづめの支店長から暴言が漏れていた。


2月18日

新回廊の出口は兵団の機動兵器達が守りを固めていた。

開通時から兵団は領内へと侵攻する気配は無く、法国軍は遠く離れた場所に布陣していた。


「おい、なんだアレは!」


斥候の一人が、新回廊から荷馬車が出てくるのを見た。


「おいおい…!」


一乗や二乗では無い。

満載した荷馬車の大集団が回廊出口から続々と現れ、法国領内へと入ってきた。

その周囲は兵団の機動兵器達が守りを固めており、法国軍は近寄れもしない。

大集団は一直線に大都市トゥールの中へと入って行った。


「中央平原の小麦だ!しかもこんなに…!」


トゥール内の市場に、続々と膨大な物資が積み上げられていた。

この一帯では卸売の中核的拠点で大規模であるが、入りきらぬ物資が屋外にまで積まれていた。


「ローバル殿、本当にこの価格で間違いないのか!?」


「はい、間違い御座いません。

 この数字はグラン会長からの直々の御指示でして…」


運び込まれた小麦を初めとする物資は、全ての業者に安価で卸された。

これまでの相場からすると中央平原産としては破格の卸値である。

業者と交渉している間にも、トゥールには続々と中央平原からの物資が搬入される。

市場の許容量を越える前に運搬業者達は積載し、神聖法国領内へと運び出して行った。


最初は小麦の買い占めを図る不届き者もいたが、全くの無駄骨だった。

中央平原から小麦は延々と搬入され、その流通量で自然に価格が下がっていった。

法国領内の全ての街の店先には中央平原産の小麦が大量に並んでいく。

庶民でも気軽に購入できる価格帯で、人々の食卓を潤していった。

これまでの法国産の粗悪で高価な小麦とは比較にならなかった。


「まだだ!まだ半分だぞ!」


トゥール支店で増員が進み、法国各地への搬送が終わると次は搬入が開始された。

パラス神聖法国は高地であり酪農が盛んである。

その多種多様なチーズを初めとする乳製品は中央平原の人々からも好まれていた。

他にも法国産の工芸品、金属、衣類、陶芸品、ガラス細工…全てが荷馬車に積み込まれた。

各地で製品の買い入れがなされると今度は中央平原へ荷馬車が走り始めた。


これにより平原同盟都市シャールと神聖法国都市トゥールを結ぶ交易路が成立した。


流通の発生によって法国産製品の増産が始まり、市場は俄かに活気づいてきた。

次々と中央平原からの物資が届けられ、法国からの物資が送られる。

神聖法国未曾有の好景気が訪れ、大都市トゥールを中心に各産業の活性化へと繋がった。


一方、この状況を神聖法国上層は傍観するしか無かった。

新回廊からトゥールまでは兵団が守りを固めており、全く手出しができない。


3月に入ると、新回廊内は着々と交易路としての形が整えられつつあった。

商会の会長達の合議により、大陸平原同盟へ新回廊内の舗装作業が要請された。

何千人という土木技術者が集められ、40㎞に及ぶ回廊内の整備が始まっていた。

最新の土木技術で道路が舗装され、荷馬車への負担が日を追うごとに少なくなっていく。

山脈斜面には落石やがけ崩れ対策が施され、長大な防護柵が張られた。

更に新回廊内に小規模ながら宿場町が産まれ始めていた。

回廊を活性化させるべく、カルーフ商会主導の宿場は誰でも安価に利用できた。

何千という荷馬車が往来する交易路の利用者は日に日に増えていった。


しかも大都市シャールから大都市トゥールまでの交易路は、兵団が警護に当たっていた。

数百メートル単位で機動兵器が巡回しており、大陸で最も安全な交易路と噂された。

神聖法国軍でさえ手出しができない以上、山賊盗賊では近づくこともできなかった。


3月10日

神聖法国全体が好景気を迎え始めていた。

領内の多くの産業は活性化し、どの街の店先にも商品が溢れていた。

需要と供給はバランス良く発展し、法国民の生活は全体的に上昇していた。


そこで3大商会から次の手が打たれる。



「司祭様、お願いで御座います…」


パラス神聖法国領内の各地の教会に、信徒達が続々と嘆願に訪れていた。


「今は子供達にも美味しい物をお腹一杯に食べさせてあげられるんです…。

 どうか、パラスの神々の御慈悲を…。

 どうか、戦いなどお止めになるよう法皇様に…」


数日前、商会は法国領内全域で大々的に噂を流した。


『残念ながら今の景気は長続きしそうにない。

 再び戦いが始まれば、中央平原は火の海だ…穀物の確保もどうなるか…』


『あの交易路も法国軍に接収されれば、全ての物の流れが止まってしまう。

 そうなれば申し訳無いが、それ以上は…』


商会は法国軍の侵攻が開始されれば今の景気も終わると、全国規模で喧伝した。

事実、僅か一月にも満たないが、法国の民の生活に中央平原産品が深く浸透している。

これで戦いが再び始まれば、今の豊かな生活が終わるなど誰の目にも明らかだった。


更に商会の手は次々と打たれた。


「司教様、これをお納めください…」


「これは?」


「寄進で御座います。

 教会の補修等、色々と物入りで御座いましょう…どうぞお使いくださいませ…」


「いや、しかし…」


「当商会は神聖法国との交易が本格的に始まり多くの利益を得ております。

 ならば法国に還元せねばなりませぬので、司教様が御受取りになるのも道理かと」


「そういう考えも有るが…」


「加えて我々、商いをする身として平和を何より願っております。

 ですから司教様からも、どうか法皇猊下に戦いを止めて頂くよう御言葉添えを…」


法国領内の各地で直接嘆願を受けた司教や司祭も、法国上層の方針に異を唱え始めた。

信徒達の声は日増しに大きくなり、商会からの寄進も少なくない。


法国の民と直に顔を合わせて接する機会が多ければ、成すべきことは一つしか無かった。



「まただ…これで何通だ」


聖都パラパレスの大法議院では、法皇と枢機卿達が寄せられた嘆願の数に辟易していた。

各地の教会に任ぜられた司教や司祭達から法皇へ続々と上奏されている。

そのどれもが停戦の嘆願であり、多くの人々の切実な願いが込められていた。


今、パラス神聖法国は史上初めての好景気時代に入ろうとしている。

人々の生活は豊かになり、国内産業も盛んになりつつある。


「最近、トゥール周辺の都市の様子がおかしいと知らせが入った」


「おかしいとは?」


「我等大法議院の意志を軽んずる傾向が見られると…。

 先日の都市議会で、大陸平原同盟への迎合が提案されたとも…」


「な…なんだと!?」


「一つや二つでは無い。

 新たな回廊近くの大半の都市が、神聖法国から離反する可能性も…」


パラス神聖法国が足元から崩れていくのを感じた。

鉄壁の守りを誇ってきたアコン山脈の要害が無力化すれば、ここまで脆いのかと。


「昨日、カルーフ商会、リアンツ商会、ラーセン商会の連名で大法議院に届け出が有った。

 少年の兵団が停戦と和平を求めているため、その仲介を引き受けたとのことだ。

 しかも少年がパラス教への入信を望んでいるらしい…」


「白々しい…!

 あの商人どもこそが少年の黒幕であろうに!」


「そして、この提案の詳細を法国全土へ広く公開したらしい…」


耳にしていた枢機卿達が息を呑んだ。


「そうだ…これは我々に停戦を呼び掛けているに等しい。

 もしも受けねば、パラス教は信徒達からの信仰を失うかもしれん。

 しかも神聖法国からの離反を検討しているであろう多くの都市国家も…。

 その時、我々は…パラス神聖法国は…」


一つ、一つと何も対応できず商人達に外堀を埋められた結果だった。

この決断一つで800年続いたパラス神聖法国が崩壊する可能性を帯びている。


サバラス神殿内に設けられたパラス大法議院で怒号が飛んだ。


「あの少年!魔族どもより手強いぞ!」



次回 第88話 『 人の皮を被った化物(2/4)前編 』

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