第86話 『 3大商会勧誘合戦 』
アコン山脈の作業を始めて以来、僕達にはカルーフ商会からメーシャンに宿が用意されていた。
現場から最も近い街が拠点だと往来しやすくてとても有り難かった。
「他に御用が有りましたら何なりとお申し付けください…」
「いえ、これでもう十分ですから」
商会の人達が畏まった態度で気遣ってくれる。
大都市と銘打っているだけあり、メーシャンの規模はとても大きい。
その中で見るからに高そうな宿…というよりは富裕層向けのホテルの一室へと案内された。
自宅の全てを合わせても明らかに広い部屋。
最上階からはメーシャンの街並みが広がっていた。
内装一つ一つも下手に触れない高価そうなモノばかりで…高価そうな調度品も一杯で…。
ベッドも高価そうで…横になるのも躊躇してしまう。
食事も前にガーベラさんが御馳走してくれたお店と同じようにお高そうで…。
美味しいことは美味しいけれど、お値段を想像すると不安で心から満足に味わえなかった。
「うめぇ!やっぱ仕事の後の酒は最高だぜ!」
この地域では発泡酒が美味しいらしい。
今はビールを飲んでいるのだけど、台詞も相まってシロがおっさんぽく見える…。
「もっとだ!もっと持ってこい!」
「駄目だよ、程ほどにしないと…」
飲んだくれのだらしない大人になってしまったような…。
商会の人達は要求されれば直ぐに応じてくれるため、シロは遠慮無しに飲み放題だった。
「ま、いいや…シロは飲んでてよ」
「アキヒトも飲めば良いだろ」
「僕は未成年だからダメなんだよ!」
「ここではそんな法律無いから安心しろよ」
「気持ちの問題だよ!」
くだらない言い合いで頭を痛くしながら、僕は室内のテーブルに地図を広げた。
これは商会から入手したのでも市販されている地図でも無い。
シロが早期警戒用クダニ達を駆使して作ってくれた、非常に精度の高い地図だった。
「まだ休まないのか?」
「うん…今までの進行と今後の予定をね…」
掘り進むべき経路と貫通までの日程。
鉛筆で書き込みをしながら、僕の神聖法国攻略は就寝前まで続いていた。
2月4日
このメーシャンのカルーフ商会支店にて、3商会の面々と会談がおこなわれた。
「現在、兵団は中央平原と神聖法国領内を結ぶ新たな道を作っています…」
壁に貼り付けられた巨大な地図の前で僕は説明していた。
グラン会長、フルト会長、スティーン会長、ケーダさん…そして多くの商会の人達。
「今も大型機動兵器8基を使って掘り進んでいますが、1日に2㎞の進行が限界です。
周辺の山岳地盤の緩みもあり、どうしても遅くなっています。
何も問題が無ければ、今月17日には神聖法国の地と繋がる予定です。
ですが、交易路として利用するには道路整備が必要不可欠です。
ですから商会の皆さんには大陸平原同盟の土木技術者を集めて頂きたいのですが…」
僕の説明が終わろうとしていたが、直ぐに誰も発言しようとしなかった。
多くの人達は無言のまま、真剣な面持ちで地図を凝視していた。
「…子供の考えであるな」
沈黙を破り、最初に口を開いたのはグラン会長だった。
「道を開けば交易路になると思っているのか…?」
「はい、仰る通りですが…」
「もしもこんな道が突然開けてみよ…。
神聖法国も平原同盟も黙っておるまい…必ずや権利を主張してくるであろう…。
そもそも山脈地帯は何処の国の領有とも明記されておらぬ…。
交易路として利用する条約や法的根拠を如何に考えているのか…?」
「えっと…すみません、何も考えていませんでした。
僕、この大陸の法律とか全然知らなくて…」
「だから子供なのだ…」
「おい…待てよ、テメェ!」
グラン会長に非難されている僕を見て、シロが声を張り上げ始めた。
「アキヒトはお前らの要望通りに"法国の盾"を無力化したんじゃねぇか!
犠牲者は1人も出ねぇし、何の文句が有るってんだ!」
「世間のことを知らなさすぎるからだ…。
おそらく道を開けば単純に交易もできると考えたのであろう…。
必要なのは法規や条約の知識だけでは無い…。
取り巻く国家の内情、利害関係、思惑…それらの知識も不足していると言うのだ…。
一つのことを成そうとするならば、十のことを知らねばならぬ…」
「だから何だって言うんだ!?
俺達のやること、何をするにしてもケチばかりつけやがって!」
「シロ、黙っていなよ…」
傍で怒って興奮するシロを僕は宥めた。
「すみません、グラン会長の仰る通りです。
僕は何も知りませんでした…」
「分かれば良いのだ…これから一つ一つ教えてゆくのでな…」
「…え?」
「君は14歳だったな…?」
「はい、去年の11月が誕生日でしたので」
「長男夫婦の孫娘が13歳だ…。
器量も良く母親似で美しい…ならば君も文句は有るまい…」
何かがおかしい…おかしな歯車が回り始めた気がする。
とてつもなく嫌な予感が脳裏をかすめていた。
「この神聖法国の攻略が終わり次第、カルーフ商会本店の会長室勤務を命ずる…。
会長の私自らが商いの全てを…奥義を仕込んでやろうぞ…」
「お止め下され、そんな話をされても困りますぞ!」
グラン会長の隣の席のフルト会長が声を荒げて制した。
「そ、そうですよ…今は神聖法国の攻略会議なんですから…」
「アキヒト殿は攻略が終わり次第、我がリアンツ商会が迎えるのです!
そして番頭の一人として名を連ねて頂くのですから!」
全く聞き覚えの無い話だった、
「末の娘はね、母親譲りの美貌の持ち主だ。
礼儀作法も仕込んであり、何処に出しても恥ずかしくない子だ…」
「いえ、今はそうではなくてですね…」
「君には番頭の地位を、当然だがシロ殿にも相応の役職を用意しよう!」
「…なんだって?」
右肩のシロがフルト会長の提案に反応した。
「この俺を誰だと思ってんだ?
王位すら興味無いってのに、たかだか商会の役職なんて持ち出されてもな…」
「我がリアンツ商会は南方諸国との結びつきが強い。
あちらでは地酒の製造が盛んで、既に50種以上を取り扱う段取りを済ませている。
シロ殿を是非、当商会の味見係として迎えたいのだが…」
「アキヒト、コイツの娘に会うだけ会ってやれよ」
シロは自分自身が兵団の価値を下げているのに気付いているのだろうか…。
「まぁまぁ、両会長ともその辺りで…」
そこでラーセン商会からケーダさんが立ち上がって、口論寸前の会長2人を制した。
「我が弟も返答に窮しております…」
「え…弟!?ぼ、僕が…!?」
「こいつ、やっぱ油断できねぇな」
シロすら呆れていた。
「魔導王朝攻略以来、彼は我がラーセン商会の専属と申しても過言ではありません。
それに個人的に私自身は彼から先生と呼ばれておりました。
しかも我が妹とも親しく、ラーセン家の一人も同然で御座います…!」
「専属と申しても契約を結んだ訳では無かろう…!」
「多少親しいからとて、何だと言うのか!
若い時分は女遊びの一つや二つ、私にだって許容する度量は持ち合わせておる!」
番頭でしかないケーダさんが、2大商会の会長さんと言い争いを始めた。
いえ、そもそも僕は女遊びなんて大それたことはしてないです。
「魔導王朝攻略の際は、アキヒトと我が妹は非常に親密になりましたゆえ…」
「手切れ金が欲しければ、そう申すが良い…!
パラス神聖法国の権益の半分をくれてやろうぞ…!」
「やれやれ、ラーセン商会の番頭殿は貞操観念がお強いようで…。
なんでしたら、私から何人でも紹介致しますぞ?」
「ははは、ラーセン商会で私も一番の目利きと謳われております。
アキヒトと兵団の価値は神聖法国の権益如きでは、とてもとても…!
それに私自身、女性には困っておりませぬ。
ラーセン商会の若番頭となれば、放っておいても選り取り見取りで御座いますれば…!」
会長2人と談笑…では無く、喧嘩しているように見えた。
「アキヒトは将来、私の半身となって大陸全土で商いをする身です。
本人も我が妹…シーベルには好意を抱いている様子…」
「な…なんですか、それは!」
ケーダさんの発言に突っ込みが多すぎて追い付かない。
「おや…シーベルのことは嫌いだったかい?」
「いえ、嫌ってはいませんが…」
「そうだろう、あの子は将来もっと美しくなる。
亡き母はとても美しかったが、あの子だってそれ以上に…。
夫婦になったら弟のアキヒトは、ボクと一緒に世界を相手に商売をだね…」
「ラーセン商会の番頭よ…世迷言もそれくらいにするのだな…。
その少年は、我がカルーフ商会の大切な次々代会長であるぞ…。
貴様如き若僧が先生呼ばわりとは笑止千万…。
少年に…アキヒトに半場な知識を与えて貰っては困るな…!」
「ほほぅ…流石はカルーフ商会の会長様、凄まじい御自信であらせられますね。
ですが、その若僧に遅れを取ったのは何処のどなたで御座いましょう?」
「うむ、年老いた…貴様如き若僧に出し抜かれるとはな…。
だが私が貴様の年代の頃なら、兵団の報告を聞いた瞬間に見抜いたであろう…。
たかが、その程度のことで勝ち誇るとは…ふむ…未熟よのう…」
「えぇ…私は未熟で御座います!まだ20歳ですので…!
けれども、この若き感性こそが、これからの大陸に…世界に必要なのです!
御老体は我々に舵取りを任せて頂きたいですな!」
「感性とは商いの感性だ…!若さと暴走を混同するでない…!
その少年には、この私が生涯で培った商いの知識と技巧を全て伝えねばならん…!
それだけの感性と素養を有しておる…!」
カルーフ商会の会長が、ラーセン商会の若番頭と激論を交わしていた。
物静かに見えた老体のグラン会長が、若返ったように声を張り上げている。
「…シロ殿、後で宿泊先に南方産の地酒を30瓶程届けさせるよ」
「いや、待てよ。そんなに貰う理由が…」
「この程度大したことない、単なる挨拶代わりじゃないか。
我がリアンツ商会のことを知ってもらうためには、実際に商品を味わって貰わないとね。
ほら、市場でも試食品が時々置いてあるだろ?
それと同じだよ、同じ…!
シロ殿には我が商会の試供品を渡すだけなんだよ!
普通は、そんなお試し品でお金を払わせたりしないよね?
ここは遠慮なく貰っておくのが礼儀というものだよ!」
「そ、そうだな…これは単なる挨拶代わりなんだな!」
「そう!君達との仲を深めるための、ほんの挨拶代わりだよ!」
シロが籠絡されようとしていた。
ダチ公の結婚相手なんか誰でも良いらしい…それよりお酒の方が大切なんだ…。
「――皆の者、それくらいにしては如何かな?」
好き勝手に言い合いが始まっていた会議室をスティーン会長が収拾しようとしていた。
「今はパラス神聖法国侵攻への対処が最優先でありましょう?
お気持ちは分かりますが、この会合の主題を忘れないで頂きたいです」
「うむ…そうであるな…」
「いや、済まないね」
グラン会長とフルト会長も冷静になると姿勢を正した。
「だが、この交易路についてはラーセン商会としてアキヒト殿に確認したい事がある」
「…はい、何でしょう?」
「君は2000万ソラの返済代わりに用意すると発言していた。
それは、この交易路の全権利をラーセン商会に譲渡するという意味かな?」
「いえ、それとは少し違います。
ケーダさんには…ラーセン商会には交易路の管理をお願いしようと思っていました。
これまで僕は多大な投資を受けています。
返済の約束は2000万ソラですが、実際はそれ以上の金額の筈です。
ですから、この交易路の管理権を得ることで利益を上げて頂きたいと…。
僕達への投資に見合った見返りになればと考えています」
「我がラーセン商会が交易路を完全独占するとは考えぬか?」
「少なくともケーダさんなら、そんなことは許さないと思います。
常に市場を…いえ、社会の全てを考えて判断し行動されていますから。
ここにおられるカルーフ商会とリアンツ商会の方々だけでは有りません。
全ての人々が利益を得られるように交易路を活かしてくれると…僕は信じています」
「信じているか…」
「はい!」
スティーン会長は暫く瞳を閉じ…軽く息をついた。
「…ケーダよ」
「ハッ!」
「ラーセン会長として命令する…彼を何としても我が商会に迎え入れよ」
「当然ですとも!」
ケーダさんが凄く嬉しそうに白い歯を見せていた。
「カルーフ商会とリアンツ商会の皆様、彼の誘引につきましては一時休戦としませぬか?
まずはパラス神聖法国を如何にするか…。
その決着が付いてから、彼を…アキヒト殿について決めましょうぞ」
ラーセン会長からの提案に、両会長共に首を縦に振るしか無かった。
神聖法国の攻略が終わっても心が休まることも無さそうで、少しうんざりしてしまった。
「そ、それでは…僕からも改めてお願いなのですが、土木技術者を集めて貰えますか?
交易路を作るにあたって、専門家の人達の意見は必要かと思います。
他にも必要な分野の専門家が有りましたら、是非お願いしたいです」
「それなら任せよ…中央平原の腕利きをこの地に取り揃えようぞ…」
土木技術者だけでは無かった。
大陸の技術最先端の舗装技術者から屈指の建築職人まで…多くの人材が集まろうとしていた。
既に交易路の中間地点には宿場の都市計画まで進んでいるという。
「では、皆様…交易路が開通した暁には、聖都攻略の侵攻経路の支援をお願いします」
「ふむ、それだがな…」
グラン会長のみならず、他の会長達も返事を渋っていた。
「なんだよ、テメェら…約束を違える気か?
聖都パラパレスへの侵攻経路、俺達に譲渡してくれるんじゃないのかよ!」
「いや、約束を破る気は無いけどさ…」
「じゃあ、何だよ!何が問題なんだよ!」
「侵攻経路なんて、もう必要無いんじゃないかな」
シロが抗議したけれどもケーダさんを始め、商会の人達は何かを悟っていた。
「それって、どういう意味でしょうか?」
「少なくとも、此処に集った方々なら未来が見えている筈だよ。
こんな交易路が開通したら、君達に侵攻経路を譲渡する必要さえ無いってね」
全ての人達はケーダさんの言葉を否定しなかった。
「アキヒト…君は交易路の開発に専念して欲しい…。
開通した後も拡張工事など…兵団の仕事は山程有るだろう…」
「しかし、それでは…聖都パラパレスの攻略が…」
「我々が落としてみせる…」
3大商会の面々が…会長のみならず、番頭も職員達も全ての人達が笑っていた。
とてつもなく自信に満ちた表情で。
「これだけの商会と商人が集まったのだ…!
パラス神聖法国を攻め落とすに武力など必要無い事を見せてやろうぞ…!」
次回 第87話 『 武力無き攻略 』




