表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
第1部 演習編 「 少年は世界の広さを知る 」
9/134

第8話 『 シロ 』

朝の始まりは常に決まっている。


「ふぁ……おはよう…」


ベッドの枕元から少し離れた場所に小さな光。

起き上がり、眠い目を擦りながら窓のカーテンを開ける。


僕に用意された2階建ての家、1人で住むには大きかった。

2階は3部屋が並んでおり、僕はその一つを寝室にしていた。

寝室内にはベッド、机と椅子、本棚にクローゼット。

支給されたお金で買ったのは寝間着のパジャマくらい。

そろそろ本も数冊買って、本棚に並べて良いかもしれない。


ハンガーに掛けてあった学生服に着替える。

この世界に相応しい衣服を購入すれば良いのだが、そうしなかった。

僕が着ていた学生服、買ったばかりで真新しい。

しかも成長を見越して選んだので、サイズは大きめだった。

今だって腕を通しても袖が少し余っている。

貧乏性かもしれないが、折角だから当分着続けることにした。


着替えが終わると階段を降りて1階へ。


「おはようございます、ティアさん!」

「おはようございます、アキヒトさん」


テーブルに食事を並べているティアさんに挨拶して、バスルーム洗面所へ。

顔を洗い、タオルで拭き終わる頃には朝食の用意が整っていた。


朝食はホットミルクにパンとスープ、それに果物類。

パンはライ麦に似ていて、食べ慣れたパンよりも固い。

噛みごたえが有ると言うのかな…。

独特の旨味と酸味があるため、ジャムの類は要らない

人参やジャガイモのスープは起きたばかりの胃に優しい。


「味はどうです?」

「はい、とっても美味しいですよ」

「それは良かったです…」


ティアさんはにっこり微笑んでくれた。


この世界に来て半月が過ぎたけれど、この人のことをよく知らない。

僕達召喚者の案内役や世話役は、貴族やお金持ちの娘らしい。

しかし雰囲気的に、アヤ姉やドナ先生とは違う人種な気がする。

なぜ、ティアさんだけ女中姿の…メイドさんなのか?


どこか立派な家の子女の筈なのに…。


結局、今まで僕は詳しい事情を聞けないでいた。



「お昼のお弁当、今日はサンドにしてみました。

 昨日、新鮮なトマトを市場で買えたので入れてみたんです」

「いつも、ありがとうございます!」


ティアさんは常に心配りを絶やさなかった。


毎朝、練兵場や図書館での昼食のお弁当まで作ってくれる。

美味しさだけでなく、食べやすさや運びやすさも考えられていた。

また僕でさえ気付かない服のほつれを見つけ、すぐに直してくれる。

家の中も常に掃除され、整頓されていた。

寝室の布団も晴れた日は干され、寝る時はふかふかだ。


とても穏やかな反面、周囲のちょっとした変化にはとても敏感な人だった。



「あら…」


スープを半分ばかり飲み終えた時、ティアさんが何かに気付いた。


「この子…」

「え…何ですか?」


食事中の僕に近寄り、右肩の…光の方へ顔を近づき覗き込んだ。


「この子、何か言いたそうですね」

「そんな…神官様の説明では、精霊は話ができないって…」


するとティアさんは光に向かって微笑みかけ、挨拶の言葉をかけた。


「おはようございます、おちびさん」


光は何も言葉を発しない。


「おはようございます…私とお話しませんか?」

「ティアさん…」


僕は止めようとしたけれど、それ以上は何も言えなかった。

ティアさんは微笑みを絶やさず、何度も根気強く挨拶を続け…。


「今はもう、朝ですよ。おはようございます…」

「…オ…ハヨ…ウ…」


「えぇ!?」


微かにだけど、確かに聞こえた。


「よく出来ましたね、あと少しです。

 さぁ、もう一度…おはようございます」

「オ…オハヨウ…ゴザ…イマス…」

「そうです、いい調子です…おはようございます、おちびさん」

「オハヨウ…ゴザイマス…」


何度も話しかけるうちに、光は徐々に声を発せるようになっていた。


「す、凄い!話ができるんだ!?」

「オハヨウゴザイマス…」

「う、うん!おはよう!」


今まで右肩で光っているだけだった存在。

言葉を話せるのに驚いたけど、それ以上に僕は嬉しかった。


「ところでアキヒトさん…その子の名前は?」

「名前って…」

「おちびさん呼ばわりじゃ可哀想ですからね…。

 その子にも何か、名前を付けてあげてはどうです?」

「そうですね…」


光り輝く精霊に似た何か。

そこまで時間をかけて考えるでも無く、自然に僕の口からこぼれた。



「…"シロ"」



白く光るから"シロ"。

とても安直かもしれないが、一番ぴったりだと思えた。


「よし、お前はシロだ!改めてよろしく、シロ!」

「私もよろしくね、シロさん」


僕達から呼ばれ、自分の名前だと認識したのだろうか。


「シ…ロ…」

「そう、シロだよ!」

「シロ…」

「そして僕がアキヒト!この人がティアさんだ!」

「アキヒト…ティア…」


話しかければ話しかける程、シロは言葉を覚えていく。


「アキヒトさん、夢中になるのは分かりますが早く食べないと…」

「あっ…!」


ティアさんに指摘され、少しマズイ時間になってるのに気付いた。


「は、早く…!」

「ですが、しっかり噛まないと駄目ですよ?」

「ハヤク…ハヤク…」

「わ、分かってるよ!」


2人に急かされ、僕はしっかりと咀嚼しながらお腹に詰め込んだ。



この朝以降、シロは徐々に話ができるようになった。


色々な人に話しかけられ、会話に加わり、たくさんの言葉を覚えていく。

空や地面、建物、品物…指差して名前を口にするだけで良かった。

一度聞いただけでシロは全て覚えてしまった。



しかし同時に、ふと思ってしまう。


あの時、神官様の説明で精霊は話すことができないと。

神獣と違い、知能が低いため会話は不可能だと。


だが、シロは驚くべき速さで言葉を覚えていった。

ある程度の言葉を覚えると、文字や数字までも。


「アキヒト…ソレ…ソノ本ヲ…ミセテ…」


特に図書館の本に大きく興味を持ったようだ。

分厚い辞典を書棚から取り出し、最初のページから開いていく。


「ツギ……ツギヲ……」


最初は1ページ読むのに30分以上もの時間をかけていた。

しかし、その読込速度は目に見えて上がっていった。

1週間もすれば、1ページを数秒で。

千ページ近い書籍さえ、1時間かからなかった。

いや、僕がページをもっと早くめくれば、更に読込速度は上がるだろう。


短時間で急激に知識を吸収する存在。



「そんな話、今まで聞いたこと無いわ。

 本を読む精霊なんて…」


ドナ先生は特に驚いていた。

会話だけでも十分に珍しいが、更に書籍まで読み漁るのだから。


「試しに、この本を読ませてみますね」


いつもの閲覧室に持ち込んだのは300ページ程度の書籍。

シロが読みたがっていた錬金術史だった。


「ツギ……ツギノページ……」


ドナ先生の目の前で、僕は一枚づつページをめくっていく。

そして15分程度でシロは読み終えてしまった。


「じゃあ、質問するわ。

 大陸歴685年6月の内容を話してくれる?」

「685ネン…6ガツ…。

 カール大公国…ニクス学院……研究者氏名ハ…」


手に書籍を持ったドナ先生の質問を、シロは正確に答えていた。

他にも幾つかの質問を重ねたが、そのどれも同じだった。


「ソレ…ソノ本……」

「え…これかい?」


すると次にシロが指定したのは、ドナ先生が読んでいた本だった。


「それ、今年リトア大学で出版された最新の錬金学会誌よ。

 中身は論文ばかりで…」


同じように1ページづつめくって、シロは読み込んでいく。

今までよりページ辺りの読み込み時間が少し長い。

それでも20分程で100ページの学会誌を読み終えた。


「じゃ、じゃあ…リトア大学で。

 第一錬金学部の…第一筆者、サリウス教授の論文タイトルは?」

「卑金属分類ニヨル4大元素構成ノ現状ト今後ノ可能性」


シロはその論文の研究背景から問題提起、経過、結論までを話した。

そして驚くドナ先生の前で、更にシロは続けた。


「ソノ論文ノ提唱スル可能性ハ…3通リ……。

 ソレゾレの利点ト欠点ハ…」


シロは論文著者さえ以降に回した課題を、ドナ先生の前で解答してみせた。


「ドナ先生…?」

「少し黙っていて」


解答を聞いたドナ先生は黙り込んでしまった。

自らも学会誌の論文を読み直し、時々シロの方を見ながら考え込んでいた。


「……正解よ、多分」

「多分?」

「私自身もそこまで分からないから。

 もっと、その分野を読み込んでいけばハッキリすると思うけど…」


解答内容よりも、ドナ先生の興味はシロの方へ向けられていた。


「このことは内緒よ、アキヒト。

 会話くらいはともかく、頭が良すぎるのが知れ渡るのはマズイわ…」

「やっぱり…良くないですか」

「えぇ、今は黙っておくようにね。

 ただ、提案なんだけど…お父様に話をしておいて良いかしら?」

「ドナ先生の?」

「そうよ、娘の私が言うのも何だけど信用に足る人物だと保証するわ。

 一応、話を通しておいた方が良いと思うの」

「ドナ先生がそう言うのなら、僕は構いません」

「じゃ、そうするけど…」


シロの方へ向けられる視線が外れることは無かった。


「この子…何者なの?

 精霊で無いのは間違いないけど…だとしたら……」


そのドナ先生の疑問に、シロは何も応えない。


「アキヒト…本……別ノ本……読ミニ行コウ…」


右肩のシロは、僕に新しい本をせがんでいた。


「はは、分かったよ。

 けどさ、僕も自分の勉強が有るから少し待ってね」

「分カッタ…一緒ニ……アキヒトノ勉強…スル…」


とても頭は良いかもしれないが、僕に懐いていた。



この子の名は"シロ"



この世界の、僕にできた初めての友達だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ