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孤独な粒子の敗残兵団  作者: のすけ
  第3戦 パラス神聖法国攻略
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第85話 『 亡き母に感謝を 』


現在、ケーダ・ラーセンは商会内において微妙な立場に在る。


昨年のアキヒトが起こした魔導王朝攻略に全面協力し、一時は商会の存続すら危うくした。

結果的には攻略目的のガーベラ・イーバーの極刑が取り消しに成功した。

しかも宗主直属に命じられ、王朝内では大公に次ぐ地位へと大立身を果たした。

当初の目的通り、アキヒトとガーベラという2人の要人と深い繋がりを得た。

だが、これは将来に対しての投資であり、現状での実利はゼロである。

全資産の3分の1という出費にもかかわらず、現時点での商会には1ソラも利益が無かった。

この件でケーダは処罰こそされなかったものの、功績を認められることもなかった。

寧ろ、この独断専行を危険視する声が多く、番頭の地位を剥奪すべきという意見さえ有った。


こうした背景により、ケーダから発せられた指示に即座に従う者達は多くなかった。

各地のラーセン商会の支店には矢継早に指示が下されたが反応は鈍い。

それでもブルーグに設けられた支店内から、ケーダは大陸中の支店を動かそうと奮闘していた。


「何をしておる!さっさと指示に従わんか!」


総指揮がスティーン会長に代わると全ての支店の動きも早かった。


「流石は会長で御座いますね。

 私は不徳ゆえに人を動かすことは難しく…」


「謙遜など良い!

 現状はどうなっておる!」


「荷馬車2000乗、小麦を主に穀物200万トンを確保致しました。

 他にも幾つかの卸元と交渉中で御座います。

 並行してメーシャンの土地購入を試みておりますが、地主との交渉が難航しております…」


「それは私に任せよ、番頭のお主では荷が重すぎる!」


「それからもう1点。

 カルーフ商会が建材と職人を大量に確保したと知らせが有りました。

 私ではそこまで頭が回りませんでした、申し訳ありません…」


「成る程…そう来たか。だが、仕方あるまい。

 あの老舗商会の会長を務める程だ、悔しいが我等より一枚も二枚も上手であろう…」


「矢張り、あのグラン会長は宿場町の造成まで視野に入れていると…?」


「…それしかあるまい。

 早さではお主が上だったが、先見性の高さと深さではあの御仁が優っておろう」


居合わせたラーセン商会の番頭や職員達も、ケーダとスティーンの会話の内容が理解できない。

2人は同じ何かを察し、同じ何かを見据えていた。


この日より3日間、スティーン会長の命により商会全ての者達に就寝が禁じられた。

ブルーグ支店に臨時本部が設けられると、各地の支店へ秒単位で指示が飛んだ。

実質的にはケーダとスティーンの二人三脚でラーセン商会が動いていた。

この間、商会の誰にも説明は成されていない。

番頭を含め全ての者達は2人の指示に対して盲目的に従うしかなかった。


スティーン会長は3日間の就寝を禁じてはいたが、実際は皆、目立たぬよう仮眠を取っていた。

簡単にではあるが食事も出され、商会の者達は口の中に運んでいた。

しかしケーダは文字通り3日間、一睡もしなかった。

ブルーグ支店に乗り込んでから指示を出し続け、常に声を張り上げ続けていた。

食事も一切取らず、声が涸れた時に喉を水で潤すのみである。


「…懐かしい」


「何がだ?」


「なに…若い頃の会長によく似ていると思ってな…」


傍らで見ていた古参の番頭達が、ケーダを若かりし頃のスティーンと重ねていた。

小さな商店でしかなかった実家を3大商会と呼ばれるまでに成長させた人物。

その才覚を間違い無く受け継いでいた。



2月1日

怒涛の3日間が過ぎ去り、ラーセン商会の業務も一段落付いていた。

不眠不休により商会の職人十数名が疲労困憊で倒れた。

しかしスティーン会長は商会の全職員に特別賞与を支給すると通告した。

3日間の報酬としては破格の金額であった。


「会長、そろそろご説明を願います」


「うむ…そうであるな…」


ブルーグ支店大会議室にはスティーン会長とケーダを始め、全ての番頭達が勢揃いしていた。

誰もが今回の2人の指示の意図を理解できず、疑問を抱いていた。


「…ケーダよ、お主が説明してやれ」


「このような大事は、会長御自ら説明なさるべきかと存じますが…」


「最初に気付いたのはお主であろう。

 それに私もさすがに疲れた…少しは楽をさせて貰おう」


「おやおや…会長もお年ですか?」


「お主は疲れておらんのか?

 この3日間、全く寝ておらんようだが…」


「当然で御座います。

 今この瞬間、寝息を立てている者に商人を名乗る資格は有りません」


事実、ケーダは不眠不休にもかかわらず、その表情に疲労の色は全く見えない。

目に隈が生じ、大声を張り上げ続けて今は声が涸れている。

けれども未だに業務で高揚し、両目を血走らせていた。


「まずは、この3日間の成果を皆様にお知らせします。

 我がラーセン商会、カルーフ商会、リアンツ商会の3商会ですが…。

 今回の権益の比率は、私の主観では4:4:2と申した処でしょうか。

 申し訳有りません、私がもう少し適格に指示を出せていれば…」


「謙遜するな。

 あのカルーフ商会と五分に持ち込んだのはお主の働きが有ってこそだ。

 むしろよくやったと褒めてやろうぞ…。

 この会議が終わり次第、十分に休むが良い」


「有り難き御言葉…」


ケーダが恭しく頭を下げ…一礼すると顔を上げて他の番頭達に説明を始めた。


「今回の私の指示から、既に御察しされてる方もおられると思いますが…。

 あの少年…アキヒトはアコン山脈に新たな道を作ろうとしています」


「…道だと?」


「はい、これをご覧になって頂ければ分かり易いかと存じます」


商会の職人に命じ、壁一面に巨大な地図が貼られた。

アキヒトの兵団が布陣する位置周辺を、ケーダが指差して説明を続けた。


「彼が掘り始めた地点は、メーシャンより東へ20㎞、アコン山脈の麓です。

 そこから東へ向かったらどうなるか…」


「…あぁ!?」


居並んだ番頭達が驚きの余り、大声を出すとその場で立ち上がっていた。

兵団が掘り進めた地点から東へ向かえばアコン山脈は最も薄い。

直線距離にして40㎞。

仮に掘り進んだとして出口から30㎞地点には神聖法国の大都市トゥールが見える。


「ま…待て!待て!待て!」


「少し考えさせぃ!頭の中が上手くまとまらん!」


古参の番頭達が驚きの余り、目を見開いて事態を必死に理解しようと試みていた。


「そんなことが…もしも、そのようなことが実現したら…!」


「――はい。誇張でなく、この世界は一変します」


興奮で声が震える古参達に、ケーダ・ラーセンが淡々と説明を続けた。


「この場合、カール大公国の大都市シャールと神聖法国の大都市トゥールが開通します。

 経路距離は僅か90㎞…足の遅い荷駄でも3日で到着致します…」


「だ…!だから待てと言っておろうが!」


「これは夢なのか…!?馬鹿な!冗談では無いのか!?」


口元に薄らと笑みを浮かべながら、ケーダは地図上に指を差した。


「これまで法国と交易する場合、このブルーグに一度物資を集積する必要が御座いました。

 そしてこの地を出立してから法国内都市に到着するまで最低でも10日間。

 物資集積の日数を加えれば、更に多くなります。

 ですが、この大都市シャールは常に大量の物資が集積されております。

 また、今以上の物資の集積も可能な程の施設も用意されています。

 つまりシャールとトゥールの間の交易路を…あの少年…アキヒトが作っているのです」


「そ…そんなことをしたら…」


「はい、全てが変わります。

 経済的には神聖法国という巨大な市場が誕生したことになります。

 例えば彼の国では穀物が不足しており、粗悪な品質が高値で取引されています。

 そこへ安価で且つ高品質な中央平原の小麦が…大量に持ち込まれたらどうなります…?」


番頭達は声も出せず、驚きで肩を震わせていた。


「荷馬車と品の確保、ご苦労であったな」


「いえ…結局はカルーフ商会に五分に持ち込まれましたゆえ…」


「だから謙遜は要らぬと申しておろう…フフ」


ようやくスティーン会長とケーダ番頭の見ていたモノが理解できてきた。


「無論、買い付けもせねばなりません。

 これまで神聖法国産の製品はどれも割高でしたが、これならば…。

 将来的には、魔導王朝の都市と交易を結ぶことも可能で御座いましょう」


「では、シャールの土地を買い入れたのも…」


「はい、交易路が実現すればシャールの価値は何処まで昇るか…!

 将来を見据えれば絶対に確保しておかねばなりません」


「しかし建材と職人を先に越されたのは痛かったな…」


「仰る通りでございます。

 それゆえに、カルーフと当商会の権益は互角になりました…」


会長とケーダが眉を曇らせた意味も、他の者達には理解できない。


「会長、建材と職人はなにゆえに?」


「だから宿場町だ…地図をよく見てみよ。

 この新しい交易路の途上、馬や車の交換や修理施設、宿泊が必要となろう。

 大陸平原同盟…いや、外界全てと神聖法国を結ぶ道だ。

 往来の規模は大陸屈指となろうぞ。

 果たして、どれだけ栄えるか…流石は老舗のカルーフであるな」


「そこまで…あのカルーフの会長は見越していたのですか…」


「うむ…ケーダには出遅れたが、見事挽回しおった」


更に番頭達が質問を投げ掛けた。


「カルーフ商会とリアンツ商会の動向は?」


「両商会とも、同じく荷馬車と穀物…他、輸出に相応の品を確保しようとしています。

 またリアンツ商会は劣勢に巻き返すべく、南方諸国に声を掛けている様子…」


「…南方特産品か!」


「はい、これも神聖法国では希少な品ばかり…。

 あの商会は南方諸国へ多く支店を展開しており、それを最大限に利用するかと」


「な…ならば我等も!」


「既に魔導王朝領国の支店へ通達済みです。

 王朝産の品の買い付けが始まっており、一両日中には報告があるかと」


大陸全ての経済に新しい流れが起きようとしている。


ラーセン商会の古参幹部達は、現在の商会に成長よりも安定を求めていた。

既に三大商会と呼ばれるまでの規模となった存在である。

これからは目立つ成長は無くても堅実に続けば良いと思っていた。

だが、彼等も根は商人であった。

スティーン会長の言葉通り、千年に一度の商機である。

自然に手が震え、興奮せずにはいられなかった。


「政治的にも同様に変化が訪れるでしょう。

 これまではアコン山脈の要害ゆえに、神聖法国の国境が自然に形成されました。

 しかし、この交易路が完成すれば地図の線は消えたも同然です。

 今まで神聖法国に不満を抱いていた都市が離反する可能性も出てきます…。

 逆に大陸平原同盟内の都市が神聖法国へ与する可能性も否定できません。

 このような情勢に変化したのです。

 パラス神聖法国上層部も外交政策を1から考え直さねばなりません…」


「軍事的にもな」


「当然で御座います。

 この交易路が完成すれば"法国の盾"は完全に無力化します。

 神聖法国上層はこれ以降、1ソラたりともあの回廊に予算を割かないでしょう。

 アコン山脈頼みだった戦略も1から練り直さねばなりません。


 そして…アキヒトはそこまで考えていないかもしれませんが…。

 パラス神聖法国上層は、あの御方を頼らねばなりません」


番頭達のみならず、スティーン会長もケーダの言う人物が誰なのかまでは想像できない。


「皆様、お考えください。

 新しい交易路が完成した折には、神聖法国はあらゆる方針を変更せねばなりません。

 政治も、経済も、軍事も…。

 でなければ国として体裁を維持することすら不可能でしょう。


 しかし、以前から"法国の盾"を開放しての国の在り方を唱えてきた方がおられます。

 平原同盟のみならず、魔導王朝とも国交を結んで経済的にも繋がり…。

 閉ざされた法国を大陸の諸国家に開くべきであると考えておられた御方が…」


「…トーク枢機卿か」


ケーダは無言で頷き、スティーン会長の言葉を肯定した。


「現在は聖都パラパレスの何処かに拘束されているとのこと。

 ですが、このような事態になれば、本人が嫌でも表に出て貰わねばなりません。

 神聖法国で、この新しい時代に対応できる御方はトーク枢機卿ただ一人のみ。

 でなければ神聖法国は分裂し、数年で瓦解するでしょう…」


「あの少年がそこまで考えてとは思えぬが…」


「はい、トーク枢機卿の復権までは考えに至っていないかと。

 そこまでは偶然であったかと思われます。

 しかし、アキヒトはやってくれました。

 兵団の力もさることながら、その力の使い方が実に上手い。

 彼は力に溺れることなく、我等が考える以上の結果を出してくれています。

 以前、私は彼に経済について少々指南しました。

 商売とは流れが有ってこそ成り立つと。

 人、物、金…その流れが何より重要であると教えた覚えがあります。

 その教えを踏まえての借金2000万ソラの返済なのでしょう…。

 彼はパラス神聖法国と大陸全土の流れを作り、その商機を我々に提供してくれるのです。

 現在、我々とカルーフ商会とは五分の権益です。

 ですが、アキヒトは投資者である我々に対しては優位に便宜を図ってくれるかと存じます。

 まさか…。

 まさか、こんな形で返済をしてくるとは…。

 思いもしませんでしたよ…」


壇上に立ったケーダは、改めて会長及び番頭達と向かい合った。


「そこで皆さんに質問致しましょう…。

 これまで私は独自の判断でアキヒトに投資をしてまいりました。

 2000万ソラから始まり、魔導王朝攻略にも多大な投資をしております。

 その行為に資産の3分の1を費やす程の価値が有ったのか、疑問を抱いた方も多いでしょう。


 その投資の結果、我々が得たのは新たな交易路の優位性…。

 いえ…新たな世界の特等席です…!」



極上の笑みを浮かべ、商会の重鎮達へ一言だけ問いかけた。



「私が続けたアキヒトへの多大な投資…皆様は如何に評価なされます?」



答えるまでも無かった。

今後の商会の利益…いや、世界の変革と利益に比べれば些事でしかなかった。


あの少年は兵団を使い、この大陸の事情を全てを変えてしまったのだから。



「会長…いえ、今は父上と呼ばせて頂きます」


公私を決して混同せぬ男である。

私事なら兎も角、このような公の場で…しかも番頭達の前で父呼ばわりは珍しかった。


「私を産んで下さった母上には多大な感謝をしております。

 今の私がこうしていられるのは、間違いなく亡き母のお陰で御座います。

 思慮深く聡明であり…御世辞でなく本当に自慢の母でした」


更に母親の話を突然切り出してきたのに驚かされた。

父であるスティーン会長のみならず、古参の者達も知っている。

早逝したのが悔やまれる…非常に素晴らしい女性であった。


「突然、このような時にどうしたのだ…?」


「今また、母に感謝せねばならぬことが増えたからですよ。

 それが何なのかお分かりになりませぬか…?

 私も父上も…母に感謝せねばならぬのに…」


「ふむ…なんであろうな…」


「お分かりになりませぬか、父上!

 私に妹を…!

 シーベルを産んで下さったことですよ!」


ヴリタラ魔導王朝、大陸平原同盟、パラス神聖法国、南方諸侯連合。

新しく生まれ変わろうとする大陸の地図を背にして、ケーダ・ラーセンが高らかに笑う。


自信と野心に満ちた表情…まさしく若き日のスティーン会長の生き写しであった。


「必ずやシーベルをアキヒトに嫁がせ…!

 ラーセンの家に!

 ラーセンの商会に!


 我が弟として迎えましょうぞ!」



次回 第86話 『 3大商会勧誘合戦 』

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