第84話 『 2000万ソラの返済 』
敗残兵団の出現により、パラス神聖法国は戦略を大きく変更せざるを得なかった。
昨年の魔導王朝との戦いで十数基にまで減らされており、当初は問題視されなかった。
だが1月28日の侵攻開始時に大規模な援軍が到着。
巨大な魔獣が8体も確認され、兵団の総数は千体を越えた。
完全に不意を突かれた法国軍は統制を失い、回廊内へと撤退した。
11万以上の将兵が回廊内へ撤退完了するまで3時間以上要したが、一切の追撃は無かった。
兵団は回廊出口より1㎞の地点に布陣し、そこから動く気配も無かった。
これにより法国軍は回廊からの進撃を断念し、"法国の盾"防衛の方針へと変更する。
平地での戦いにおいて兵団へ勝利する見込みは絶望的である。
しかしアコン山脈の難攻不落の要塞ならば、兵団といえど迂闊に攻め込めないであろう。
魔導王朝の攻勢を阻止し、更にそれから500年もの間、改修を繰り返された。
神聖法国上層部は、この要害に絶対の自信を持っていた。
1月29日の朝
「敵が…引き揚げていく…?」
"法国の盾"の城壁から兵団の様子を伺っていた兵士には見えた。
パスタルの平野に布陣していた敗残兵団が左へ…南に向かって移動を開始した。
短距離の移動に留まらず、速度を増した兵団は地平線の南の彼方へと消えていった。
「我等をおびき出す積もりでしょうか…?」
法国守備軍の上層では議論が成されていた。
「この要害に立て籠もられては手も足も出ぬからな…」
兵団は有利な平地戦に持ち込むため、一度姿を消した可能性も有った。
それゆえに法国軍は慎重になり、足の速い斥候を数騎放って様子を探ることにした。
兵団、総数1143基が南進を初めて半日が経過した。
後を追う斥候達にも、その移動が停まる気配が感じられない。
法国軍の斥候が跨る馬は偵察用に魔法技術で品種改良されていた。
筋力、持続力に優れており、時速50㎞で3時間の走行も可能である。
だが、その馬達にも疲れが見えてきた。
貴重な馬を失う訳にもいかず、斥候達は一時休めるしか無かった。
30分程休ませると、再び兵団の後を追った。
通り道が巨大な魔獣の跡が乾いた大地にハッキリと残され、見失うことは無かった。
そして日が傾きはじめ、荒野が夕日で赤く染まってきた頃。
「…追いついたぞ!」
斥候の一人が地平線の彼方に巨大な魔獣の姿を確認した。
移動はしておらず、広々とした荒野の真中で立ち止まっていた。
「どの辺りだ?」
「500㎞は走ってきたな。
今はカール大公国の南端、大都市メーシャンから東に約20㎞だ」
遠くから観察して分かったが、兵団の獣達は全て東を向いていた。
その東の方向には…当然だがアコン山脈がそびえ立っている。
「ここに何か在ったか?」
「いや、特に変わった物は何も…」
すると兵団の先頭に8体の巨獣が出てきた。
その全てがアコン山脈の方を向きながら…口を開いた。
バチッ…!
バチバチッ…!
微かに届く音と共に、斥候達の目にも巨大な火花が見えた。
「く…っ!」
次の瞬間、視界一面が光に包まれて鼓膜が破れる程の轟音が響き渡った。
ドォォ…ン!!!!
続いて突風に襲われ、斥候の何人かが衝撃で落馬して吹き飛ばされた。
辺りの荒野に上空から小石や降り注ぎ、近くの岩陰に身を屈めてやり過ごす。
ドサッ!
降ってきたのは小石だけでなく、巨大な岩まで飛んできていた。
あの巨獣から1㎞以上は離れているというのに…。
数分の間は身を隠し、風と音が止むと散らばった仲間達が集まってきた。
「な、何が起こった!」
「おそらく…アレが噂に聞いていた巨獣の咆哮なんじゃ?」
「何のためにこんな場所で…」
「…アレを見ろ!」
斥候の一人がアコン山脈の方を指差す……つい先ほどまでの山岳の一部が消失していた。
まだ土埃が舞っているが、山一つが消え去って山岳の一部が窪んでいた。
バチッ…!
再び巨獣の口元から光り輝く火花が見えた。
「マズい!逃げろ!」
斥候達は馬に跨ると、全速力でそこから離れていった。
「生体反応は?」
「今、逃げ出した5人以外には誰もいねぇよ」
空中に静止したダニーの中から、アキヒトはアコン山脈の一画に臨んでいた。
「早期警戒用クダニで探らせた…この地点で間違いないぜ」
「リパルトとアパルト達に負担は?」
「この程度、大したことねぇよ」
「よし…再び8基は粒子砲全開照射用意!
粒子充填率100%の全力で!」
「ははは!派手に行くぜ!」
再び一面に閃光が奔り、轟音で大地が響き渡る。
標高800メートルの山岳が8門の粒子砲全開照射で大爆発を起こし吹き飛んだ。
早期警戒用クダニ5基が一定以上の飛来する岩塊を素早く察知し、インガム級が撃ち落とす。
大型機動兵器群の粒子砲全開照射は休みなく続いた。
兵団の動きは3商会も同様に掴んでいた。
「回廊の攻略はどうしたのだ…」
知らせを聞いたグラン会長も首を傾げた。
ブルーグ支店の会議室では昨日と同じく三大商会の面々が揃い、兵団の報告を受けていた。
「魔導通信の知らせによると兵団は現在、回廊出口より500㎞南の地点に移動。
そこで8匹の巨獣が連続して咆哮をアコン山脈に放っていると…」
「アコン山脈に?」
「はい、知らせではそのように…」
カルーフ商会の通信職員も、会長の質問には有りのまま告げるしか無かった。
「昨日の彼には何か考えがあるようだったが…」
ラーセン商会のスティーン会長も、この移動と咆哮の意図を掴めずにいた。
壁に貼られた地図上に兵団の動きが記された。
回廊の出口前から約500㎞の南進。
「まさか、ケート山賊砦を落とした時と同じ手を使って…いや、そんなことは…」
リアンツ商会のフルト会長も憶測するが直ぐに否定した。
昨年のケート山賊討伐戦で、兵団は咆哮を使って山を一つ吹き飛ばした。
その威力を目の当たりにした山賊達は戦意を失って投降した。
一瞬、同様の手段を講じたかと考えたが、直ぐに間違いに気付く。
なぜなら、示威行為としては距離が離れすぎている。
"法国の盾"の要害から見えねば意味は無く、兵団は500㎞も南の果てである。
そして山賊達と法国軍は全く性質が違う。
回廊を突破された場合は神聖法国全体の危機となり、国が滅ぶ可能性すらある。
如何に咆哮が強力とはいえ、法国軍が恐れて逃げ出すとは思えない。
結局、3人の会長達もアキヒトの意図が読めない。
兵団の動きを描かれた地図を前に、商会の面々は首を傾げるしかなかった。
多くの者達が兵団の動きの憶測を放棄した頃…ケーダ・ラーセンが地図の前に立った。
「そこの君、兵団の位置は此処で間違い無いかい?」
「はい、当商会の連絡員が確かにそこだと…」
カルーフ商会の通信職員に確認すると、ケーダは地図上の情報に目を凝らした。
「昨日…回廊を突破して2000万ソラも返すと言ったが…」
この兵団の行動の何が借金返済に繋がるのか?
アキヒトは何を確信して2000万ソラの価値を見出していたのか?
「それで兵団の今の動きは?」
「アコン山脈に向かって咆哮を放ち続けていると…おそらく今もです」
「一度じゃないのかい?」
「はい、連絡員が確認した限りでは何度も何度も…だそうです」
「…何度も?」
回廊の要害に対する示威行為ならば理解できよう。
戦意が挫けるまで放ち続けるのも分からなくは無い。
だが、フルト会長と同じく、それは有り得ないとケーダも考えていた。
一方、商会の中からは安堵の声も上がっていた。
「とりあえずは宜しかったのでは?
兵団の戦力は十分に有りますし、法国軍も撃って出てこれないでしょう」
「ひとまずは中央平原の平和は守られたのだ。
これで良かったではないか」
大陸平原同盟が戦火に晒される危機は去った。
敗残兵団の戦力増強により、神聖法国も今後は下手に動けないであろう。
神聖法国開戦の報を受けて以来、初めて面々の表情が和らいでいた。
だが、その中で一人…ケーダ・ラーセンだけは地図を凝視し続けていた。
「アキヒト…何を考えてるんだ…」
ふと、指先を地図上の兵団の位置を示す印に乗せた。
そこから東へ…アコン山脈に咆哮を放ち続ける。
放てば当然、山は吹き飛ぶであろう。
そこへ何度も更に咆哮を…
何度も…何度も…
…何度も?
「…どうされました?」
傍に立っていたカルーフ商会の通信職員が、思わず訪ねていた。
地図の一点を凝視し…大きく目を見開いたケーダの異常に気付いて…。
「…失礼します、急用を思い出しました」
突然、商会の面々に一礼すると、ケーダは足早に会議室から出て行った。
「どうしたのだ…?」
他のラーセン商会の者達は事情を飲み込めず、やはり首を傾げるのみ。
すると無言でグラン会長が立ち上がり、ケーダと同じく壁に貼られた地図に近寄った。
「会長…何を?」
通信職員に問い掛けられるも、地図の方へ全神経を注いで振り向きすらしない。
同じくグラン会長も兵団の位置を記した印に指を置いた。
その指を中心に周囲の地形を確かめ…その咆哮の放たれた山岳を凝視した。
「何度も……っ!」
突如、グラン会長が目を見開き…その指先が震えていた。
「私も用件を思い出した。本日はこれにて失礼する…!」
最低限の挨拶だけ交わすと、カルーフ商会の者達を全て引き連れて会議場を後にした。
「ん……!?」
「なんだ…!?」
何事かと異常を察し、残るスティーン会長とフルト会長も地図の前に立った。
そして兵団の位置が穴の開く程凝視される。
大都市メーシャンから東方へ約20km地点。
そこから山岳部へ向けて咆哮を今も放ち続けているという。
周囲は人々の生活圏から遠く離れた荒野が広がっている。
先程のケーダとグラン会長が何かを悟り、慌てて此処から退室したのは分かる。
識見の深さにおいては残された2人の会長も非凡である。
アキヒトの兵団の位置を中心に視界を広げ……周囲の地形を見た時だった。
「あっ!」
「あぁ!」
両会長が声を発したのは、ほぼ同時だった。
全てを察した2人は何の挨拶もせず、商会の者達を引き連れて慌てて会議場を後にした。
「ケーダは今、何を!?」
「はい、先程知らせが入りました。
この地のブルーグ支店に駆け込むと魔導通信を使って取引を始めたと…」
「何の取引だ!?」
「メーシャンの支店に命じて、其処の土地を買わせようとしていました。
また、各支店を通じて荷馬車を大勢…千台以上も手配しております。
更に穀物を大量に仕入れさせていると…。
ですがケーダ番頭の意図が分からず、指示を受けた支店の反応は鈍く…」
「馬鹿者!指示通りに動かぬか!
今後、ケーダの指示を正確且つ迅速に実行するよう全支店に伝えよ!」
ラーセン商会の番頭達も職員達もスティーン会長の気迫に圧されていた。
これ程までに目を血走らせ、何をしようとしているのか。
「重ねて全支店、全職員へ至急通達せよ!
これより3日間の就寝を禁ずとな!」
「会長、一体何が…?」
「商機だ…!千年に一度とない商機であるぞ!」
次回 第85話 『 亡き母に感謝を 』




