第82話 『 埋め尽くす兵団 』
この日、全ての国家がパスタル平原に注目していた。
遂にパラス神聖法国が軍事行動を起こし、魔導王朝と覇権を争う時代が再来したと思われた。
迎え撃つ敗残兵団は魔導王朝との戦いで激減しており、稼働兵種は十数基しかない。
対する神聖法国軍は第一陣だけでも10万以上の大軍。
兵団は突破され、大陸平原同盟に雪崩れ込むのは時間の問題かと思われていた。
一方、リトア王国ではパスタル平原以上の大事件が発生していた。
北方の海域上空で静止していた浮遊物体の移動が始まっていた。
監視に就いていた数千の王朝軍、法国軍、リトア王国軍は視認していた。
3000メートル上空で全長2kmにも達する巨大な円筒状の物体が、南東方向へと進んでいく。
不気味な音を鳴らしながら地表に影を落とし…
パラス神聖法国軍と敗残兵団の戦場であるパスタル平原上空で静かに停止した。
「な…何なのアレ…」
「悪いなアキヒト、黙っていて」
「じゃ、もしかして…」
「そう…援軍だ。アレもお前の戦力の一つだぜ」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
上陸用小型揚陸艇 "フォレス"
全長2200メートル。
小規模兵力の輸送と地表への降下を主任務とした艦艇。
武装は粒子砲12門、第5種電磁障壁を展開するのみで単体での戦闘力は非常に乏しい。
しかし小型ゆえに高速移動が可能であり、機動要塞としては群を抜いている。
移動拠点としては最小だが各設備は内蔵されており、大型機動兵器の改修・修理も可能である。
現時点での配備数:不明
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
フォレスの側部表面に設けられた30の巨大な開口部。
全てが一斉に開くと、地表からは何か黒い点が降り注いでくるのが見えた。
一つ二つでは無い。
数十…数百にも及ぶ物体が…機動兵器が降りてきた。
ザッ…!
ザザッ!
パスタルの平原に続々と無数のクダニ級小型機動兵器が降下した。
荒れ地だった平野がクダニの姿で埋め尽くされていく。
それだけではなく別の兵種の姿を見えた。
クダニ級より大きな物体…インガム級とガリー級まで地表に降りていた。
「シロ、これは!?」
「クダニ級1024基、インガム級72基、ガリー級25基…。
今のお前なら、これだけの戦力は余裕で統率できる筈だ」
「こんなに…こんなに有ったんだ…」
「驚くのはまだ早いぜ」
ドォン…!
フォレスから巨大な物体が落下し、パスタルの平原が地響きで大きく揺れた。
ドォン…!
ドォォン…!
また一つ、また一つ…次々と降下していく。
地面に落下した衝撃で砂埃が大きく舞い上がり…その砂塵の中から巨大な姿を現した。
屈んでいた巨躯を展開し、口内の粒子砲と4本の鉤爪の腕を見せた。
「ア…アパルト!」
「7基運ばせた。
だが、もう1基凄い奴がいるぜ」
最後に降下したのも巨大な機動兵器。
砂塵の中から現した姿はアパルト級と似ていたが、少し違っていた。
身体が他のアパルト級より一回り大きい。
鉤爪も6本…しかも明らかに腕周りが太くなっている。
表面装甲も厚く、頭部の額部分には今まで無かった角が生えていた。
「どこか後方で休ませようと思ったんだがな、引退するのは嫌だってさ」
「え…じゃ、じゃあ…これは…!」
「そうさ、お前と一緒に魔導王朝軍と戦っていたアパルト級だ。
強化改修したから"リパルト"とでも呼ぼうか」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
地上戦用大型機動兵器 "リパルト"( Re - Apart )
魔導王朝と戦いを繰り広げたアパルト級大型機動兵器は産まれ変わった。
宗主ヴリタラと大公達との戦いで、ナノマシン回復不能な程の損傷を負っていた。
その為シロはケート山脈から拠点へと搬送し、大規模な修理と改修を施した。
粒子砲撃能力は従来種と変わりは無いが、格闘機能を重点的に強化されている。
主兵装である鉤爪の腕部は6本へ増加。
ヴリタラ戦での教訓を活かして倍以上の太さとなり、関節部も柔軟性と耐久性を両立させた。
またヴリタラと同等の敵兵種との戦いを想定し、既存の粒子反応炉を2基搭載している。
更に非常に制御が困難な反応炉同期稼働により、2倍でなく4倍近くまで出力上昇に成功した。
腕部の重量が増して本数も増えたが、従来以上の高速機動を実現している。
また魔導王朝戦で頻繁にアキヒトと知覚融合していたため、格闘技能も大幅に上昇した。
強敵と対戦し生還した兵種は稀に大きな成長を遂げるという。
集合意思体シロの想定を越え、大人しかった気性のアパルトは勇敢な兵士へと成長した。
第1戦から敗残兵団最後の戦いまで投入された唯一の個体である。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「なんだ…これは一体、どういうことなんだ!?」
神聖法国軍本陣ではビウス将軍を始めとする将校や参謀達が、我が目を疑っていた。
「あれが報告に有った巨大な魔獣…!
それが、なぜここに8匹も出てくるんだ!?」
しかもパスタルの平原に降り立ったのはソレだけでは無い。
小さな魔獣や、それより大きめの魔獣の姿も見える…。
合わせて千以上もの魔獣の姿で、広大な平野が今では埋め尽くされていた。
上層部だけではなく、動揺は法国軍全将兵に広がっていた。
突然上空に飛来した巨大な浮遊物体、突然地表に降下してきた魔獣の大群。
そして山のような巨獣が8匹。
全高100メートルを越す巨大な獣が8基揃えば、戦意を挫くには十分であった。
「全1143基と精神リンク…完了!
よし、これで行けるぞ!」
「分かった、全軍前進!」
アキヒトの号令一下、全ての機動兵器達が神聖法国軍へと突撃を開始した。
山のようなアパルト級の巨体が迫ると、法国軍兵士は無意識のうちに後退りしていた。
前線の将官達は指揮を下すが、突如現れた機動兵器群の姿に士気は簡単に上がらない。
再び戦いが始まると、1000基以上のクダニ達が一斉に斬り込んだ。
瞬く間に武器装備が叩き折られ、法国軍将兵が次々と無力化していく。
「ひ、怯むな!ここに留まれ!」
「無理です!あんな魔獣相手に!」
アパルト級達の口内粒子砲から突風が吹き出し、法国軍戦列が完全に崩壊した。
アキヒトが突撃を命じてから10分も経たないうちに、指揮命令系統は失われていた。
尚も抵抗を試みる法国軍将兵は存在したが、個別の奮闘に過ぎない。
30分後にはこれ以上の組織的抵抗は不可能と判断され、撤退が命令された。
「ふぅ…追撃はしなくて良いよ」
パスタルの平野に装備や物資を放置したまま、法国軍はアコン山脈の方へ引き揚げていった。
11万以上の将兵撤退は容易では無かった。
要塞内では出撃寸前だった中軍と慌てて引き返した先陣で大混乱に陥っている。
アキヒトは法国軍の後背を攻撃することなく、それ以上距離を詰めることもしなかった。
「…で、どうするんだ?」
「どうしようか…」
シロに聞かれる前からアキヒトは思案を張り巡らせていた。
通称"法国の盾"
アコン山脈の回廊に設けられた5つの要塞の総称。
500年前の大戦では魔導王朝軍の攻勢から神聖法国を救ったことで知られる。
数百メートルしかない幅の回廊に高さ100メートルもの城壁。
単なる物理的障壁のみならず魔法防御機能さえも組み込まれた要害。
パラス神聖法国が絶対の自信を誇る自国防衛の要因の一つである。
パラス神聖法国の周囲に聳え立つアコン山脈。
聖都パラパレスへ向かうには、唯一の通り道である回廊を抜ける必要が有る。
しかし、その回廊には500年もの間、改修が重ねられた大要塞。
「…難しいね」
徐々に回廊の中へ引き揚げていく法国軍を眺めながら、アキヒトは息をついた。
この要害さえ突破すればパラス神聖法国へと侵攻できる。
しかし易々とそれを許す筈も無く、神聖法国軍は死に物狂いでの抵抗するであろう。
更にどんな防衛手段が備わっているかも分からず、兵団にも大きな損害が予想される。
アキヒトがパスタル平原に到着してから半日が経過。
神聖法国軍の撤退が9割方完了した頃だった。
「アキヒト、誰か来てるぜ」
「え?」
後方、つまりカール大公国側のブルーグ方向から馬に乗った一団がやってきた。
軍人でも騎士でも無く、民間人らしいのが分かる
「アキヒト殿!アキヒト殿は何処に!?」
上空に待機していたダニーを地上に降ろすと、アキヒトは顔を見せた。
「はい、僕ですが…どちら様でしょうか?」
「我々はカルーフ商会の使いの者です!
当商会のグラン会長が、至急大切なお話をしたいと仰せです!
またラーセン商会の会長様とリアンツ商会の会長様も同席されていますので是非!」
「商会の方々が来ているのですか?」
「はい、最寄りのブルーグに席を設けております!」
アコン山脈の方を見ると、法国軍の大半は回廊内へ撤退を完了していた。
直ぐに再びパスタル平原へ撃って出る気配は感じられない。
「そうですか…分かりました、案内をお願いします」
結局、アキヒトはそれ以上の攻勢に移れずにいた。
アコン山脈の要害を越える手立てが思い浮かばなかった。
"法国の盾"と対峙する形で兵団を布陣させたまま、アキヒトは戦場を離れた。
「まずは飯にしたらどうだ?
戦い始めから何も食ってないから腹が減ったろ」
「…あぁ、そうしようか」
「という訳で、商会に着いたら話の前に何か食わせてくれ!
今日は勝ったんだ、景気よく豪勢に頼むぜ!」
商会の使い達にシロは遠慮の欠片も無い要求を発していた。
そんなシロの気遣いも余所に、アキヒトの頭の中はアコン山脈の攻略以外に何も無かった。
パラス神聖法国の要害を突破する方法。
三大商会のみならず大陸平原同盟からも情報を収集する必要を感じていた。
次回 第83話 『 "法国の盾"攻略会議 』